これでまるわかり! 高校野球で「球数制限」が進まない理由!

『球数制限』の著者・広尾晃氏インタビュー「野球少年の未来を守れ!」

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8月6日(火)から始まる夏の甲子園。その開幕を前に高校野球界に爆弾が投下された。表現は悪いが、そういっても過言でない一冊の本が世に出た。その名も『球数制限~野球の未来が危ない!~』という。昨年の吉田輝星(金足農・当時)、今年の佐々木朗希(大船渡)などの投げすぎ問題がクローズアップされる中、「球数制限」の歴史、医学的・教育的側面、スポーツマンシップとの関係、世界の動向などを丹念に取材したタイムリーな本となっている。そこで著者の広尾晃氏(プロフィールは記事末尾に掲載)に緊急インタビューを行い、この本に込めた思いを聞いた。

岩手県大会の決勝で敗退し、甲子園に届かなかった佐々木朗希(大船渡)。決勝戦でマウンドに立つことはなかったが、4回戦の盛岡四戦では延長12回194球を投じ、激しい議論を巻き起こした。

そもそも「球数制限」とはどういうもので、その議論はなぜ起こったのでしょう。

アメリカでは「投手が生涯に投げられる球数は決まっている」という考えがあります。だから若いうちにたくさん投げることはさせません。1試合当たりの投球数と登板間隔を指導者が管理していました。ただ、近年はMLBに売り込むために試合で無理に投げさせるスカウトが出てきたためMLBは、「ピッチスマート」(子供の健康被害を考慮して年齢別に投球数や登板間隔を細かく定めたもの)の導入に踏み切りました。世界に「球数制限」が広がったのは2006年WBCがきっかけです。MLB球団は選手の故障に備えて保険をかけましたが、保険会社が「投手に球数制限をしないと契約を受け付けない」といったためにWBCでは「球数制限」が導入されました。
これをきっかけに韓国や台湾では「球数制限」の議論が起こりましたが、日本の反応は鈍かった。結局、2013年になって済美の安樂智大(現楽天)が春の甲子園で772球を投げたのを、米のメディアが「異常事態」と書き立てたことで、日本のメディアも「球数」について書くようになりました。

複数の医師やトレーナーの方にも取材されていますが、異口同音に現状の野放し状態に警鐘を鳴らしていますね。

率直に言えば、医師の多くは「日本の指導者に故障のメカニズムを理解してもらうのは難しい」と感じています。サッカーと違ってライセンス制度がない日本野球では、医学のことを全く知らなくても、学ぶ気がなくても指導者になれます。言い方は悪いですが、レベルの低い指導者が多いわけです。そんな指導者に酷使される野球少年は、被害者だと思います。

アメリカやドミニカ共和国、韓国、台湾の現状もリポートされていますが、野球の盛んな国で「球数制限」がないのは日本だけなんですね。

今回、最も衝撃を受けたのはこのことでした。台湾でも韓国でも「球数制限」は、導入するのが当たり前で、それをどのように運用するかに議論が移行しています。台湾や韓国は日本野球の影響を強く受けていますが、そんな国でも「球数制限」は当たり前になっています。「球数制限の是非」を未だに議論している日本は、周回遅れになっていると思います。

なぜ日本では遅々として導入されないのでしょう。

「甲子園」の一語につきるでしょう。春夏の大会が、日本最大のスポーツイベントになり、「権威」「伝統」になってしまったために「変革」できなくなってしまいました。
また「甲子園」でビジネスをしている企業や人もたくさんいます。そうした「大人の事情」が、「子供の未来」よりも優先されているのが唯一、最大の理由です。

現役の高校生、指導者、またプロで活躍した名選手たちは「球数制限」にこぞって反対しています。なぜでしょう。そして、その論調の問題点は?

