リケジョ社長が遺伝子解析ビジネスで目指す「差別」のない世界
注目の女性経営者として引っ張りだこ
「社長の仕事場」を見たい!第8回

「社名のジーンは遺伝子、クエストは探求という意味です。遺伝子はまだわからないことが多く、探求という言葉がすぐに浮かび、今の社名を決めました。遺伝子研究はグローバルに展開していますので、海外の方にもわかりやすいように、という狙いもあります。
もちろん『ドラゴンクエスト』を意識した部分はありますね(笑)。今はゲームはしていませんが、子供の頃はドラクエをやっていた”ドラクエ世代”ですから」
『ジーンクエスト』創業者の高橋祥子社長(31)は、こう語る。彼女が遺伝子に興味を持ったのは、入学したばかりの高校に貼ってあった「ヒトゲノム計画」のポスターがきっかけだった。
「一人の人間が持つ30億の塩基(=遺伝情報)を世界中の研究者が一丸となって解析している。それってなんて壮大なことだろうと思ったのを覚えています」
高橋氏は’88年、神戸生まれの大阪育ち。父は仕事第一で厳格なたたずまいの外科医だという。姉も医学の道に進んだが、高橋氏は「病気になってから治すのではなく、そもそもなぜ病気になるのか、を研究したい」と考え、生命科学の道に進んだ。京都大学を経て東大大学院に進み、遺伝子研究に打ち込むが、その後を予感させる、こんな一幕もあった。
「起業前、東大の大学祭で、アルコールの耐性を調べる遺伝子解析イベントを企画したことがあるんです。当時は学生の急性アルコール中毒が社会問題になっていたこともあって。自分のアルコールに対する遺伝的体質を知らずにお酒を飲むのは危ない、ということで実施しました。アルコール飲料のメーカーとタイアップし、無料で一日250人、計500人を募集したところ、希望者が殺到して二日とも午前中で締め切ることになりました」
だが、このイベントで高橋氏は、「重大な解析結果を、大学祭にふらっと来ただけの学生に提供していいのか」と思わぬ批判を浴びることになった。アルコール耐性についてだけの遺伝子解析であっても、その強弱は食道がんのリスクと関連する、というのが批判の根拠だった。
「遺伝子解析の情報を社会に提供するには、倫理的な問題を避けては通れない。それを痛感しました。病気には遺伝要因と環境要因があり、遺伝要因を知ることによって、環境要因で改善すべき点も知ることができます。でも世の中には『知ってショックを受けるより、知らないほうがよかった』という人もいる。実際は、リスクが高いからといって必ずしも発症するとは限りません。にもかかわらず遺伝子解析でリスクが判明したというと、将来必ず疾患を発症すると思いこんでしまう人が少なくありません。また、遺伝情報は高度にプライベートな情報が含まれています。だから、遺伝子解析の結果が何かの差別に繋がるようなことだけはあってはならないと思いました」
社会に自分の研究を還元し、自らの世界も広げていく――日本の研究者としては珍しいタイプだった彼女が次に選んだのが、経営者への道だった。
「ヒトゲノム計画によって、人間の遺伝情報をすべて解析し終わってわかってきたのは、一人の人間が持つ30億の塩基のうち、個体によって高確率で差異のあるのはわずか0.1%だということ。それでも300万もの差があるわけです。
これからヒトゲノムの研究を進めていくには、一人でも多い遺伝子データが必要になります。そのために、遺伝子解析のサービスを通じてデータを集め、さらに研究を進めて、新たな発見を社会にフィードバックしていく仕組みを作ろう――そう考えたのが、起業のきっかけでした」
日本の未来を明るく
自らの思い描く仕組みを実現する手段として、起業が最適だと判断し、遺伝子解析サービスの「ジーンクエスト」を創業した。その反響は予想以上に大きく、いまや次世代ニッポンの担い手として、高橋氏はひっぱりだこだ。
昨年はバイオテクノロジー企業『ユーグレナ』*の執行役員にも就任。研究者中心の20人ほどの会社経営から、いきなり400人規模の経営にも参画するようになった。
「研究者に戻りたいと思ったことはありません。遺伝子関連の研究にはいまでも参画していますし、むしろ一人だけではできない研究をたくさんできていますから。私は学びがあって、自分でも想像ができないような経験をしたい。それが未来の可能性に繋がっていると思うのです」
遺伝子の世界と同じく、高橋氏の「探究の旅」もまだ始まったばかりなのだろう。
*「ユーグレナ」/2005年に創業。ミドリムシ(学名:ユーグレナ)などの微細藻類を、食品、ヘルスケア、バイオ燃料といった幅広い分野で活用するため研究開発を行っている
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『FRIDAY』2019年7月26日号より
撮影:小檜山毅彦