著名人たちの「遺産相続の事件簿」 必ずもめる死後の手続き
’18年に改正された相続法が、今年7月から施行される。被相続人を介護した義理の子どもへの補償が手厚くなるなど、相続のルールが変わるのは40年ぶりのこと。背景には、後を絶たない遺産をめぐるトラブルがある。芸能人も例外ではない(下表参照)。
「父の遺産を独り占めしようとするなんて、人間として絶対に許せない。親族間でもめるとは、とても寂しいです……」
こう話すのは、’17年7月に79歳で亡くなった作曲家・平尾昌晃(まさあき)氏の三男で歌手の平尾勇気氏(38)だ。
昌晃氏は亡くなる4年ほど前に、マネージャーだった50代の女性Mさんと家族にも報告せず極秘結婚。Mさんは60億円と言われる昌晃氏の遺産を、独り占めしようとしているという。勇気氏が語る。
「ボクが31歳頃のことです。家庭の用事で戸籍謄本を取ると、父がMさんと結婚していることがわかった。唖然としました。Mさんに電話すると、『言うタイミングがなかった』と弁解するんです。おかしいでしょう。怒りはありましたが、父もガンで入退院を繰り返していた時期なので『親父のことをよろしく頼みますよ』と言って電話を切りました」
だがMさんの行動は、昌晃氏が亡くなるとより大胆になっていったという。
「’18年1月ごろ、Mさんが『現状では先生(昌晃氏のこと)の印税などが払われないのでハンコを押してほしい』と言って息子たちを集めたんです。父の音楽事務所には従業員が大勢いますし、カネが入らないのはマズい。ボクは受取人が空欄になっていることに気づかず、用意された書類に実印を押してしまいました」
勇気氏が捺印したのは、昌晃氏の印税などを管理するJASRACの権利承継同意書だった(2枚目写真)。
「何かおかしいと感じて、JASRACのに問い合わせたんです。すると書類は一人だけが相続する『単独用』と、兄弟など複数人が受け取る『共同用』の2種類があることがわかった。Mさんが用意したのは『単独用』のみ。JASRACはMさんに、2種類の書類を用意していたというのに……。Mさんを問い質(ただ)すと『私を信じないの』とフテ腐れるばかり。弁護士と相談し、急いで『単独用』の同意書を無効にしました。放置していたら、死後50年間保護され毎年1億円とも2億円ともいわれる印税関連の収入を、Mさんが独り占めしていたことになる。Mさんは父の個人事務所の社長にもなっており、遺産を自分のモノにしようとしています。話し合いを続けていますが、解決のメドは立っていません」



知人を養女にしトラブルに発展した有名人もいる。’14年11月に83歳で亡くなった、昭和の大俳優・高倉健氏だ。『高倉健 七つの顔を隠し続けた男』の著者で、ノンフィクション作家の森功氏が語る。
「高倉健の養女は、東京・世田谷の豪邸を取り壊し、横浜・大黒埠頭に係留していたクルーザーやポルシェを処分しました。さらに高倉健が生前に購入し、前妻・江利チエミとの水子の墓があった鎌倉霊園の墓地まで更地にしたんです」
’71年に江利チエミと離婚後、独り身を貫いてきた高倉健氏。だが、亡くなる1年半前に33歳年下の元女優Oさんを養女に迎える。Oさんは高倉健氏の遺産約40億円をすべて相続。個人事務所「高倉プロモーション」の代表にも就任した。
「Oさんは高倉健が亡くなる十数年前から身の回りの世話をしていたと主張しているが、実態は不明です。養女になった経緯もわからない。実妹や姪たちは、高倉健の死を知らされず葬儀にも参列できなかった。親族は墓や車を勝手に売り、高倉健の痕跡をなくそうとするOさんに憤慨していました」(森氏)
Oさんは、なぜ高倉健氏の痕跡を消すような行動を取ったのだろうか。
「高倉健は、ずっと江利チエミへの思いを引きずっていたのだと思います。主演映画『鉄道員(ぽっぽや)』で流れたのは、江利チエミの『テネシー・ワルツ』。世田谷の豪邸も元々は江利チエミと暮らした、思い出の家です。そうした高倉健の情愛を、Oさんは養女になって垣間見た。江利チエミへの思い出が残る品々を、破壊したかったのではないでしょうか」(同前)
一般企業でも、骨肉の争いは起きている。「お、ねだん以上。」のキャッチフレーズで有名なインテリア用品を企画販売する「ニトリ」では、お家騒動が起きた。争ったのは創業者の長男・昭雄氏(現会長)と、それ以外の親族(みつ子夫人、2人の娘、次男らの4人)だ。
「アキオ! 母さんの顔を見てハッキリと話しなさい!」
札幌地裁の法廷に、当時90歳だったみつ子夫人の叫び声が響いたのは’11年4月のことだ。原告の一人、次男は本誌にこう語っている。
「もはや、昭雄は兄弟ではありません。私たち家族は、父が亡くなってから20年近くも兄に騙され続けていたんです」
いったい何があったのだろうか。
「昭雄会長は『ニトリ』関連の株をすべて相続しました。その価値は200億円にのぼります。ただ原告の主張では相続は無効。昭雄会長に言われるがままにみつ子さんや妹たちが『遺産分割協議書』に署名、捺印させられたというのです。海外赴任していた次男は、本社にあった実印や印鑑証明を勝手に利用されたとか。’04年に次男が『ニトリ』を退社し、父親の遺産を調べている時に『遺産分割協議書』の存在が判明。次男が昭雄会長を追及しても『終わったことだから』と答えるばかりだったので、提訴に踏み切ったそうです」(全国紙経済部記者)
’12年1月の判決では親族間で遺産内容に偏りがあることを認めつつも、「遺産分割協議書」の有効性は承認。家族間でわだかまりが残ったまま和解となった。
相続に詳しい税理士の橘慶太氏は、トラブルには三つのケースがあると言う。
「一つ目は二次相続です。父親が亡くなり、母親と子どもたちが相続するのが一次相続。二次相続では母親という仲裁役がおらず、子ども同士でもめやすい。二つ目は認知症がからむケースです。娘が医療費を工面するため親の預金からおカネを引き出しても、親は認知症でわかりません。遺産分けの時に、『親の口座からネコババしたのでは』と疑われかねないんです。三つ目は金融資産が少ないケース。不動産は簡単に分割することができず、争いになる可能性が高まります」
冒頭で紹介した改正相続法では、争いを避けるための重大な制度が新設される。
「それが保管制度です。これまでは自宅や貸金庫などに置いておくしかなかった自筆証書遺言を、法務局で保管することが可能になるのです。紛失のリスクが減るのもさることながら、事務官が遺言書の署名や捺印、日付の有無などを確認するためトラブル予防にもなるでしょう」(相続に詳しい小林翼弁護士)
相続法改正で、遺書の重要性は格段に上がる。「死後の手続き」をしっかりやれば、骨肉の争いをせずにすむのだ。




『FRIDAY』2019年6月21日号より
撮影:川柳まさ裕(1枚目) 勇気氏提供(4枚目) 等々力純生(高倉健)