『なつぞら』は大河ドラマだ!アニメーション編の楽しみ方 | FRIDAYデジタル

『なつぞら』は大河ドラマだ!アニメーション編の楽しみ方

指南役のエンタメのミカタ 第23回

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NHK公式ホームページより
NHK公式ホームページより

皆さん、7月10日のNHK朝ドラの『なつぞら』、ご覧になりました? 遂に宮崎駿サンが登場しましたね!

――えっ、見ていない? 北海道編は見ていたけど、東京に舞台を移して以降、ご無沙汰している?

なんと、もったいない。そもそも『なつぞら』は日本のアニメーション黎明期を描くために企画されたドラマ。ちょっと前に高畑勲サンがモデルとされる坂場一久(中川大志)が登場して、今週、宮崎駿サンがモデルの神地航也(染谷将太)が合流し、いよいよ日本のアニメ界のレジェンドが揃い踏み。ここから本格的にドラマが盛り上がるというのに――。

まぁ、でも大丈夫。幸い、アニメーション編は始まってまだ1ヶ月余り――今なら、まだ追いつけます。なんだったから、一度も『なつぞら』を見ていない方でも大丈夫。アニメーション編は、同ドラマの北海道編が7週間、新宿編が2週間だったのに対して、実に17週もある。今週は6週目にあたり、まだまだ先は長い。ここからでも十分楽しめると思います。

ちなみに、アニメーション編を週一放送の60分の連ドラに置き換えると、およそ3クール。こんなにも長く、深く、詳しく日本のアニメの歴史をやるドラマは初めてなんですね。背景に、今や日本のアニメの歴史は海外からの関心も高く(本当)、このタイミングでそれをテーマにドラマを作ることは世界的にも意義のあることだった。そう、記念すべき朝ドラ100作目に相応しい企画なんです。

さて、アニメーション編のこれまでの流れをざっとおさらいすると、昭和30年、高校3年になったヒロインの奥原なつ(広瀬すず)は、映画館で見たディズニーの『ファンタジア』に心を動かされ、漫画映画(当時、人々はアニメーションをそう呼んでいた)の道を志す。要するにアニメーターだ。そこで翌31年、高校を卒業したなつは上京し、知人の口利きで新宿の川村屋(モデルは新宿中村屋)に住み込みで働きながら、東洋動画(モデルは東映動画)の採用試験を受けるが――不合格。しかし、3ヶ月後に同社の仕上課の臨時採用試験に合格。晴れて東洋動画に入社する。

一応、ご存知ない方のために説明しておくと、なつのモデルは実在した女性アニメーターの草分け、奥山玲子サンである。実際、奥山サンは発足間もない東映動画に契約社員として入社。すぐに頭角を現し、日本初のカラー長編漫画映画の『白蛇伝』を始め、数々の長編漫画映画や黎明期のテレビアニメの作画に携わった。そう、彼女もまた日本のアニメ史のレジェンドの一人と言って過言じゃない。

ただ、『なつぞら』は奥山サンの伝記ではなく、彼女はあくまでモデルという位置づけ。奥山サンは仙台の出身だし、戦争孤児でもない。だから北海道編のなつは創作である。また、アニメーション編も必ずしも奥山サンの軌跡をリアルに投影したものではなく、なつの成長を通して、アニメ作りのノウハウも学べる作りになっている。

例えば、仕上課に入ったなつは、セル画に色を塗る「彩色」の仕事を手始めに、次に「トレース」の技術を学び、社内の能力テストを経て作画課に移り、「動画」を担当する。そして先週、短編映画の「原画」に抜擢される――という展開。これ、なつの出世を通して、アニメの制作過程を逆の順番で見せているんですね。本来の順番は、アニメーターがラフの「原画」を描き、これを「動画」担当が原画と原画の間を埋める作画をして、それを「トレース」の人たちがセル画に起こし、そして「彩色」の人たちが色を付ける。

そう、『なつぞら』のアニメーション編が面白いのは、史実を基にした歴史ドラマでありながら、業界のノウハウも学べるところ。つまり、ハウ・トゥドラマでもある。それが最も生きるのが、なつと高畑……もとい、坂場がやりあうシーンである。2人は初対面の時から何かと小さな衝突を繰り返す(ドラマにありがちなパターンで、後に2人が結ばれるのは容易に想像がつく)。最初は、長編漫画映画の『わんぱく牛若丸』の1シーン、馬に乗った牛若丸が崖を下る描写のなつの作画に、坂場はリアリティがないと疑問を呈す。この時の2人のやりとりがいい。

なつ「リアリティって何ですか? アニメーションのリアリティって、実際の人間や動物の動きを、そっくりおんなじに描くっていうことですか? それで、子どもは楽しいんでしょうか? アニメーションにしかできない動きをしたりするから、楽しいんじゃないでしょうか?」

坂場「アニメーションにしかできない表現、ということですか?」

なつ「はい、そです! 子どもが見て、ワクワク、ドキドキするような」

坂場「子どもが見るものだから、リアリティは無視してもいいということですか?」

――なかなか面白い。実はこの時、坂場自身もアニメーションのリアリティについての明確な答えを持っていない。すぐに答えを見せないところが、脚本の大森寿美男サンの真骨頂である。2人の関係が面白いのは、坂場は東大卒の秀才で、アニメーションの知識と理論には長けているものの、絵はまるで描けない(実際、モデルの高畑サンも東大卒で、絵は描けない)。一方のなつは、考えるのは苦手だが、時に天才的な作画をする。いわば2人は“割れ鍋に綴じ蓋”の関係。度々衝突しつつも議論を続け、やがて1つの解に辿り着く。

