「ホステス死体窯焼き事件」その背後に見えたさらなる闇

平成を振り返る ノンフィクションライター・小野一光「凶悪事件」の現場から 第13回

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2005年、女性の遺体を陶芸用の窯で焼くという衝撃的な事件が発生した。しかも、この事件に深く関わっていた男が逮捕直前に死亡。ノンフィクションライターの小野一光は、猟奇的な事件の鍵を握る重要人物に取材を敢行。事件の背後に見えてきたさらに深い闇とは。

05年2月23日、福岡刑務所飯塚拘置支所内で死亡した事件のキーマン・徳島(仮名)の遺体が運び出された

幼なじみの男に拳銃で脅されて、見知らぬ女性の遺体を陶芸用の窯で焼いた――。

福岡県田川郡に住む山下俊和(仮名、逮捕時61)が、犯行に手を染めたことへの恐怖心から所轄署に出頭。2005年2月15日に死体損壊、死体遺棄容疑で逮捕された(後に起訴猶予)。陶芸用の窯で女性の遺体を焼くという衝撃的な事件の発覚に、『FRIDAY』はすぐに取材に動くことになり、私は福岡へと飛んだ。

そこで山下が遺体焼却を命じられたと名前を挙げたのは、徳島健一(仮名、死亡時60)という男。元暴力団組員の徳島は、前年(04年)11月に銃刀法違反容疑で逮捕されており、公判中のため福岡刑務所飯塚拘置支所に身柄を勾留されていた。

窯で焼かれた女性の身元と死因を知るキーパーソンと見られた徳島だが、山下が逮捕されて8日後の2月23日に同拘置支所で死亡しているのが発見される。福岡県警担当記者は言う。

「奇しくも死亡したその日に、徳島が死体損壊、死体遺棄容疑で逮捕されるとの話が出ていました。当初、拘置支所側は『心臓発作』との説明をしていましたが、やがて彼がふきん2枚を呑み込んで窒息死した『自殺』だと判明しています。逮捕後の山下の供述によると、徳島は女性の遺体を車で運んできて、『窯で焼け。断ったらお前も殺すけん』と、拳銃を突きつけながら脅したそうです」

一方、被害者と見られる女性は、福岡県田川市のスナックに勤める新山里奈さん(仮名、死亡時31)だと後に判明した。彼女は04年8月13日の未明にスナックの仕事を終え、同僚と一緒にタクシーに乗り、夫と子供の待つ自宅の約30m手前で下車した直後、目撃者によれば「3人の男に拉致されて」行方不明となっていた。スナックの関係者は言う。

「小柄でグラマーだった里奈さんは、店のナンバー1ホステスでした。結婚していましたが、店では独身ということで通していて、彼女にご執心の客も少なくなかった」

徳島に銃で脅されて遺体を焼いた山下(仮名)

現地に入って取材をしていると、徳島が里奈さんの働くスナックに出入りしていた気配はない。だがやがて、徳島の長男(死亡時34)が02年10月に自殺しており、その妻と里奈さんが、かつて同じ店で働いていた親友だったことが明らかになる。先の県警担当記者が説明する。

「徳島の長男の激しい家庭内暴力に耐えかねて、妻は逃げ出し離婚調停が行われていました。そこで3人の子供の親権を巡って争っているさなか、その長男が3人の子供と一緒に無理心中してしまったのです。そして長男にかかっていた保険金がすべて妻に支払われることになり、彼女が姿をくらましたため、徳島は行方不明の彼女を探すことに躍起になっていました。その流れのなかで、親友の里奈さんがなにか情報を握っているのではないかと疑った徳島は、店や里奈さんの携帯電話に『(長男の妻の)居場所を教えろ』と執拗に電話をかけていたのです」

元暴力団組員の徳島は、粗暴で暴力行為や恐喝などで幾度も刑務所に収監されていた。また、長男が車に子供3人を乗せて溜め池に飛び込んで無理心中した際も、恐喝事件で刑務所に入っており、「子供や孫が死んだのは嫁のせい。出所したら復讐してやる」と怒りを増幅させていたのである。

里奈さんは、この徳島による筋違いの怒りの巻き添えを食うかたちで、被害に遭ってしまったのだ。

徳島が里奈さんを拉致する際に協力したのは、彼の次男である徳島信二(仮名、逮捕時33)と、徳島の”舎弟”を名乗る小木悟(仮名、逮捕時35)の2人。信二は05年2月18日にみずから出頭し、小木は同年1月に盗難車を譲り受けた容疑で逮捕されていた。

信二と小木は徳島に命じられるまま、里奈さんの拉致に加わったことを認めているが、これまでに数多くの逮捕歴がある徳島は、拉致や死体遺棄について「知らない」と否認を続けていた。県警担当記者は語る。

「徳島は逮捕前、知人に『陶芸窯で人を焼いたら、どれくらい骨が残るか』と尋ねていました。また、里奈さんのものと思われる毛髪が、窯の周辺から見つかっており、捜査員は証拠を固めてから徳島を追及するつもりでした。それだけに、彼に自殺されてしまったことに大きなショックを受けています」

というのも、陶芸窯の温度は約1200℃以上となるため、人体が灰になり、細胞が死滅してしまう。そのため押収した灰からDNAを採取できない可能性が高かったからだ。そこで徳島から自供を引き出そうとした矢先の自殺だったのである。

私は里奈さんの遺体を窯で焼くように命じた翌月に、徳島が訪問していた男性がいるとの情報を得て、その人物のもとへと向かった。

「おう、ごらあ、てめえどうやってここがわかった。ふざけんじゃねえぞ……」

玄関先で私が取材でやってきたことを口にした途端、屋内で内装工事をやっていた初老の男性は、手にノコギリを持ったまま怒りをあらわにして、こちらに詰め寄ってきた。

「突然訪れたことはお詫びします。ただ、(徳島が)こちらにやって来たのはなにか事情があったんじゃないかと、どうしても話を直接お伺いしたくて、やって来てしまいました」

相手は威嚇の姿勢を崩さずに、荒い言葉を吐き続けたが、1~2分ほどこちらが話を聞いているうちに、徐々に態度が軟化してくるのがわかった。

「まあのお、去年の9月に奥さんらしき女の人と乳飲み子を連れて、突然やって来たんよ……」

61歳のこの男性は、私に玄関内の段差に座るよう勧めると、そう切り出した。

「それでこっちの方で健康食品販売の商売を広げるつもりやと言いよった。そんときに、もし子供が風邪とかひいたら、病院に連れて行くために保険証が必要やけ、おたくに住民票を置かせて貰えんやろかっち頼まれたんよ。見たら子供も小さいし、あまりに気の毒やけ、承諾したんよ」

徳島は住民票を移したが、居住の実態はなかったという。当然、事件発覚後には、この男性のもとにも捜査員がやってきており、次のような説明を受けたそうだ。

「(徳島は)自分のやったことで妻子に迷惑がかからんように、住民票を移したんやなかろうかっち言いよったね」

逆恨みした相手の親友にまで手をかけておきながら、自分の身内だけは守ろうとする。そして捜査の手が我が身に迫ってきた途端の自殺……。徳島の自己中心的な性格を裏付けるようなエピソードだった。

女性の遺体が焼かれたとされる釜

 

  • 取材・文小野一光

    1966年生まれ。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。アフガン内戦や東日本大震災、さまざまな事件現場で取材を行う。主な著書に『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)、『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』 (幻冬舎新書)、『連続殺人犯』(文春文庫)ほか

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