日ハム・吉田輝星が絶大な信頼 25歳の通訳兼広報は元高校球児

8月14日のロッテ戦に先発した吉田輝星。ゴールデンルーキー活躍のウラには米国で経験を積んだ若手スタッフの存在があった!

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二軍での登板を終え寮に戻る日ハム・吉田輝星(右)と寺嶋大賜氏。吉田は「(寺嶋氏が)精神的な支えになっている」と話す

「メチャメチャ信頼していますよ。昨年、清宮幸太郎さんが新人の時に頼りにされていたそうですが、よくわかります。寮で食事をする時など、親身に話を聞いていただいていますから。取材の段取りなどわからないことだらけなので、精神的にどれだけ助けられているか……。年も比較的近く兄のような存在です」

笑顔でこう話すのは、北海道日本ハムファイターズのゴールデンルーキー吉田輝星だ。

吉田が絶大な信頼を寄せる人物がいる。日ハムのファーム通訳兼チーム広報、寺嶋大賜氏(たいし、25)だ。昨年は清宮、今年は吉田ら新人選手から頼りにされる“二軍の兄貴分”である。寺嶋氏が語る。

「清宮や吉田が信頼してくれるのは嬉しいですが、特別なことをしているワケではありません。チームに溶け込み野球に集中してもらえるよう、なるべく新人たちの話を聞こうとしているだけです。役に立っているとすれば、ボクが日本とアメリカの二つの世界で野球を経験したからでしょうか」

寺嶋氏は甲子園に春夏13回出場している青森山田高校野球部の出身で、中日の京田陽太、阪神のルーキー木浪聖也と同級だ。同校の指導は厳しく、休日でも8時間ほどの全体練習。「野球の前の野球」をモットーに、グラウンドに立つ以前の姿勢を大切にしようと生活態度にも節度が求められた。寺嶋氏が続ける(以下、発言は同氏)。

「厳しい練習のおかげで、多少ツラいことがあっても耐えられるようになりました。野球観が変わったのは中学3年の時。ボクは中学から青森山田に通っていて、春に野球研修でアメリカを2週間ほど旅行したんです。松井秀喜選手やイチロー選手のキャンプを視察。地元高校の練習にも参加しましたが、みんなノビノビ楽しそうにプレーしていました。『こんな環境で野球がしたい』と感じ、高校卒業後はニューヨーク州の大学に進学。クラブは当然、野球部です。青森山田と違い、試験前は1週間ほど練習が休みになります。おかげで英語が未熟だったボクは、テストに集中して勉強できました」

日米の野球体験は、早稲田実業出身で都会派の清宮と秋田・金足農業を卒業した吉田というタイプの違う2人から信頼を得るのに大いに役立った。

「早実では、米国のようにテスト前は勉強に集中するそうです。米国で野球体験をしているボクは、スムーズに清宮の話を受け入れられました。彼は本当によくモノを知っていて、年上ながら驚かされます。大切にしているのは、松下電器(現、パナソニック)の創業者・松下幸之助さんの『道』という言葉だとか。『自分には与えられた道がある。どんな時でも信念を貫いて歩いていこうと思います』と話していました」

吉田には、青森山田での厳しい練習がいきた。

「寮で食事をする時は、よく高校時代の話をしています。『合宿では朝起きて食事、練習、クタクタになって睡眠の連続だったね。毎日その繰り返し』と。ツラい体験を共有できるので、吉田も安心してなんでも話せるのかもしれません」

信頼される理由は、話を聞き取材を仕切るだけではない。時には清宮や吉田のキャッチボール相手になり、時にはファンへの対応も行う。清宮は昨年、スポーツ紙の取材に「練習でもサポートしてくる広報はなかなかいない」と語っていた。

「ボクはまだ入社2年目。選手のために、どんな仕事でもやるつもりです。二軍で成長した選手が、一軍で活躍する姿を見るのが何よりも嬉しいです」

日ハムの二軍で広報は寺嶋氏ただ一人。毎日朝7時には本拠地・鎌ケ谷スタジアムに入り、新人選手のために準備をする日が続く。

試合後の吉田輝星の記者会見を仕切る寺嶋氏(左から二人目)。疲れていないか吉田の表情にも目を光らせる
二軍で好投が続いた吉田。8月14日のロッテ戦では一軍3度目の先発を任される。パ・リーグのチーム相手に登板するのは初めて
日ハムの二軍本拠地・鎌ケ谷スタジアムをバックにした寺嶋氏。’94年6月、青森県生まれ。米国で磨いた語学力を武器に、外国人選手とも積極的に話をする

Photo Gallary4

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