故・井原高忠 日テレプロデューサーに学ぶ「芸能プロの未来図」 | FRIDAYデジタル

故・井原高忠 日テレプロデューサーに学ぶ「芸能プロの未来図」

指南役のエンタメのミカタ 第24回

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闇営業問題から始まった吉本興業をめぐる騒動はまだまだ収束の気配はない
闇営業問題から始まった吉本興業をめぐる騒動はまだまだ収束の気配はない

“出演者とテレビ局の関係は、こっちが「出ていただいてる」って言うと、向こうが「出していただいてる」っていうのが理想。お互い様なんだから。「出てやる」のだったらそれは変だし、「出してやる」って言うのも変だ。”

――これは、今は亡き日本テレビの名物プロデューサーの井原高忠サンが、今から36年前に自著「元祖テレビ屋大奮戦!」の中で語られた名言である。井原サンと言えば、日本のバラエティ番組の礎を築いたテレビ界の大偉人。そんな御大の考えるテレビ局と芸能プロダクションの理想の関係が、この言葉に凝縮されている。かいつまんで言えば、それは“互いへのリスペクト”である。

そう、芸能プロダクション――。昨今、ジャニーズ事務所やら吉本興業やら、大手芸能プロ絡みのニュースが世間を賑わせているが、何もそれらは今年に入って急に騒がれ始めたワケじゃない。彼らに限らず、芸能プロを巡るトラブルはここ数年ずっと報じられてきて、それが今年、沸点に達してあふれ出たとするのが正しい見方だろう。

一つだけ確かなことがある。

意図的なのかは分からないが、どの大手芸能プロのニュースも、テレビのワイドショーが報じると微妙に論点がズラされること。例えば、ジャニーズに対する公取委の「注意」の件は、なぜかテレビ局側の忖度の有無は問われないし、吉本に至っては、社長のパワハラとか契約書の有無とか低賃金とか明後日の方向に議論が移って、「それ、悪いけど、社内でやってくれないかな?」みたいな話になっている。もっと言えば、「じゃあ他の大手芸能プロはどうか?」みたいな業界全体を俯瞰するような議論には絶対に発展しない。

はっきり言います。今般の大手芸能プロ絡みのニュースで問題視しなきゃいけない事案は基本、たった1つなんです。どの問題も、実は根っこの部分は同じ。それは――大手芸能プロと地上波テレビ局との癒着です。

大手芸能プロと言っても、冷静に見れば、知名度こそあれ、会社の規模はせいぜい中小企業レベル。それが、さも強大な権力を持つように語られるのは、地上波テレビ局と密に繋がっているからである。今やジャニーズや吉本のタレント抜きに、テレビ番組は成り立たないほど――。

思えば、かつてはジャニーズなら歌番組、吉本ならお笑い番組に携わる程度だったのに、今やバラエティからドラマ、情報番組、ワイドショー、報道と、あらゆるジャンルの番組に彼らは起用される。もはやテレビ局の番組編成は、彼ら大手芸能プロがないと成り立たないし、一方の大手芸能プロもまた、テレビ局の仕事がないと会社が存立しない。この持ちつ持たれつの関係こそが、“権力”なのだ。

そこで、再び冒頭の井原サンの言葉に戻りたい。

“出演者とテレビ局の関係は、こっちが「出ていただいてる」って言うと、向こうが「出していただいてる」っていうのが理想。お互い様なんだから。「出てやる」のだったらそれは変だし、「出してやる」って言うのも変だ。”

――もう36年前の発言だけど、まさに昨今のテレビ局と大手芸能プロの密すぎる関係に警鐘を鳴らしているのではないだろうか。要するに、井原サンが言いたいことは、テレビ局も大手芸能プロも、互いに相手をリスペクトしつつ、ある種の距離感と競争原理の中で仕事をすべきだと。そんなほどよい緊張関係が、いい番組を生むと――。