「ありえないことを、本当のように描く――」

それが、なつが偶発的に描いた作画をヒントに、坂場が導き出した答えだった。つまり、どんなに面白おかしくデフォルメしても、それをあたかも本当のように見せるテクニックが、アニメーションのリアリティだと。ここまで辿り着くまで、なんと9話も要している。

そう、『なつぞら』のアニメーション編が面白いのは、史実を描きつつも、そこにアニメの作り手たちへのリスペクトが感じられるところ。それを適当に台詞で済まさず、エピソードで丁寧に見せる。これぞ大森寿美男サンの神脚本である。

これはもう、朝ドラのレベルを超えていると言っていい。もはや大河ドラマに近い。実際、東洋動画(モデルは東映動画)の登場人物たちは、後にアニメ業界を背負っていくレジェンドたちばかり。作画部のリーダーの仲努(井浦新)のモデルは、東映動画の前身の日本動画時代から活躍する“アニメーションの神様”こと森康二サンだし、その下でセカンドを務める下山克己(麒麟・川島明)は、どう見ても『ルパン三世』の愛車FIAT500に乗っていた大塚康生サンだ。元警察官の下山のキャリアは、元麻薬取締官という異色の経歴を持つ大塚サンと重なるし、いつも笑顔を絶やさないキャラは、高畑・宮崎両氏に慕われ、敵を作らなかった大塚サンそのものだ。

同じくセカンドの“マコさん”こと大沢麻子(貫地谷しほり)のモデルも有名人だ。後に「虫プロダクション」に移る伝説のアニメーター、中村和子(通称・ワコさん)がそう。彼女は手塚治虫の右腕として、日本のテレビアニメ第一号の『鉄腕アトム』を始め、数々の黎明期のテレビアニメを手掛け、それまで漫画映画を主戦場としてきた東映動画の最大のライバルとなる。つまり、なつの前に立ちはだかる。

意外なのは、仕上課時代から、なつの友人として癒しのポジション(いわゆるルームメイト・キャラ)のモモッチこと森田桃代(伊原六花)の今後だ。彼女のモデルは、後に“ジブリの色”と呼ばれ、高畑・宮崎両氏から絶大な信頼を寄せられる色彩設計の保田道世サンなのだ。今は会社の同僚の中からテキトーに花婿相手を見つけ、結婚退職しそうなキャラだけど、史実だと保田サンは後に組合活動を通じて高畑・宮崎両氏と知り合い、2人から大きく影響を受ける。今後のモモッチの動向にも注目だ。

さて、なつである。史実では、モデルとなった奥山玲子サンは、昭和38年に同僚の小田部羊一サンと結婚している。小田部サンは『なつぞら』でアニメーション時代考証を務めており、そのためか東映動画の主要アニメーターのうち、彼に該当するキャラクターのみドラマに登場しない。先にも述べたが、恐らく小田部サンの同期入社の高畑勲サン――つまり、坂場一久がその代わりの役を担う。

そして、物語はいよいよクライマックスへと進む。恐らく終盤は、高畑勲サンが初監督を務め、大塚康生サンが作画監督を、そして宮崎駿サンや奥山玲子サンらが原画で参加した長編漫画映画『太陽の王子 ホルスの大冒険』が着地点になる。同映画は後のジブリ映画の原点であり、アイヌの伝承をモチーフにした深沢一夫の戯曲『チキサニの太陽』がベースになっていることから、恐らくここで同ドラマの「北海道編」が何らかの形で関わってくる。実際の『ホルス~』は舞台を北欧に変更したが、そのまま北海道で行くのではないか。

そうなると――気になるのは、十勝の柴田家にワンピースを置いたまま立ち去った千遥だ。このまま、なつや咲太郎と会わないまま終わるとは考えにくい。最後に北海道を舞台に、もう一サプライズあるのではないか。千遥の設定は、あの『千と千尋の神隠し』も何かしら関係がありそうだし、それ以外にも同ドラマはあちこちに、日本のアニメーション史へのオマージュが散りばめられている。

――なんてことを考えながら『なつぞら』を見ると、もっと楽しくなります。

もう一度言う。『なつぞら』はアニメーション編を見ないと、もったいない。

  • 草場滋

    メディアプランナー。「指南役」代表。1998年「フジテレビ・バラエティプランナー大賞」グランプリ。現在、日経エンタテインメント!に「テレビ証券」、日経MJに「CM裏表」ほか連載多数。ホイチョイ・プロダクションズのブレーンも務める。代表作に、テレビ番組「逃走中」(フジテレビ)の企画原案、映画「バブルへGO!」(馬場康夫監督)の原作協力など。主な著書に、『テレビは余命7年』(大和書房)、『「朝ドラ」一人勝ちの法則』(光文社)、『情報は集めるな!」(マガジンハウス)、『「考え方」の考え方』(大和書房)、『キミがこの本を買ったワケ』(扶桑社)、『タイムウォーカー~時間旅行代理店』(ダイヤモンド社)、『幻の1940年計画』(アスペクト)、『買う5秒前』(宣伝会議)、『絶滅企業に学べ!』(大和書房)などがある

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