日ハム・吉田輝星とは別の道で生きる 金足農業ナインたちの「今」
日ハム・吉田輝星とは別の道で生きる球児たちのストーリー
「新しい舞台に進めば誰でもゼロからのスタート。でも吉田にはいつか日本のエースになってほしいです」
こう語るのは、金足農業高校野球部OBの大友朝陽(あさひ)さん(19)だ。吉田輝星といえば、甲子園のマウンドで刀を抜くような「シャキーン」ポーズで注目された。このパフォーマンスのパートナーがセンターを守った大友さんだった。
昨夏、秋田県勢として103年ぶりに甲子園決勝進出を果たした金農(カナノウ)ナインは、全員が同県出身。エース吉田を中心に最後まで一人も選手交代せず戦い抜いた。彼らのうち4人は県外の大学に進学。そして就職した4人はいずれも地元に残った。
大友さんが選んだのは、社会人野球と仕事の両立。高校の環境土木科で学んだことを生かして秋田市の建設会社「伊藤工業」で働きながら、社会人クラブチームの「ゴールデンリバース」に所属する。
夢は今度こそ「全国制覇」
この日、大友さんは、秋田市内から車で40分ほどの田園風景の中で、圃場(ほじょう)(田畑)整備の仕事を行っていた。
「仕事はわからないことだらけですが、現場で経験を積みながら勉強もして、資格をとれるように頑張りたいです」
クラブチームの合同練習は週1日のため、平日は帰宅後、自宅に作った筋トレルームで地道に体を鍛えているという。
「企業チームは毎日練習しているので、自分は全然足りない。いまは上半身用マシンしかないので、おカネを貯めて、もっと買いそろえていこうと。大会と仕事の忙しい時期が重なると、やっぱり仕事が大事なので、その兼ね合いが難しいです。
野球では、チームの目標が全日本クラブ野球選手権のベスト4入り。そして3年以内に全国優勝できたらと思います。まだ自分は下位の打順ですが、うまくなって、上位打線に入れるようになりたい」
甲子園は緊張しなかったが仕事は緊張する
一方、吉田輝星とバッテリーを組んでいた菊地亮太さん(18)は、秋田県庁職員として、農業農村整備の仕事に従事し、工事の図面などと格闘する毎日だ。菊地さんも、大友さんと同じクラブチームで野球を続けているが、
「高校時代は勉強より野球がメイン! と決めていたんですが(笑)、今は逆です。野球より仕事がメインです」
と笑う。菊地さんは、環境土木科に在学中の2年時からすでに農業土木技術者になるという進路を決めていたという。
「金農では、キャッチャーとして大切なことは”気づき”だと叩きこまれました。9人の中で僕だけ逆を向いて全員の顔を見られる。小さな異変に気がついて声をかける、それが役割だと。その経験が仕事で役立っているのかなと思います。甲子園では本当に楽しんで野球ができましたが、仕事では緊張の連続ですね。公務員としての責任の重さを感じています」
菊地さんは、6月12日、ベスト8の近江戦で劇的なサヨナラツーランスクイズを決めた斎藤璃玖(りく)さん(18)と二人で、札幌ドームへと吉田の応援に駆けつけた。吉田の投球を受けていた昨夏は、どんな思い出になっているのだろう。
「大会期間中は、毎日甲子園のグラウンドで、やれることを全力でやっているだけでした。秋田に帰ってきて初めて、反響の大きさにびっくりしました。時間が経つにつれて、自分たちはすごいところで野球をしていたんだな、と振り返るようになりましたね」(菊地さん)
「周りからいろいろ褒めてもらいましたが、すごいことをした感覚はありません。秋田県の中で一番きつい練習をした結果だったと思っています。今、社会人野球をしていると、高校野球はレベルが低かったと痛感します。あ、でも大阪桐蔭は強かったですけれど(笑)」(大友さん)
日本中を熱狂させた若者たちが、それぞれの道を歩み始めている。




撮影:高橋 希写真:時事通信社 AFLO