伝説のレスラーが公開した希少な家族写真「長州力と二人の美女」

娘婿が撮った引退記念スクープ

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日光浴は長州力の大事な趣味の一つ。天気がいい日は自宅のベランダに出て、上半身裸で過ごす。テーブルを持ち出して、青空の下、妻の英子(右)、長女の有里(左)と酒を飲むのが一番の楽しみだ

長州力(67)を知る人間であれば、彼と二人の美女が写ったこの写真には驚くかもしれない。右側は妻の英子(56)、左側は長女の有里(31)、撮影場所は自宅のベランダである。長州がこの種の家族写真を公開するのは極めて稀(まれ)である。

この写真を撮影した池野慎太郎(32)が初めて長州力を目の当たりにしたのは、小学校の運動会のときだったという。

「保護者席にドンと座っていました。まだ低学年だったのでどんな人かは知りませんでした。ただ、同級生の吉田のお父さんで、凄い人だとは聞いていました」

’94年から’95年頃――長州力が現場を仕切っていた『新日本プロレス』が、髙田延彦の率いる『UWFインターナショナル』との対抗戦に向かっていた時期だ。40代前半の彼は、プロレスラーとして脂が乗り、力が漲(みなぎ)っていたはずだ。存在感がありすぎる長州を、小学生の池野たちは遠巻きに見るしかなかったのだろう。

池野が長州と初めて話をしたのは、’08年か、’09年のことだ。

長州の娘――同級生の吉田有里から、父親と酒を飲むのだが一緒に来ないかと誘われた。長州は終始上機嫌で、仕事は何をしているのだと池野に訊ねた。

「写真をやっています」

池野は専門学校を卒業後、都内のスタジオでアシスタントとして働いていた。

長州はそれを聞くと、少し考えた後、こう返した。

「いつか、俺のことを撮ってくれ。写真集を作ろう」

池野は「はい」と大きく頷(うなず)いたが、本当にそんな日が来るとは思っていなかった。二人の距離がぐっと縮まるのは、それから約10年後、昨年の6月のことだ。

池野と有里は結婚を前提に交際する恋人同士となっていた。有里と二人で酒を飲んでいると、長州のところに行こうという話になった。

「結婚するって今日、親父に言っちゃう、って。でも夜中の3時になっていたんです。それでも彼女は酔っ払っていて、行こうって」(池野)

タクシーで長州の自宅に着くと、部屋に灯りがともっているのが見えた。これからあの長州力に娘さんをくださいと自分が言うのかと思うと、酔いが一気に醒(さ)め、足がすくんだ。

「ちょっと(家には)上がれねぇよ」

池野は拒(こば)んだが、有里に引っ張られて家の中に入ることになった。リビングでは短パンにTシャツ姿の長州が煙草を吸って寛(くつろ)いでいた。

「何をしに来たんだ」

長州は怪訝(けげん)な表情で言った。その顔を見て池野は「殺されるかもしれない」と思ったという。

しかし、それは思い過ごしだった。

「(結婚の話だと)察してくれていたみたいです。娘さんをくださいと言うと、『ああ、わかった』と二つ返事でした」

長州は妻の英子に酒を持ってくるよう頼んだ。グラスに入ったハイボールが運ばれてくると、二人だけで話をするので、外すように言った。部屋の中で池野は長州と向き合った。

「まず『今、何をしているんだ』と訊ねられたような気がします」

池野は建築関連の写真を撮っているのだと答えた。さらに長州は、これからどうしていくつもりなのだと問うた。

「まずは家族を大事にします、みたいな話をしました。正直、あのときはテンパっていました。自分が何を言ったのか、はっきりと覚えていないんです」

長州の口からは意外な言葉が出た。

「『あの日、”写真を撮ってくれ”と話したことを覚えているか』って。もちろん、ぼくは覚えていました。二十歳そこそこの若造に話したことを覚えていてくださったことに感動しました」

昨年12月2日、池野は有里と結婚式を挙げ、夫婦となった。本業の傍(かたわ)ら、長州の興行、テレビ番組収録等に付き添い、写真を撮っている。そこで気がついたのは”長州力”であり続けることの大変さだった。

