ドアはまだ閉じていない…立川理道の代表落選をどう読むか | FRIDAYデジタル

ドアはまだ閉じていない…立川理道の代表落選をどう読むか

藤島大『ラグビー 男たちの肖像』

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監督の脳裏にあるもの

阪神ファンの酒場の主人は、案外、ラグビー好きである。「タチカワ、どうして選ばれないんですか。日本代表に」。舞茸の天ぷらを揚げる手を止めて言った。

「あっ。タテカワと読むんです、彼」。やんわり訂正する。姓を認識されていなかった。ラグビー人気の現状だ。そう解釈もできる。でも個人的には思う。名を正確に覚えていない市井の人に実力は伝わっている。

「あっ、そうですか、タテカワですか。すごいですよね。うまいし。強いし」

立川理道。名は「はるみち」。6月9日からの日本代表合宿に姿はない。ワールドカップに備える候補の42人に入れなかった。最終登録の31人に残るのは簡単ではあるまい。

4年前の南アフリカ戦大勝利の背番号12。敵軍司令役に臆せず当たる使命を授かり、もともとは繊細なパスワークで鳴る男は迷わずゴツゴツゴツゴツと実行した。学生時代から10番もこなし、各種キックを駆使できる。当たり、放り、蹴った。時のヤスリでも消せぬ記憶の一角をなした。

いま29歳。日本代表キャップ55。前回のあの喜び、なのに8強入りを逃した悔しさ、ともに深く刻む人物は、ところが日本開催が近づくにつれて桜のジャージィを離れる。昨年6月のジョージア戦を最後に代表を外れた。

なぜ。解釈はさまざまだろう。

前提として「セレクション」とは、ただただ監督(HC=ヘッドコーチ)の権利である。ちょっとそのことを書きたい。

ファンには自分の好みの選手がいる。国内リーグ、目の前で大活躍すれば「代表確定」ととらえる。反対に、直近の調子が上がらなくとも過去の雄姿を信じて「やっぱり必要でしょう」と支持する。「私の15人」を頭に描くのは楽しみであり自由だ。

監督は違う。自分が戦うのだから。

目標の試合がある。対戦相手が定まる。ここで「個-全体-個」のサイクルは始まる。

日本にはこんな選手(個)たちがいる。ぶつかる相手のアイルランドはこうだ。こちらの個をもって、あちらに勝つとしたらこの戦法(全体)しかない。熟慮を経て決定する。すると遂行のために必要なポジションごとの技術、体力、体格、あるいは性格が導かれる。ここでセレクション。「日本にはこういう選手がいる」のイメージを出発点とする戦い方を具体的に絞り込むうちに「この選手」がくっきりと浮かんでくる。

きたるワールドカップであれば、プール戦ではロシア、アイルランド、サモア、スコットランドの順にぶつかる。それぞれの試合の戦い方は、すでにジェイミー・ジョセフHCやアシスタントのコーチ、トニー・ブラウンの頭の中にある。星取りのさまざまな可能性もシミュレートしているはずだ。

立川理道/写真 アフロ
立川理道/写真 アフロ

ドアはまだ閉じていない

かつてオールブラックスの鋭利な監督、ジョン・ハートの1993年の評伝『Straight from the Hart』にセレクションにまつわる次の趣旨の発言が記されていた。

いわく「よいコーチは、この試合を見ない。次の試合を見る」。眼前のセレクションマッチでの大暴れに心を奪われてはならない。次、すなわち目標の決戦に通用するかを凝視するのだ。そんな意味だろうか。

日本代表の往時の名将、大西鐵之祐も著書の『闘争の倫理』(鉄筆文庫)にこう述べている。「力があるけどそいつが出るとぶちこわしになるというのがいますね。それをどう使うか。逆にそいつを使わなかったために、ゴール前で取れる点も取れずに負けたとなるとまずいですね」。そして。「結局自分の作戦の方向というのがはっきりしていればどっちかに決めることができるのですが」。

選手選考は監督の専権なり。選手は監督を選べない。だからこそ監督は選手に対して善き人であらねばならず、言い訳無用、結果にすべての責任を負う。チャンピオンシップのスポーツの変わらぬ実相である。

立川理道のいまのところの「落選」に異を唱えるのが本旨ではない。もちろん当然とも考えない。ただ、接近しての絶妙のパスワーク、滑らかな流線をたどりつつ、いざとなればダイレクトなぶちかましを辞さぬ「柔剛合致」のスタイルに魅了されてきた身として、あらためてセレクションという務めの重みを知るばかりだ。

いつも急に呼ばれてずっといるようなロック、大戸裕矢。神戸製鋼優勝のスクラムハーフ、日和佐篤。異能を正統へ昇華させたウイング、山田章仁。なじみある実力者もリストの外だ。そのチームのその戦法をこなすためのフィジカリティーやスピード。攻守どちらの能力が重視されるか。そのチーム内でのリーダーシップや個性のバランス。古今東西、幾多の「いい選手」が選にもれた。それもラグビーである。

個人的に、メンバー発表は「小さな活字の紙を協会の壁にピンで止めて、はい、おしまい」派である。ここまで記したように、監督の内面にのみ根拠はあるからだ。

それでもジェイミー・ジョセフHCは今月3日の発表会見で立川や山田について「苦渋の決断」とコメントした。さらにこうも。

「ドアはまだ閉じていない」

簡単に招き入れられることはない。大切なのは扉の前にいられるかだ。

※この記事は週刊現代2019年6月22・29日号に掲載された連載『ラグビー 男たちの肖像』を転載したものです。
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  • 藤島大

    1961年東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。雑誌記者、スポーツ紙記者を経てフリーに。国立高校や早稲田大学のラグビー部のコーチも務めた。J SPORTSなどでラグビー中継解説を行う。著書に『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』(文藝春秋)、『スポーツ発熱地図』(ポプラ社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)など

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