北九州保険金殺人事件 夫を車ごと海に沈めた妻「逮捕直前の姿」

平成を振り返る ノンフィクションライター・小野一光「凶悪事件」の現場から 第18回

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

北九州市で起きた保険金殺人事件。事件が明るみに出る前からノンフィクションライター小野一光氏は現地で取材を開始した。夫と車ごと海に突っ込み自分だけ助かるという大胆な犯行。しかし、その計画はあまりにも杜撰だった。事件の取材メモから犯人の身勝手な素顔が見えてくる。

逮捕1ヵ月前の藤田博美。警察の捜査の動向を気にしていた

きっかけは1本の電話だった――。

2005年12月、友人の福岡県警担当記者から連絡が入った。同記者によれば、福岡県警が北九州市内に住む女を、保険金殺人の疑いで内偵捜査しているという。

女の名は藤田博美(逮捕時42)。同年10月に彼女の運転する車が、同市の岸壁から海中に転落する”事故”があり、博美は脱出できたが、夫で郵便局員の藤田徹さん(仮名、死亡時43)が溺死したというのだ。しかも、徹さんの遺体からは睡眠導入剤の成分が検出されていた。友人記者は言う。

「徹さんには総額1億3000万円もの生命保険と損害保険がかけられていて、受取人は博美でした。そのうち生命保険5000万円については、契約日が事件のわずか11日前だったそうです」

情報を提供してくれた友人記者とは、これまでに現場で顔を合わせるだけでなく、幾度となく酒席を共にして、信頼関係を築いていた。互いに情報の貸し借りがあるなかで、この話は雑誌向きではないかと、連絡をくれたのだ。

逮捕までは発表しないということと、本人を直撃したりなど、捜査の邪魔をしないとの条件付きで住所を聞き出した私は、カメラマンを伴って博美が住むマンションを張り込んだ。そのマンションは各戸の玄関が正面の道を向き、部屋の出入りが確認できるだけでなく、建物から道に出るところを、路上に停めた車内から撮影できる好立地だった。

張り込むこと三時間。スモークガラスの貼られた後部座席で望遠レンズを覗いていたカメラマンが「出た」と口にし、連続してシャッターを切る音が聞こえた。やがて博美は一階の正面玄関を出て、我々の方向に近づく。夫が死んで間もないにもかかわらず、黄色と黒のチェック柄の上着に、黒いミニスカートを履き、遠目でも派手な服装だとわかる彼女は、満面の笑みを浮かべ、我々の後方にやってきた、男が運転する車の助手席に乗り込むと去っていった。

私は彼女が乗った車のナンバーを控え、カメラマンは「バッチリ」と親指を立てて微笑む。あとは関係先の取材をするだけなのだが、目立った動きをすると、いつ本人に連絡が入るかわからない。そこで、逮捕までは関係先を当たらないようにして、この段階では福岡県警の動きについて、友人記者に話を聞くに留めた。

動きがあったのはそれから1カ月後のことだ。博美と知人の保険代理業の男A(逮捕時47)、建設業の男B(逮捕時49)が殺人容疑で逮捕されたのである。

海中に車でダイブする”事件”が発生したのは午後10時過ぎ。その約1時間前まで博美と徹さん、Aとその子供の4人で、小倉北区内にある焼き鳥屋にいたことが確認されている。そこで徹さんの飲み物に睡眠導入剤が混ぜられた可能性が高かった。同店の店長へ取材したところ、話を聞くことができた。

「あの日は博美が保険会社に就職したお祝いだということで来店しました。店にいたのは2時間ほど。ずっと和やかな雰囲気でした」

博美が徹さんと結婚したのは03年のこと。徹さんと結婚後も昼はパチンコ、夜は麻雀とホストクラブ通いに明け暮れていた。彼女が通っていたホストクラブ関係者によれば、「3カ月間で100万円を遣うこともあった」という。そうした遊興費で徹さんが貯金していた約1000万円を遣い果たし、数百万円の借金を抱えていたのだった。ホストクラブ関係者は証言する。

「彼女が気に入ってたのは踊りが得意な30代のホストです。麻雀の合間に店にやって来ては、よく一緒に踊ってました」

博美が事件の前後に、そのホストに送っていた携帯メールの文面を入手したところ、明らかに犯行への関与を疑わせる内容だった。例えば事件の6日前に送っていたのは以下の通りだ。

〈お願い聞いて。ハルシオン(睡眠導入剤)余らないよね。飲まないと眠れなくて〉

一方で、事件から5日後のメールでは、次のような文面を送っている。

〈我が家に不幸なことが起こり大変でした。まだ落ち着かないんだけど、今度聞いてね〉

多額の借金やマンションのローンの返済について、博美は徹さんの命と引き換えに解決しようと考えていたのだ。博美の男友達は語る。

「ダンナが死ねばマンションの支払いをせんですむ。郵便局勤務やから恩給が入るし、保険金が入ると真剣な顔で話していました」

そこで博美は、顔見知りのAやBに犯行を持ちかけたのである。彼女は昔、クラブのホステスをしており、そのときにAと知り合い、よく一緒に麻雀を打つ間柄だった。また、Bとは博美が通う麻雀クラブで出会っている。Bの知人によれば、博美とは犯行前後に以下のようなやり取りがあったそうだ。

「(Bが博美と)知り合ったのは7~8年前。去年(05年)の7月に博美から『海に車で入って脱出する方法はある?』などのメールが入り、まわりに『バカ女がこういうメールを送ってきた』と見せています。事件の夜は家にいて、翌朝にテレビのニュースで事件を知り、『このバカ女、本当にやったんや』と驚いていました。警察は私にBは『(殺人の)実行犯ではありません。(博美とは)男女の関係だった』と話しています」

博美は05年3月から7月まで小倉北区内の麻雀クラブで働いていたのだが、その店の従業員は言う。

「彼女は誰とでも仲良くなるタイプで、結婚後も男関係は乱れていました。ご主人(徹さん)については、事件のちょっと前に『もう別れたる。1カ月はセックスしとらん』と話していました」

逮捕後、博美とAは大筋で犯行を認め、Bは「まさか本当にやるとは思わなかった」と供述している。

事件直前に生命保険に加入するなど、計画的な割にずさんな犯行であるが、06年に始まった裁判では、さらに具体的な事実が明らかにされることになる。

(以下次号)

  • 取材・文小野一光

    1966年生まれ。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。アフガン内戦や東日本大震災、さまざまな事件現場で取材を行う。主な著書に『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)、『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』 (幻冬舎新書)、『連続殺人犯』(文春文庫)ほか

Photo Gallary1

share icon記事をシェアする

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事