実は、そんな井原サンの発言の裏には、かつて日本のテレビ史を揺るがせた、ある有名な事件があった。その反省に立ち、述べられたものなのだ。世にいう「日テレ・ナベプロ戦争」である。

時に1973年――。日テレの月曜夜8時台で放送中の『NTV紅白歌のベストテン』の裏で、NET(現・テレビ朝日)と渡辺プロダクション(以下/ナベプロ)による新人発掘の歌番組の企画が進んでいた。今でも同じタレントが同時間帯に裏表の番組に出演する“裏かぶり”はご法度だが、当時は同じ事務所の裏かぶりもNGだった。つまり――新番組が始まると、『紅白歌~』にナベプロの歌手は出られなくなる。当時のナベプロと言えば、沢田研二や森進一、布施明、小柳ルミ子、天地真理ら人気歌手を多く擁する“ナベプロ帝国”。もはや日テレの歌番組が成り立たなくなる恐れがある。

そこで、これに危機感を覚えた井原高忠サン(当時・制作局次長)は、日テレを代表してナベプロへ出向き、渡辺晋社長と直談判した。なんとか再考してくれないか、と。だが、これに晋社長はテレビ史に残る言葉を口にする。

「だったら、『紅白歌のベストテン』が放送日を変えればいいじゃないか」

ここに至り、井原サンの堪忍袋の緒も切れる。

「じゃあ結構。もうお宅の歌手はいりません!」

そう言い放つと、席を立った。そして会社に戻った井原サンは、ナベプロ以外の全芸能プロダクションの社長を招集する。

「先ほど、渡辺プロと決裂した。正直、困っている。だから助けてほしい。ここは一つ、井原を男にしてくれ――」

そう言って、深々と頭を下げたという。

あの時代、芸能界に絶大な権力を持つナベプロと袂を分かつ行為は暴挙に見えた。今なら、ジャニーズ事務所と吉本興業のタレントを一切自局の番組に出さないようなものである。いや、それ以上だろう。

だが、井原サンはその戦いにまい進する。

当時、人気を博しつつあった新人発掘番組『スター誕生!』から、新人スターをホリプロやサンミュージック、田辺エージェンシーら新興のプロダクションに配分する見返りとして、『紅白歌のベストテン』への彼らの全面協力を取り付けたのだ。

一方のナベプロは73年4月、鳴り物入りで新番組をスタートさせるも、他のプロダクションの歌手は出場せず、ナベプロ所属の歌手ばかりとなり、思いのほか視聴率が低迷。わずか2クールで終了する。それを機に、ナベプロは芸能界における影響力を徐々に低下させることになる。

「日テレ・ナベプロ戦争」は日テレの勝利に終わった。その結果、芸能界におけるナベプロの一強が崩れ、80年代になると、中小の芸能プロの群雄割拠の時代が訪れる。「花の82年組」を始めとする80年代前半のアイドル百花繚乱の背景には、そんな時代の変化もあった。

とはいえ、日テレ側も無傷で済んだワケではない。かつて同局の人気番組『シャボン玉ホリデー』を手掛け、長くナベプロとの蜜月関係を築いた天才ディレクター“秋チン”こと秋元近史サンの自死である。社内が“反ナベプロ”で固められて以降、次第に居場所を失った末の悲劇だった。井原サンが冒頭の言葉を発したのは、その翌年である。かつての一番弟子の訃報に向き合い、二度と悲劇を繰り返してはならないと、改めて芸能プロとテレビ局との健全な関係性を説いたのだろう。

そう、秋元サンは井原サンの一番弟子だった。彼はホリプロの創業者の堀威夫サンの幼馴染みで、堀サンが楽隊仲間の縁で井原サンから「仕事を手伝ってくれないか」と日テレに誘われた際、堀サンは音楽活動を続けたいからと、代わりに紹介したのが“秋チン”だった。以来、秋元サンは井原サンの下で働き、めきめきと頭角を表し、やがて井原組から独立して、ナベプロと組んで『シャボン玉ホリデー』を立ち上げる。そして、同番組は大ヒット――。

