33歳・交番襲撃男は「コネ入社」で体調悪化 運命の分かれ道 | FRIDAYデジタル

33歳・交番襲撃男は「コネ入社」で体調悪化 運命の分かれ道

テレビ局常務の父親が通報して逮捕 人生の暗転はどこから始まったのか?

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事件現場となった吹田市の千里山交番。バイクの前。血痕が今も生々しく残るあたりに巡査は倒れていた
事件現場となった吹田市の千里山交番。バイクの前。血痕が今も生々しく残るあたりに巡査は倒れていた

「常務は警察には息子さんについて知るかぎりの情報を提供したそうです。事件発生日は常務の誕生日で、しかも(事件3日後の)6月19日には会社の株主総会が予定されていました。多忙のなか、常務は『よりによってこんな週に』と思ったかもしれませんね。『将来の社長』とまで言われていた人でしたが、逮捕の翌日にはすぐに辞表を提出したと聞きました」(関西テレビ幹部局員)

事件発生直後、公開された防犯カメラの画像を見た関西テレビの常務取締役・飯森睦尚(いいもりむつひさ)氏(63)は自ら大阪府警に、「ウチの息子に似ている」と通報したという。

睦尚氏の息子である飯森裕次郎容疑者(33)は、6月16日早朝、大阪府吹田市の千里山交番に勤務する古瀬鈴之佑(こせすずのすけ)巡査(26)を包丁で刺して拳銃を強奪。丸一日後に、大阪府箕面(みのお)市の山中で捜査員に発見され、逮捕となった。

父親は心のどこかで、今回のような事件が起きることを”覚悟”していたフシもある。父親は犯人の手配画像を見る前から「犯人は自分の息子かもしれない」と周囲に漏らしていたという。

「まずもって、重大な怪我を負わせてしまった警察官の方及びご家族様に対し、心よりお詫び申し上げます」

6月17日夕方、睦尚氏は弁護士を通じて大阪府警の司法記者クラブに対して、用意周到とも思えるコメントを発表した。

事件は予見できなかったのだろうか。そして、悲劇を防ぐ手だてはなかったのか。飯森容疑者の人生を振り返りながら、検証していこう。

飯森容疑者は神奈川県川崎市で育ち、小学校5年生のときに吹田市に転居した。少年野球チームに入り、内野を守った。小学校の卒業文集ではプロ野球選手になる夢を語っていた。中学校でも野球部に所属。外野手でレギュラーだったという。

「いつもニコニコと笑っていた印象です。ただし、他人の好き嫌いがはっきりしていて、友達はいたけど少なかった。中学時代の成績は優秀。お父さんが野球の応援に来ていたのは、記憶にありません。飯森君はテストの点数を凄く気にしていましたよ」(中学時代の友人)

別の中学時代の知人はこう証言する。

「中学生のとき、彼は今回の事件現場近くにあるマンションに住んでいました。あのときは友達もいたし、まさに文武両道でした。事件の直前にはフェイスブックで当時の友達にメッセージを送っています。誰かに助けてほしかったのかもね……」

吹田市内にある府立の進学校に進んだ飯森容疑者は、中学時代よりもさらに孤独を深めていったという。卒業後は上京し、駒澤大学の文学部に入る。

突然、岩手で就職

大学卒業後は’09年から海上自衛隊に所属したが、わずか半年で除隊。’14年11月には、警視庁品川署を訪れ、署員に「ドラゴンクエストのゲームをやめたら心臓から声が聞こえて困っている。昔住んでいた吹田市の人たちの声です」と相談していた。

’15年9月に関テレと同じフジテレビ系列の岩手めんこいテレビの子会社・めんこいエンタープライズに入社する。外形的には一般入社だが、わざわざ東京から岩手県のテレビ局に就職するとは、よほどの理由があったのだろう。面接試験の際に、周囲の”忖度(そんたく)”があったとしても不思議ではない。