自分の将来まで見通してプランを立てている高校生はほとんどいないと思います。若者は「今」しか見えていないものです。だから「もっと投げたい」という。「故障のリスク」を聞かされても「自分は大丈夫」と根拠なく思ってしまう。本来は、指導者が「そういうものではない」というべきだと思いますが、指導者は故障のリスクを選手に押し付けています。「球数制限」を導入すれば、今までのやり方を大きく変更しないといけないからです。また今までの「酷使」を非難される可能性もあるからです。投手の故障で責任をとった指導者はこれまでほとんどいません。だから罪の意識も責任も感じていないわけです。プロ野球での成功者は過酷な高校野球を生き抜いてきたサバイバーです。自分たちの「成功体験」を語るだけで事足れりとしています。
大人は「球数制限」の「現実」に向き合っていないと思います。高校生の「未来」の問題を自分の問題とは思っていない。

野球経験者の言説ばかり取り上げるメディアにも問題がありますね。

何事によらず、メディアは「非難されること」を恐れています。だから「人の口を借りて意見を言ってもらう」ことしかしません。しかも「賛否」を両方紹介します。「球数制限」の問題は、賛否両論があるものではなく、世界の趨勢を見ても導入の方向で進まざるを得ないと思いますが、メディアは高校野球の主催者だったこともあり、はっきりものが言えなくなっています。「球数制限すべきだ」と言えば、「今まで何百球も投げた投手を絶賛してきたじゃないか」と非難されかねないからです。
残念ながら、大新聞やテレビは世論が「球数制限」に決定的に傾いた後に、こっそり後ろからついてくると思います。
これはスポーツのみならず、日本の「メディア・言論」の危機的状況を表す一例だと思います。

驚いたのは1994年の時点で「投手のための障害予防研修会」が高野連、朝日新聞の主催で開かれていたことです。そこでは「1日60球〜80球をめどにすること」とあります。なぜこれが守られなかったのでしょう。

牧野直隆会長の次の脇村春夫会長までは、高野連はトップダウンで物事を決めてきました。是非は別にしてリーダーシップがありました。しかし以後の会長は、トップダウンで物事を決めなくなり、合議制のようなスタイルになりました。これによって、果断な動きができなくなりました。
牧野会長の考えは、現場への影響が非常に大きいので、引き継がれることなくいつの間にかうやむやになったのだと思います。
今の日本高野連は、改革するとしても自分たちに大きな影響が生じないようにできるだけゆっくり、ミニマムでやっていこうと考えているのだと思います。「タイブレーク制」の導入だけでも3年かかっています。日本高野連の幹部で「球数制限」に真っ向から反対している人はいません。「時期尚早」という人が多い。本音を言えば「やるのなら、俺たちが一線を退いてからにしてくれ」と思っているのではないでしょうか。

今夏の佐々木朗希選手をめぐる騒動を見ても、もはや「球数制限」を導入するか否かでもめている場合ではない、すぐに導入して、さらに過密日程、飛びすぎる金属バット、リーグ戦方式の導入などについて議論すべきだと強く感じます。

「球数制限」は、高校野球改革の入り口にすぎません。おっしゃるように、これを契機として、様々な改革を進める必要があるでしょう。「有識者会議」(高野連が13人のメンバーを招いて設置した。4回の会合を経て、11月に高野連に答申をする予定)がどんな結論を出すにせよ、それで一丁上がりではなく、これが始まりにならなければなりません。

この本をどういう人に読んでもらいたいですか。

導入に賛成であれ、反対であれ、「球数制限」を真剣に考えたい人に、読んでいただきたい。とにかく「知ってから議論する」ために活用してほしいと思います。

『球数制限〜野球の未来が危ない!〜』(ビジネス社)   定価:本体1,600円+税

広尾 晃(ひろおこう)
1959年大阪市生まれ。立命館大学卒業。コピーライターやプランナー、ライターとして活動。日米の野球記録を取り上げるブログ「野球の記録で話したい」を執筆している。著書に『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』『巨人軍の巨人 馬場正平』(ともにイーストプレス)など。Number Webでコラム「酒の肴に野球の記録」を執筆、東洋経済オンライン等で執筆活動を展開している。

『球数制限』をネット書店で購入する

 

 

  • 撮影桐島瞬

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