私たちは今、「甲子園」とどう向き合えばいいのだろう?

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昨夏の吉田輝星(金足農・当時)。秋田県大会から甲子園の決勝まで1ヵ月余りで1517球を投げ、酷使が問題視された

ターニングポイントに立つ高校野球へ『甲子園という病』の著者・氏原英明氏が緊急提言!

昨年8月、「甲子園という病」(新潮社)を上梓した際、知人や同業者の大勢からこんな言葉をかけられた

「いいタイミングであの本を出したと思う」

怪我をしていてもマウンドに立ちたい高校球児とそれを止めない監督。痛々しい姿をドラマのようにみる“甲子園メディア”。甲子園のスター選手の人生の末路を高校野球の影響に一因があると考えようとしない風潮。あるいは、食の喜びを奪ってまで甲子園を目指そうとする異常なマインド。甲子園至上主義から脱し、高校野球がもっといい方向に向かうようにと願いを込めて書き上げた1冊だった。

「いいタイミング」と多くの方が表現したのは、昨年夏の甲子園が、準優勝した金足農のエース・吉田輝星が県大会からたった1ヵ月余りで1517球を投げたことや2回戦で184球完投を演じた済美のエース山口直哉など投手の健康問題がクローズアップされた大会だったからだろう。拙著がまさに絶妙なタイミングで出版されたと言いたいようだ。

しかし、正直にいうと、それは偶然でしかない。いや、偶然というより、積年の問題が高校野球界にはあり、これまで誰も報じてこなかっただけで、たまたま昨年、筆者がその機会に恵まれたに過ぎない

もっとも、この1年を振り返って、出版した意義はあったと自負している。
高校野球界がたった1年で変わったとは思わないが、これまでの「甲子園絶対主義」を再考する人が出てくるようになったのではないかと感じるからだ。

今年夏の地方大会での騒動が記憶に新しい。
大船渡の佐々木朗希投手の「決勝戦登板回避」問題だ。

163キロを投げる大船渡のエースの佐々木投手が岩手大会決勝戦の登板を回避した。4回戦では194球の熱投を演じ、決勝戦前日の準決勝戦で完封していたからだと推測するが、これまでの高校野球の常識からすれば一石を投じる決断だったと言える。

ただ、この起用法への賛否両論が渦巻く一方、野球ファンの多くが直面したのは、甲子園(高校野球)は変わるべきだという現在の新しい潮流とどう向き合っていけばよいのかという議題だ。

連投をして身を粉にする投手の姿こそ、高校野球ではないのか――。
スターは甲子園を乗り越えて成長してきたのではないか――。

投手の健康問題に対する指摘を理解できても、甲子園が見せてきた魅力とのジレンマを抱え、純粋に楽しむことができなくなっているのだ。

甲子園はどういう方向に進み、我々はそれをどう受け止めるべきなのか。

「甲子園は不思議な力を球児に与えてくれる」

と多くの指導者がいう。
「それまで曲がらなかった桑田のカーブが甲子園で投げられるようになった」と語ったのは桑田・清原のPL学園をコーチとして支えた河野有道さんだった。また、昨夏2度目の春夏連覇を果たした大阪桐蔭の西谷浩一監督も「甲子園の経験は選手の成長が1足す1ではなく、×2、×3、×4というくらいの違いを生む」と語っている。

甲子園が選手を成長させる。
そして、時には多くの奇跡を呼び起こすことも甲子園という舞台は“演出”してきた。

昨年の「カナノウ旋風」、2007年、球場を一つにした佐賀北の「かばい旋風」の全国制覇は甲子園が選手に力を与えて勝ち上がった代表例ともいえるだろう。

しかし一方、その弊害として、甲子園のそうした“魔力”が無理に頑張ろうという気を球児に起こさせてきた側面もある。

多くの球数を投げていても、最後まで投げ切りたくなる雰囲気。体のどこかに限界点を超える痛みがあっても「甲子園のマウンドに立てば乗り越えられるんじゃないか」。そう思わせてしまうのだ

シアトル・マリナーズの菊池雄星(当時は花巻東)は09年夏、背中に激痛を抱えながら試合に挑み「今日で野球人生が終わってもいいと思って投げた」と言った。幸い、彼の怪我は致命的なものにならなかったものの、表沙汰にはなっていない、甲子園でその身を滅ぼした選手が多くいるのだ。そうした積年の問題がクローズアップされ、今、甲子園の大会そのものあり方が問われるようになってきた。

これまでの甲子園が変わっていくかもしれない情勢に多くの人がジレンマの中にいる。「甲子園をどう見ればいいのか」

その問いに対して、一つの答えをくれたのが元プロ野球選手の大野倫さんだ。

大野さんは、90年、91年夏の甲子園に出場。91年は沖縄水産のエースとして全6試合に投げて準優勝を果たしたが、大会に入る以前から大野さんの右肘は壊れていた。大会後の診断では、右ひじのじん帯損傷、遊離軟骨、剥離骨折などいくつもの障害が発覚したというから相当悲惨な状況だったことが想像できる。

当時は沖縄の悲願を背負った男として美談にされたりもしたが、その後の野球人生を不屈の精神で乗り切った大野さんは今になって思う甲子園の魅力についてこう語っている。

「疲弊して、打たれて、マウンドでうずくまって、甲子園で散る。それは感動ではなくて同情です。僕が、小さい頃、清原さんのホームラン、伊良部さんの豪速球を見て、すごいと思った。甲子園で見たいのは、165キロを連発する大谷翔平くんのようなプレーであって、(疲弊して)130キロしか投げられなくなった投手が打たれる姿ではない。ベストパフォーマンスのプレーが人々を感動させるのだと思う」

球数制限のルール化など、投手の健康問題に対する“甲子園改革”はまるで甲子園の魅力の全てを否定しているように思われがちだが、今、本当に向かおうとしているのは甲子園の魔力が生み出した、マイナスに作用している部分だけを消そう、ということだけだ。

ルール化があっても、これまでとはまた違った魅力が生まれるのではないか。長く甲子園に魅力を感じて取材してきた人間として、そう信じてやまない。

新しい時代への扉が開こうとしているのだ。
我々はその扉をただノックすればいい。

ピッチャーの投げすぎ、過酷な日程、酷暑などが指摘される高校野球。甲子園はこれからも魅力的な場所であり続けることができるだろうか

 

  • 氏原英明

    1977年 ブラジル・サンパウロ生まれ 奈良県出身。スポーツジャーナリスト。地方新聞社記者を経て2003年に独立。同年から現在に至るまで夏の甲子園は1大会を丸ごと取材している。「Number」(文藝春秋)「slugger」(日本スポーツ企画出版)などの雑誌ほか、「Number Web」「ベースボールチャンネル 」(カンゼン)「News Picks」などのインターネットメディアに寄稿している。2013年に「指導力」(共著、日刊スポーツ出版社)、2018年に「甲子園という病」(新潮社)を上梓。2019年には「メジャーをかなえた雄星ノート」(文藝春秋)の企画・構成を手がけた。

  • 写真アフロ

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