遠藤龍之介社長のフジテレビ改革「視聴率1位」を奪い返す!

フジテレビの頂点からどん底までを見た男の本気度

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「社長の仕事場」を見たい!第9回

フジテレビの社長室。窓からはレインボーブリッジが望める。壁には女子アナカレンダーが掛けられている

メディア対応のプロが社長に

「今はテレビ以外にもネットやSNSなどメディアが多様化しています。ネット番組にも面白さのヒントがあって、例えばYouTuberがお祭り屋台のクジを全部買って、『当たりクジ一個もないやんけ!』と怒るというものがある。日常の素朴な疑問をうまく企画にしていて素晴らしいと思いましたし、こうした発想はテレビにも生かせるかもしれません」

7月上旬、台場(港区)のフジテレビ社長室。部屋には机とパソコン、50インチほどのテレビが一つ。驚くほど簡素なこの部屋でそう語るのは、6月26日にフジテレビの新社長に就任した遠藤龍之介氏(63)だ。

遠藤氏は、編成部長などを歴任した後、広報部長、広報局長、取締役と、トップへの道を登ってきた。芥川賞作家・遠藤周作を父に持ち、特技の将棋を活(い)かして日本将棋連盟の非常勤理事も務めるという異色の経歴を持つ。

’05年のライブドア事件(堀江貴文氏率いるライブドアがフジテレビの親会社だったニッポン放送の株を大量に買い占め、フジサンケイグループを間接支配しようとしたことに端を発する事件)では、広報部長としてメディア対応を一身に引き受けたこともある。

「ライブドアと和解するまでの70日間の騒ぎでしたが、体感としてはもっと長い期間やっているような気がしました。休日も出勤続きで、朝と夜には日枝(久会長・67=当時)が自宅前で囲み取材に応じるというので、それに立ち合いました。出勤前に日枝の自宅に行って、仕事が終わった後も日枝の自宅に行って……。毎日、雨の日も雪の日もやっていました。あれは会社員人生の中でもっとも辛い経験だったかもしれません」

広報担当として実績を残してきた遠藤氏だが、もともとはドラマ制作を希望していたのだという。

「映画やドラマが好きで、フジテレビに入社しました。父のように作家になることは考えていなかったです。9歳の頃、遠足の感想文で『お日様がカンカンに照って、汗がダラダラ流れて……』と書いたら、それを見た父に『暑さを表現するんだったら日陰の涼しさを書け!』とひどく怒られた。当時は9歳だったので、怖くて怖くて……。それ以来、モノを書くのがトラウマになりましたね(笑)」 

遠藤氏の入社は’81年。フジテレビが業界を席巻し始めた時期だった。

「私が入社したのは、長寿番組を打ち切り、新しいことをやろうという改革が始まった年だったんです。一部の制作会社社員を正社員として迎えたりして、皆、奮起していろいろな番組を立ち上げるようになりました。当時は現場のやりたいことが第一。現場社員同士が喫茶店でコーヒーを飲みながら雑談して、『昨日、六本木で飲んでたらこんなことがあってさぁ』みたいな話になり、『それ、番組でやろうよ!』なんて企画が決まっていく……そんな時代でした」

改革の成果は、数年後に爆発的なブームとなって表れる。

「そのうち、『オレたちひょうきん族』『笑っていいとも!』などの人気番組が生まれていきました。当時の番組には斬新さが溢(あふ)れていた。例えば、『オレたちひょうきん族』。武田信玄の時代劇のパロディで、『風林火山』と書かれた旗がバーっと並べてあるんですが、一本だけ『風林会館』(※脚注)になっているとか(笑)。これをやりたいがためだけに大量の旗を並べるなんて、そんなチャレンジングな番組は当時無かった。すぐにライバル番組の『8時だョ! 全員集合』(TBS系)の視聴率を抜くことができたんです」

勢いに乗ったフジテレビは’82年に視聴率年間三冠王に輝き、以降、’10年までの29年間で19回の年間三冠王を獲得する。だが、この黄金時代も永遠には続かなかった。’11年の年間視聴率で日本テレビに追い抜かれ首位から陥落。現在は民放4位が定位置になってしまっているのだ。遠藤氏はその理由を、「驕(おご)りと保守性」と分析する。

「『驕り』は、自分で苦労してやってきたことを他人任せにすること。『保守性』は、『前回も当たったんだから今回も同じでいいじゃん』と思うこと。プロデューサーやディレクターは、懇意のタレントやプロダクションを財産にしたがるし、その財産を40代~50代になってもなかなか若手に渡さない。だったら若手が下北沢あたりで芝居をやっているような人を見つけてきて、人気者にのし上げないといけないのですが、それも上手くいかなかった。’00年代後半にそんな傾向が見え始め、少しずつ番組からも物足りなさを感じるようになっていきました」

ライバル局の人気番組を分析

フジテレビが改革に乗り出した時期から、頂点を極めた時期、そしてその頂点から陥落した時期までをすべて経験した遠藤氏。「社長になったからには、再び1位に返り咲きたい」と意気込む。

「具体的な番組作りは現場に任せていますが、自分で他局の高視聴率番組を観て人気の理由を研究することもあります。『なるほど、こんな新しい発想があったんだな』と気づかされることもあります」

社長に就任して約1ヵ月。昼も夜も会食を重ね、「家に帰るとバタっと寝てしまうこともある」ほど多忙な生活を送っている遠藤氏。そんな彼の癒(いや)しが、休日によく指すという将棋だ。この特技が経営に活かされることはあるのだろうか。

「将棋は基礎を守りつつも、『ここぞ』という場面ではためらわずに踏み込むことが大事です。経営の面でも、攻めと守りのバランスを取っていきたい。今はコンプライアンスが叫ばれる時代ですが、過剰に気にして忖度してしまうよりも、『面白いからやってみよう』という勢いのあるフジテレビであり続けたいですね」

遠藤氏が推し進める改革は実を結ぶのか――。フジテレビの未来は、新社長の手腕にかかっている。

渋谷区の東京・将棋会館にて。日本将棋連盟会長の佐藤康光九段(左)曰く「遠藤氏の腕前はアマチュア六段」
’56年6月3日、作家・遠藤周作と妻・順子さんとの間に誕生
父・周作と剣豪ごっこ 町田市民文学館ことばらんど提供
本誌未掲載カット 遠藤龍之介フジテレビ社長インタビュー 「視聴率1位」を奪い返す!
本誌未掲載カット 遠藤龍之介フジテレビ社長インタビュー 「視聴率1位」を奪い返す!

※新宿・歌舞伎町の中心にある雑居ビル。暴力団らの抗争の舞台になったこともある

『FRIDAY』2019年8月2日号より

  • 撮影會田園(1~2枚目写真)

Photo Gallary6

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