「移動のとき、新幹線の改札から乗り場に着くまでに、ファンからムチャクチャ声を掛けられるんです」

大きな身体の長州は目立つ。飲食店などではなるべく目立たない席を選ぶが、移動中はどうにもならない。長州がうつむきながら「今、急いでいるので、すいません」と早足で歩いて行くのを、池野は必死で追いかけることになった。

また、コンビニエンスストアに車で行ったときのことだ。

「いきなり車の窓をコンコンって叩かれる。窓を開けると『長州さんですか?』って。もし普通の人間がそんなことをされたら、嫌ですよね。ところが、義父はもう何十年もずっとそうなんです。しんどいと思いますよ」

「あえて引退」する理由

素顔の長州は冗談好きで朗(ほが)らかな人間である。ただ、けっして出しゃばらない。リングの上の姿と対照的に物静かで控えめでもある。そんな自分の柔らかな部分を守るために、「見知らぬ不特定多数の人々に対しては、不機嫌な顔という壁を作っているのだ」と思うようになった。

長州力が歩いて来たのは、プロレスがテレビのゴールデンタイムで放送されていた、輝かしい時代である。金の集まる所には、胡散臭い人たちも群がり、裏切りや嘘が渦巻いているものだ。

ある日、池野は長州にこう諭(さと)された。

「『どんな仕事でもやります』って言っていると信頼を失うぞ。やれる、やれないの判断はキチンとしなきゃだめだ」

長州は’02年に一旦、『新日本プロレス』を退団。紆余曲折を経て’04年に復帰している。分裂、独立――激動の時代のど真ん中を駆け抜けてきた長州を支えたのが妻の英子であり、長女の有里であった。そんな彼は身内――家族を大切にしている。いや、正確に表現するならば、最も大切にするようになった。

長州本人が振り返る。

「世の中で誰を一番信頼するかって言ったら、やっぱり妻。夫婦だってわからないところはあるけれど、でも、そこしかない。あとは自分が育ててきた子どもたち。身内だよな」

6月26日、長州は後楽園ホールで引退興行を行う。長州はプロレスラーには珍しく、大きな故障や怪我を抱えていない。週に2~3度のトレーニングを今もこなしており、まだ現役を続けることは可能だ。それでもあえて引退という線を引くことにしたという。

その理由の一つは、この夏に池野と有里の間に子どもが生まれるからだ。長州にとっての初孫である。

「ホント、元気なうちに(リングを)降りないとしんどくなるとは思うよね。ちょっと元気なうちに降りないと。杖(つえ)をついて孫を追いかけるわけにはいかないからさ。だから元気なうちに降りる。タイミング的には遅すぎたんだけれどね。孫は男でも女でも、どっちでもいい。俺の子どもでもないし」(長州)

娘だったらジュリアン、男だったらロペスってつけてやろうと思っているんだと悪戯(いたずら)っぽい表情で笑った。

引退後の予定はまだはっきりと決まっていない。ただ漠然と、身体を動かしながら、レスリングを教えられればという思いを抱いている。

「家内と二人で住んでいると、元気でいてあげなきゃいけないって思う。この躯(からだ)が動かなくなって、パンパースになったらどうする。家内に躯洗えって言ったって、この躯じゃ無理だからね」

パンパースとはもちろん”おむつ”のことだ。そして、何よりも望んでいるのは静かな生活だ。

「それなりのおコメ(金)があって飯が食えるんならば、それでいい。金を稼ごうとかそういう考えはない。家内が納得して楽しそうな顔をしていることが一番」

以前、世間話の延長で長州に好きな女性のタイプを聞いたことがある。そのとき、彼は髪の短い女性が好きだと答えていた。そのことに触れると、長州は照れくさそうに下を向いた。

「理想かどうかはわからないけど、(好きなタイプは)家内だろうね」

そして、うん、やっぱり家内だよともう一度、深く頷いた。

長州力は67歳の今も週2~3回のトレーニングを欠かさず、肉体を維持。得意技「リキラリアット」の迫力も衰え知らずだ
5月、故郷・山口でのラストファイトに臨んだ長州力。試合後、「応援ありがとう」と一礼した
引退後のビジョンで頭にあるのは専修大学までやっていたアマチュアレスリングの指導者だ。「やっていて楽しいし知識もある」(長州力)

『FRIDAY』2019年6月28日号より

  • 田崎健太 撮影池野慎太郎

Photo Gallary4

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