覚醒剤1トンを積載 中国「シャブ密輸船」逮捕劇の一部始終
鋭い目つきの逃亡犯は静岡県の海岸で地元住民に近づき水を求めた
6月3日夜9時半、人気(ひとけ)のない静岡県南伊豆町の観光名所・弓ヶ浜に、砂を蹴る男たちの影が動いた。
砂浜に乗り上げた一隻の船に殺到する捜査員。一斉に逃走を図る密輸犯。前代未聞の大捕物が始まった――。
6月5日、覚醒剤1トンを密輸したとして、中国籍の男7人を逮捕したと警視庁が発表した。覚醒剤1トンは末端価格で600億円相当。史上最大量の覚醒剤密輸事件となった。
「覚醒剤は香港のマフィアから持ち込まれたようです。密輸犯は太平洋上で別の船から覚醒剤を受け取る『瀬取り』をしてから、伊豆へ。10年以上前から地元では不審船の目撃情報が相次いでいたが、なかなか逮捕はできなかった。今回は警視庁が海上保安庁などと合同で捜査をし、数年に及ぶ内偵の末、やっと逮捕にこぎつけた」(全国紙警視庁担当記者)
大手柄だが、手放しに喜ぶことはできない。密輸犯が弓ヶ浜に着いたのは6月3日夜だが、逮捕発表は6月5日。空白があったのは、密輸犯7人のうち3人を取り逃がしたからだ。3日深夜にそのうち2人は逮捕したが、1人は4日朝まで約10時間も逃走を続けた。
本誌は今回、現場で聞き込み取材を進めた末、最後の逃走犯と遭遇したという地元住民から話を聞くことができた。
「6月4日の早朝に知り合いから、『不審船が弓ヶ浜に乗り上げたらしい』という連絡を受けていましたが、逃走犯がいるとはまったく知りませんでした。だから、まったく警戒せず、朝10時くらいに浜を見に来たんです。そしたら浜の近くの森のほうから、疲れ切った表情の男が歩いてきた。黒い半袖Tシャツに黒いズボンに黒い靴。ショルダーバッグも黒でした。髪の短い40歳くらいの男でした」
男は全身ずぶ濡れ。体中がひっかき傷だらけだったという。
「男は頭を下げながら必死に水を飲むジェスチャーをしてきた。持っていた1リットルペットボトルの水を差し出すと、あっという間に飲み干してしまいました。怪しい者じゃないと言いたかったのか、中国籍のパスポートも見せてきましたね」
訝(いぶか)しんだ地元住民は、男と離れ、警察に通報。するとすぐさま私服刑事が数台のクルマで駆けつけ、男は逮捕された。
「中国語がしゃべれる刑事が二人いて、ずいぶん準備がいいんだなと思いました。それにしても、逃亡犯がいるのに地元にアナウンスしなかった警察は、どうなんでしょうか……」
警察としては犯人を取り逃がしたことを隠蔽したかったのだろう。それでも逃走犯が地元住民を傷つけなかったのは、運が良かったと言うほかない。今後の捜査について、元神奈川県警刑事で犯罪ジャーナリストの小川泰平氏が言う。
「1トンという量から見て、受け取り手として国内の暴力団が組織的に関与しているのは間違いない。それもトップレベルの組織だと考えられます。今回の逮捕を契機に、”元締”を割り出すべく、捜査を進めていくでしょう」
今回の覚醒剤が国内に流通したら、数万人の薬物中毒者が出たかもしれない。薬物の蔓延を防がなければならない。
『FRIDAY』2019年6月28日号より
- 撮影:高橋明弘