リア充にもコアなファンにも刺さる『きみ波』は新時代のアニメだ! | FRIDAYデジタル

リア充にもコアなファンにも刺さる『きみ波』は新時代のアニメだ!

『きみと、波にのれたら』湯浅政明監督に直撃インタビュー

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映画『きみと、波にのれたら』
映画『きみと、波にのれたら』

コアなアニメファンだけではなく、より広い層にも手を伸ばし、アニメの魅力を発信してきた湯浅政明監督。『夜明け告げるルーのうた』では、アニメーション界のカンヌといわれる「アヌシー国際アニメーション映画祭」でグランプリにあたるクリスタル賞を獲得し、今後も「クレヨンしんちゃん」のスピンオフ『SUPER SHIRO』や、TVシリーズ『映像研には手を出すな!』、そしてTVドラマ「逃げ恥」の脚本家・野木亜紀子と組んだ長編『犬王』が控える、日本で最も多忙なアニメーション監督だ

そんな湯浅監督の新作劇場アニメ『きみと、波にのれたら』(きみ波)が、6月21日に劇場公開となる。今作はさわやかなサーファーのカップル、いわゆる「リア充」が織りなすラブストーリー。2016年に公開された新海誠監督の『君の名は。』が大ヒットを果たしたように、アニメファンに敬遠されがちだった「リア充」を描くことで、日本のアニメ界が変容を見せつつあるようだ。

そんな湯浅監督の姿勢をさらに先鋭化したような『きみ波』は、果たして日本のアニメーションを変革する原動力となるのか? 湯浅監督に率直な疑問をぶつけてみた。

大勢の人に見てもらえるよう「シンプル」にした

ーーいわゆる「リア充」のサーファーの恋愛を作品の中心に据えるっていう部分には、従来のアニメファンからは反発があるような気もするのですが……。

反発も少しはあるとは、公開前から既に聞いてます(笑)。そもそも「リア充」と言っても、線引きできるものでもなく、『きみ波』の恋愛って、そこまで華々しいものではないと思っています。結婚や恋愛経験がある人は普通に多いですし、なぜアニメになったときに、それに反感を覚えるのかっていうのは不思議なんです。

サーフィンについても、イケてる人のスポーツというイメージが、僕にはありましたけど、取材を通して、自分の感覚の遠くにあるものではないというのも分かりました。ハワイでは子どもからお年寄りまでやってますしね。立ちこぎボードみたいなゆったりしたものまでありますから、僕も老後にサーフィンをやってみたいなって思ったりして。主人公のひな子も、競ってプロになりたいと思うのではなく、波と一対一で遊ぶのが好きなんだと思います。

2人の姿はイケてる感じがしますが、内面は素朴で誠実な2人です。ひな子と、相手役の港(みなと)の恋愛も、自分の体験として楽しんでほしい、端から見れば他愛のないものですね。

映画『きみと、波にのれたら』
映画『きみと、波にのれたら』

--『きみ波』は、消防士の港と大学生のひな子のラブストーリー。ひな子が二人の思い出の曲を口ずさむと、事故で命を落としたはずの港が水の中から幽霊として現れます。いままでの作品に比べると、物語が分かりやすいというのは、本作の特徴ですね。

いつもより「シンプルに」というのが念頭にありました。料理に例えるなら複雑な味をつめ込んでいくよりも、シンプルな調理法で大勢の人にとって「美味しい」って思える味を想像しながら、脚本の吉田玲子さんたちと話し合っていきました。

「異形の彼氏」というお題を最初にいただいて、彼氏が水になって帰ってくるっていうのはどうだろうと思った。じゃあ、そうなると「死んでるだろう」なと。これ、もう地縛霊に近いだろって(笑)。悲しい状況ですが、暗い物語にはしたくなかったので、コメディタッチで描いています。

ーー本格的なラブストーリーに初挑戦してみてどうでしたか。

もともとかっこいいラブストーリーや青春映画というのは苦手ではあったんですけど、大人になってくると、だんだん恥ずかしいことって、なくなってくるし、かっこよくない素朴な恋愛を描いてみたいと思いました。

友達の家に行ったときに、結婚式のビデオなんかを見せられたりして、何なんだろうって思ったこともあったんですが、本人たちは幸せな様だし、客観的なものさしで測るのもおかしいだろうなって思いました。それぞれの恋愛というものが、本人たちはすごく楽しいっていうのを、主観的な面からも客観的な面からも描いています。

不器用に頑張る人を応援したい

ーー『きみ波』は、いままでの湯浅作品のなかでも、広い層へ届けようという意欲をとくに強く感じる作品です。

さっきも言いましたが、アニメというものが、そもそも狭い人に向けたものでいいのかという疑問は持っています。そういう意味で、僕のこれまでの作品は、もっと見られてもよかったんじゃないかと(笑)。アニメってことで構えずに、アニメファンではない人も普通に見てもいいんじゃないかって思うんですけど、やっぱり見る機会、知る機会がないんですね。だからみんなに見てもらえる糸口をつかむ作品を作りたいなって思っていて……。

ここ10年くらい、そういうことを考えるなかで、方向性を示せたなと感じたのが『夜明け告げるルーのうた』だったのですが、興行のことから振り返れば、思い切りが悪かったのかな、もっと思い切っていいんじゃないかなと思いました。

