高島忠夫さん“夫婦円満の秘訣”は寿美花代との30分ストレッチ

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
妻の寿美花代と寝る前の30分ストレッチが夫婦円満の秘訣と語っていた高島さん(86年)

 

6月26日、俳優の高島忠夫さんが亡くなった。88歳だった。

高島さんといえば、『クイズ・ドレミファドン!』(フジテレビ系)、『ごちそうさま』(日本テレビ系)などの数々のバラエティー番組や『輝け!!日本歌謡大賞』(TBS以外の在京キー局)の司会を務め、“司会者”のイメージが強いが、実は100本以上もの映画に出演している映画スターだった。『ゴジラシリーズ』を始めとする東宝特撮映画などでも活躍している。

高島さんが若いころ一緒に仕事した映画製作スタッフはこう語る。

「天知茂さんと同期だと伺いました。天知さんはキリッとしたマスクでしたが、高島さんはボンボン育ちとわかるふんわりとしたマスクで、性格がにじみ出ていました。うまい具合に硬・軟が揃ったなと思いました。高島さんは身長が外国人俳優なみの180センチくらいありましてね、すでにスターのオーラが出ていました。でもとても温和な人でみんなに好かれていましたね」

63年に元タカラジェンヌで女優の寿美花代と結婚。翌年に長男が生まれたが、生後5か月で家政婦に殺害されるという衝撃的な事件に見舞われることに。しかしその後授かった二人の男子、政宏と政伸はそろって俳優となり、家族全員が俳優という芸能一家『高島ファミリー』が誕生することとなった。

このファミリーは、日本の芸能界で“芸能一家”と称された魁ではないだろうか。

ミュージカルに挑戦したり、作曲も手掛けるなどマルチな活躍をしていた高島さんだったが、とりわけ司会業では才能をいかんなく発揮することに。

ソフトな語り口と進行の上手さで、彼が司会を務めた番組は人気番組となり、高視聴率を獲得する。イントロクイズの元祖でもあった『クイズ・ドレミファドン!!』は日曜昼の放送にも関わらず、10〜13%の安定した視聴率を取っていたほどだった。

『ごちそうさま』では夫婦で司会を務め、番組は27年間にわたって放送されるほどの長寿料理番組となった。番組からも見てとれたが夫婦仲の良さから、やがて二人は芸能界屈指の“おしどり夫婦”と呼ばれるようになったのだった。

そんな“おしどり”ぶりが伝わってくるのが上の写真。

86年に、二人は共著で『体の中からスリムになる本―みるみる効果!ハッピーストレッチ健美法』(21世紀ブックス)という健康本を出している。当時、高島さんは56歳、妻は54歳。毎晩二人は就寝前に30分間ストレッチ体操をしていたという。

「二人で一緒にやるというのがミソなんです。スキンシップや精力増強にも役立ちますよ」

と語っていた高島さん。通っていたスポーツクラブでストレッチのポーズをとってくれたのだった。撮影したカメラマンは

「大スターらしからぬ気さくで、とても感じがいい人という印象が残っています。撮影中もずっと笑顔で、こちらの要求に嫌な顔ひとつしないで応えてくれました。奥様とも自然な感じで触れ合っていて、相思相愛なんだなと感じました」

と当時を振り返る。

しかし健康志向だったにもかかわらず、晩年は病と闘う日々が続いた。’98年に重度のうつ病を発症し、4本あったレギュラー番組をすべて降板。一時は回復し仕事復帰を成し遂げたが、その後パーキンソン病を発症、’10年には不整脈の症状がみられ、心臓にペースメーカーを装着した。

13年に放送されたドキュメンタリー番組で5年ぶりにテレビで元気な顔を見せてくれた高島さんだったが、それ以降は姿を見せることはなかった。

そのため幸か不幸か、高島さんのイメージはあの笑顔のまま変わることはない。

つらい闘病生活だったことは容易に想像できるが、大好きだった妻とフリオ・イグレシアスの歌に見送られ、きっと笑顔で旅立ったことだろう。合掌

 

  • 佐々木博之(芸能ジャーナリスト)

    宮城県仙台市出身。31歳の時にFRIDAYの取材記者になる。FRIDAY時代には数々のスクープを報じ、その後も週刊誌を中心に活躍。最近は、コメンテーターとしてもテレビやラジオに出演中

  • PHOTO鬼怒川 毅

Photo Gallary1

share icon記事をシェアする

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事