一つ言えることは、秋元近史サンもナベプロも、『シャボン玉~』を立ち上げた当時は、必然の関係だったこと。天才ディレクターと、ザ・ピーナッツやクレージーキャッツら一流のエンターテイナーたちの掛け算は、青島幸男サンや萩原哲晶サンら新しい才能も巻き込み、日本のテレビ史に燦然と輝く名バラエティを築き上げた。だが、どんな名水も、流れを止めて長く滞留すると、やがて濁る。

時代は常に進んでいる。

かつて渡辺晋サンは、1955年に渡辺プロダクションを設立し、それまで不安定な地位にあった歌手や音楽家たちを月収制にして、彼らの待遇改善を図った。ナベプロの登場が日本の芸能史の時計の針を進め、音楽やテレビの分野で優れたエンターテイナーを生んだのは疑いようがない。

また、1960年代後半、それまで映画会社の専属だった俳優たちが続々と独立。三船プロダクションや石原プロモーションを作り、俳優たちが他社の作品に出ることを禁ずる“五社協定”はなし崩し的に瓦解する。これも時代が進化する上での必然だった。

更に、ナベプロ帝国が斜陽となり、中小の芸能プロダクションの群雄割拠となった1980年代から90年代半ばにかけて、テレビを中心とする日本のエンタテインメントは大いに活性化した。バラエティ番組は深夜に進出して、新しい才能を次々と発掘。ドラマも人気俳優や人気脚本家を輩出し、主題歌から多くのメガヒットも生まれた。

――だが、90年代後半から、群雄割拠を勝ち抜いた大手芸能プロダクションたちが次第に力を付けてくる。彼らはテレビ局と“行政”関係を築き、番組に安定感をもたらす一方、例えば“お笑い”や“男性アイドル”といった分野で寡占化を進め、人気タレントたちの新陳代謝が進まない弊害をもたらす――。

ここで、海外にも目を向けてみよう。

かつてはハリウッドも、「ビッグ5」や「リトル3」などのメジャーな映画会社が俳優や監督、脚本家らを管理する“スタジオ・システム”が蔓延していたが、1960年代以降、徐々に崩壊する。代わって俳優たちは独立し、自らエージェントと契約して活動を始めた。彼らの雇用や労働環境を守るのは、ユニオンが請け負った。

そう、日本もこの先、既存の芸能プロのシステムがいつまで続くか分からない。恐らく、そう遠くない将来、日本にもハリウッドのユニオンに該当する横断的な労働組合が誕生し、更に芸能プロに代わって「エージェント」が台頭し、俳優たちは個々に契約を交わすようになるだろう。そこでは俳優たちは“所属”ではなく、“クライアント(顧客)”となり、より高い自由を得る一方、厳しい競争にも晒される。

時代は常に進んでいる。

今回の芸能プロの騒動は、日本の芸能界がより良い未来へ進化する一里塚と思えば、そう悲観する話でもない。

大事なのは、かつて井原サンが唱えた通り、互いへのリスペクトなのだから。

  • 草場滋

    メディアプランナー。「指南役」代表。1998年「フジテレビ・バラエティプランナー大賞」グランプリ。現在、日経エンタテインメント!に「テレビ証券」、日経MJに「CM裏表」ほか連載多数。ホイチョイ・プロダクションズのブレーンも務める。代表作に、テレビ番組「逃走中」(フジテレビ)の企画原案、映画「バブルへGO!」(馬場康夫監督)の原作協力など。主な著書に、『テレビは余命7年』(大和書房)、『「朝ドラ」一人勝ちの法則』(光文社)、『情報は集めるな!」(マガジンハウス)、『「考え方」の考え方』(大和書房)、『キミがこの本を買ったワケ』(扶桑社)、『タイムウォーカー~時間旅行代理店』(ダイヤモンド社)、『幻の1940年計画』(アスペクト)、『買う5秒前』(宣伝会議)、『絶滅企業に学べ!』(大和書房)などがある

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