大ヒットする作品っていうのは、誰もが見に行きますよね。考えてみたら、自分とは遠いと思っている人達にも興味を持たせるようには作ってなかったよなあって。全方位に向けて作っているつもりだけど、 受け手の顔をそこまで見ていなかった。だから今回はもっと、いままで想定してなかった人たちを意識しています。

湯浅監督が代表を務める「サイエンスSARU」の会議室には卓球台が。これは湯浅監督が2014年に制作したテレビアニメ『ピンポン』の記念品。机には湯浅監督をはじめ、原作・松本大洋氏らのイラストが描かれた貴重な一品だ
湯浅監督が代表を務める「サイエンスSARU」の会議室には卓球台が。これは湯浅監督が2014年に制作したテレビアニメ『ピンポン』の記念品。机には湯浅監督をはじめ、原作・松本大洋氏らのイラストが描かれた貴重な一品だ

ーー今回は戦略的になったと。

そうですね、もっと具体的に広い層を考えました。自分なりにですけど。日本社会って、歴史的に見ても自分みたいなタイプはメインじゃなくて、軽くやんちゃなセンスのほうが主流なんだろうなと以前から思っているところがあって。そういうみなさんにも寄っていくことを考えないと映画も大ヒットしないし、その前の段階、まず見てもらうことすら難しい。だから、そういう感覚に近づいてってみようと思いました。

ーー“波に乗る”ということが、本作では世の中に適応していくという意味としても描かれていましたが、いまの日本社会には、“乗れてない”人が多いと思いますか?

昔よりはみんな上手く乗ってるよな、とは思います。嫌な上司がいたら、その場で反発したりとかは昔よくありましたけど、いまはニコニコと対応して、でも裏ですごく怒っていたりとかして。悪意はないんでしょうけど、いまはそういう社会になってきてるんだろうなって感じがしています。「要領良くやった方が得じゃん」とか、裏で「あいつあんなこと始めたけど、どうせうまくいかないよ」とか言ってたりして。

そういう、世界とか世間がそうだから、合わせて生きていくって生き方と、一方で自分が「こうありたい」という意志を貫いていくっていう生き方があって、僕は後者の方を応援したくなるんですけど、それこそ主人公のひな子みたいに、不器用に頑張っている人が不遇な状況にあると、何とかしたいという気になりますよね。

アニメの世界でもそうですけど、頑張っているのにお金が入ってこない人もいるし、またその逆の状況もある。そんな不公平さがない社会だったらいいなっていうのは、いつも思っていますね。そうすればみんな頑張るようになるじゃないですか。

「自分が何やっても世界は変わらんないんだ」というムードが漂って、みんながそれに合わせてるとき、自分がありたい姿で全うする人もいる。居心地が悪いこともたくさんあるでしょうから、大変だと思いますが、そういえる人がいてくれると自分も救われます。映画の中で、そういう人を観たいんです。

もともとアートやサブカルチャー全般の領域にまたがってアニメーションを制作してきた湯浅監督。『きみ波』では、さらに広い層に向けての作品づくりを目指すことで、現状を変えていこうとする意志を感じた。

コアなアニメファンも「リア充」と呼ばれるような人達も、湯浅監督のなかでは同じ地平にいる存在なのかもしれない。新しい観客を惹きつけるために、今後のアニメ界は、そのような大きな枠組みで観客を捉える世界観が、新しいスタンダードになっていくのだろう。

湯浅政明(ゆあさ・まさあき)/アニメーション監督。サイエンスSARU代表取締役。『夜明け告げるルーのうた』(17年)ではアヌシー国際アニメーション映画祭・クリスタル賞(グランプリ)を、『夜は短し歩けよ乙女』(17年)では日本アカデミー賞最優秀アニメーション賞を受賞した。昨年Netflixで配信がスタートした『DEVILMAN crybaby』など数々の話題作を世に送り出し、疾走感と躍動感に溢れる自由闊達な映像表現で、日本のみならず世界を魅了している。

『きみと、波にのれたら』フォトギャラリー

映画『きみと、波にのれたら』
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映画『きみと、波にのれたら』
映画『きみと、波にのれたら』
映画『きみと、波にのれたら』
映画『きみと、波にのれたら』
雛罌粟港(ひなげし・みなと) 声:片寄涼太(GENERATIONS from EXILE TRIBE)/映画『きみと、波にのれたら』
雛罌粟港(ひなげし・みなと) 声:片寄涼太(GENERATIONS from EXILE TRIBE)/映画『きみと、波にのれたら』
向水ひな子(むかいみず・ひなこ) 声:川栄李奈/映画『きみと、波にのれたら』
向水ひな子(むかいみず・ひなこ) 声:川栄李奈/映画『きみと、波にのれたら』
川村山葵(かわむら・わさび) 声:伊藤健太郎/映画『きみと、波にのれたら』
川村山葵(かわむら・わさび) 声:伊藤健太郎/映画『きみと、波にのれたら』
雛罌粟洋子(ひなげし・ようこ) 声:松本穂香/映画『きみと、波にのれたら』
雛罌粟洋子(ひなげし・ようこ) 声:松本穂香/映画『きみと、波にのれたら』
  • 取材・文小野寺系

    (おのでら・けい) 映画評論家。多角的な視点から映画作品の本質を読み取り、解りやすく伝えることを目指して、WEB、雑誌などで批評、評論を執筆中。

  • 撮影小池大介

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