「彼は映像のチェックを行う業務についていました。目立つ存在ではありませんでしたよ。ただ、関テレの飯森常務は岩手県出身で、同じフジ系列ですから、彼がその息子であることはみんな知っていました。父親のコネで中途入社したのだろうと思っていました。結局、彼は一身上の都合という理由で、’16年4月には退社しましたね」(岩手めんこいテレビ関係者)

慣れない土地で、慣れない仕事。ムリに就職をした後、飯森容疑者の体調は急速に悪化し、その後、定職に就くことはなかった。

精神障害者保健福祉手帳の交付を受け、昨年11月から、都内のゴルフ練習場に障害者雇用の枠で採用され、清掃員のアルバイトをしていた。6月5日からは2泊3日で沖縄に一人で旅行に出かけ、6月12日から「病気の悪化」を理由に仕事を休んだ。そして、吹田市で犯行におよんだ。

「コネ入社」が体調悪化のきっかけとなったのは間違いなさそうだ。一方で、今回の凶行をすべて病気のせいにすることは許されない。

「精神疾患の症状とは関係なく、何らかの恨みか、欲望に駆られた行動とも考えられる。その場合、刑事責任能力は十分あると言えるでしょう」(精神科医・和田秀樹氏)

悲劇は防げなかったのか――。事件の背景を徹底的に解明しなければならない。

犯行直前の自撮り画像 この表情でナイフを突き刺した

事件の数日前、飯森容疑者が、吹田市在住時代のかつての友人宛てに送信した自撮り画像
事件の数日前、飯森容疑者が、吹田市在住時代のかつての友人宛てに送信した自撮り画像
小学校時代の飯森容疑者。
小学校時代の飯森容疑者。
寄せ書きは、小学校の卒業文集に飯森容疑者が書いたもの。5年生のときに転校してきたが、すぐにクラスに馴染んで、友達と野球やサッカーを楽しむような活発な少年だった。文集にはクラスの「何でもベスト5」というコーナーもあり、飯森容疑者は〈有名人になりそうな人〉で2位に選ばれていた
寄せ書きは、小学校の卒業文集に飯森容疑者が書いたもの。5年生のときに転校してきたが、すぐにクラスに馴染んで、友達と野球やサッカーを楽しむような活発な少年だった。文集にはクラスの「何でもベスト5」というコーナーもあり、飯森容疑者は〈有名人になりそうな人〉で2位に選ばれていた

飯森容疑者は吹田市にある公立中学でも野球部に入り、レフトでレギュラーだった。とくに社交的ではなかったが、遊び仲間のグループとは密に付き合い、親しい女性の友人もいたという。学業も優秀で、学区ではトップレベルの公立高校に進む。だが、その高校には野球部がなく、中学時代の明るさは次第に失われていった。卒業後は駒澤大学に進学、家族とともに東京に拠点を移した
飯森容疑者は吹田市にある公立中学でも野球部に入り、レフトでレギュラーだった。とくに社交的ではなかったが、遊び仲間のグループとは密に付き合い、親しい女性の友人もいたという。学業も優秀で、学区ではトップレベルの公立高校に進む。だが、その高校には野球部がなく、中学時代の明るさは次第に失われていった。卒業後は駒澤大学に進学、家族とともに東京に拠点を移した
6月10日に飯森容疑者がSNSを通じ、約20年ぶりに小・中学時代の友人に送ったメッセージ。顧問の顔写真や友人の連絡先を尋ねる不可解な内容だった
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飯森容疑者が母親とともに住んでいた都内のマンション。事件当時、父親は大阪に住んでいた。母親は地方局の元アナウンサー。2歳年上の実兄は広告代理店勤務で、中部地方の支社に所属している
飯森容疑者が母親とともに住んでいた都内のマンション。事件当時、父親は大阪に住んでいた。母親は地方局の元アナウンサー。2歳年上の実兄は広告代理店勤務で、中部地方の支社に所属している

『FRIDAY』2019年7月5日号より

  • 撮影小川内孝行(1枚目) 蓮尾真司(8枚目)

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