第3の事件が起きる?「ひきこもり」問題を社会全体で直視せよ
議論沸騰「ひきこもり」推計61万人超! 複雑な要因と困難な対処法
「英一郎さんがゲーム内でトラブルに遭ったとき、『父が警察を動かして解決してくれた』と言っていたのを覚えています。『ドラクエ』は7年間やっていたそうですが、起きている間ずっとプレイしていないと到達不可能なほど高いレベルに達していました。ゲームやツイッターでは、他人に暴言を吐くことでも有名でした。最後にやり取りをしたのは事件の2日前で、まさかこんなことになるなんて……」
これは、父親に刺殺された熊澤英一郎さん(享年44)と、オンラインゲーム『ドラゴンクエストX』上で知り合い、彼とツイッターのダイレクトメッセージでやり取りしていたという女性の証言だ。
6月1日、熊澤英昭元農水事務次官(76)が、息子の英一郎さんを包丁で数十ヵ所刺し、殺害した容疑で逮捕された。英一郎さんはいわゆる「ひきこもり」状態で、オンラインゲームに没頭する一方、父母に暴力も振るっていたという。
事件当日の朝は、練馬区の住宅街にある自宅隣の小学校で運動会が行われており、英一郎さんが「うるさい」などと騒いで家族とトラブルになった。直前に起きた川崎の児童ら殺傷事件の影響もあり、英昭容疑者は、そこで後戻りのできない「決断」を下したとみられている。
親子でプライドが高すぎる
英昭容疑者は東京大学法学部を卒業し農林水産省に入省、事務方のトップである事務次官にまで上りつめた。
「彼の性格を表すと、そつがなく敵を作らないタイプ。ただ、ときどき人を見下すような態度がチラッと出る。議員から細かい説明を求められると、『そんなことまで聞いてくるの?』という顔をするんです」(英昭容疑者の知人)
そんなプライドの高い父を持つ英一郎さんは、自らも東京で指折りの進学校である駒場東邦中学校・高等学校に進学した。その後は数年間の空白期間を経て流通経済大学に転入するも、徐々に社会や他人から疎遠になっていく。
「ある有名大学からウチ(流通経済大学)に転入して来たと本人は言っていましたよ。なんでそんな有名大からウチに? と思ったのを覚えています。ゲーム好きが集まるサークルに入りたがっていましたが、同じ服を1ヵ月も着ていて不潔な感じだったので、断りました。でも本人の自尊心は強く、自分の置かれた境遇に不満そうでした」(大学時代の先輩)
’00年代前半、父の英昭容疑者がBSE問題で引責して次官を辞めたころ、熊澤家の内部がどういう状態にあったかは不明だ。ただ、英一郎さんはオンラインゲームの世界にのめり込み、ひきこもりの度合いを強めていったと思われる。
「ステラ神」。英一郎さんはゲーム上の自分のキャラクターを「神」と称し、その傍若無人な発言により、ゲーム内やSNS上で悪い意味で有名になっていった。
「生まれつき、貴族の私に勝てる訳無いでしょう?」
「お前如きが、私の父のアカウントに直談判など1億年早い」
現実では父に暴力を振るっていたというが、仮想世界ではその父の権威を笠に着て他人を見下す発言を連発。父親のカネをゲームにつぎ込んで「重課金」しているのを自慢し、他プレイヤーをバカにするような暴言もツイートしていた。
その結末が、6枚目の画像である。英一郎さんが殺されたとき、彼のキャラクターはゲーム内にログインしたままだった。事件を知った他プレイヤーがその周囲に集まり、蘇生の呪文「ザオラル」をかけまくっている。
もちろんこれは、匿名で好き放題できるネット特有の悪ノリ、悪ふざけ。英一郎さんが人生を捨てて没入したゲームの世界だったが、そのリアルな死は同じ世界の住人たちによって、ただの「祭りのネタ」にされてしまったのだった。
もう見て見ぬふりはできない
今回、連続で起きた二つの事件をきっかけに、ひきこもりの人たちが犯罪予備軍なのではないかという声が上がり、社会で大きな議論を巻き起こしている。
ひきこもり状態にある人は、就職氷河期世代を含む40〜64歳の中高年だけでも約61万人いるという。川崎や元次官親子のような悲劇的な大事件を見て、「もしかしたら」と考えるひきこもり状態の人やその家族は、潜在的にはかなりの数に上るはずだ。
ニートやひきこもりを支援する女性たちの活動を描いた『レンタルお姉さん』の著者・荒川龍氏はこう警鐘を鳴らす。
「このままだと、第三・第四の”ひきこもり事件”が起きるかもしれません。厚労省はひきこもり支援を行う外部の業者に短期間での成果を求めすぎている。10年以上ひきこもっている人もいるのに、半年以内に就職などの成果が出なければ業者の評価を下げる。結果、業者もすぐに成果が出そうな軽度の方だけをサポートするようになってしまうのです」
一方で精神科医の和田秀樹氏は、ひきこもりの要因の複雑さなど、その対処法の難しさを指摘する。
「ひきこもりの人たちの中には、対人関係を上手く結べず学生時代からひきこもっている人や、想定外のリストラで人間不信に陥ってしまった人など様々なタイプがあります。ですから、ひきこもりを一つの病気のように見なすことは問題で、きちんと精神科に行って診断を受け、各個人の状態に応じた治療を受けてもらうことが必要なのです」
そのためには、ひきこもっている本人もさることながら、その家族へのサポートやカウンセリングも重要だという。
「容疑者は、『息子を殺すしかない』と思い込んでいたのでしょう。彼の心境は、妻と無理心中を図るか、子供を殺すかの二者択一になっていたのでは。ひきこもりは家族が抱え込んでボロボロになり悪循環に陥ってしまうケースが多い。日本人が家族絶対主義から脱却し、親の負担を和らげて公が支援するような取り組みも必要です」(和田氏)
数十年にわたり社会全体が目を背けてきた問題を今こそ直視しなければ、悲劇はこれからも起き続けるだろう。
川崎・殺傷事件の傷もまだ癒えず
『FRIDAY』2019年6月21日号より
- 撮影:蓮尾真司(1・2枚目)