W杯ライバル国から”要注意”と目される日本代表「福岡堅樹」

藤島大『ラグビー 男たちの肖像』

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8月3日のトンガ戦でトライを決めた日本代表の福岡堅樹/写真 アフロ

ワールドクラスのスピード

トンガ人、あの小さな島々の大きくて強い男たちが一瞬、そのときばかりは、足のもつれる草の根ラグビーの選手に映った。

小柄な日本人に置き去りにされたのだ。なんというのか手玉にとられた。

福岡堅樹。胸に桜、ジャパンの左のウイングは、中央線からやや敵陣のあたりで楕円の球をつかむや、強力な磁石に引き寄せられる鉄の玉のごとく発進、タッチラインまで2m弱ほどの幅でひとり外へかわし、さらに同じ程度のスペースでもうひとりを抜き去った。大阪・花園ラグビー場の対トンガ、41対7の快勝を締める最終盤のトライだった。

9月20日。ワールドカップは開幕する。ほどなく世界は知るだろう。「175cm、83kg」のスピードスター、海外メディアの好む表現ならポケットロケット、超高速小型飛翔体の加速力、膝や腰の強靭、宙舞うボールをかっさらう跳躍の高さ、肉弾戦にも途切れぬ集中力を。

7月~8月、フィジー、トンガ、米国との連戦のすべてにトライを記録した。

「フクオカをフィールドより除去されたし。きわめて危険」。本大会でぶつかるロシア、アイルランド、サモア、スコットランドのチーム内「情報機関」は、すでに現場へ指令を下しているはずだ。

実際、スコットランド代表のとあるインサイダーのラップトップには昨年の時点で「ケンキ・フクオカ」の多角的な映像が収められていた。九州のラグビー関係者が「確かに見た」と本稿の筆者に教えてくれた。ビールで交流を深めたら、パッと画面を開いてくれたらしい。世界のどこであれ黄金色の液体には秘密を流す効能がある。

9月7日に27歳となる福岡堅樹が16歳、その姿を目撃した。当時、福岡県立福岡高校の1年生。東福岡高校との花園予選の準決勝を観戦したのだ。「おそろしく足の速い新入生がフッコウにいる」。噂はすでにあった。速かった。敗戦にあって、タックルをピーンと跳ねてかわした記憶が残る。

県立校の新人は、たったの4年半後、しかも1年の受験浪人をはさみながら、筑波大学2年にして、エディ・ジョーンズ率いるジャパンに呼ばれた。「ワールドクラスのスピードを評価した」。あのときの指揮官の発言だ。いまやスピードのみならず強さや賢さでも世界の一級のレベルに達した。

パナソニックワイルドナイツとジャパンのフィニッシャーを凝視しては自動的に頭をよぎるフレーズがある。まず「小さな人間の強さ」。もうひとつは「速さとは強さなり」。前述のトンガ戦のトライ、狭い空間を外に使えるのは大柄でないからだ。「小さき者には大きなスペースがある」。こちらもラグビーの格言である。

「おしまい」を目前にして

そして、骨格から想像すると意外なようだが、堅樹の名のごとく激突にぐらつかない。短い距離や渋滞のさなかを高速で動くので、倒しにかかる相手が身構えるよりも先にヒットできる。無論、むやみには当たらない。でも必要ならぶちかます。巨漢をはじく。

あらためて、もうすぐ27歳。いよいよキャリアの全盛は待ち受けるはずだ。ところが、そうはならない。

15人制の代表はこのワールドカップで最後と決めている。それどころかファーストクラスのラグビーのキャリアも、仮に来年の東京五輪の7人制代表に選ばれたら、そこを終わりとする。2年前の秋にインタビューしたらはっきり述べた。録音機を確かめてみる。

「2020年のオリンピックでトップクラスのラグビーは終わりにします。15人制は2019年まで。おしまいが決まっているから、いまに集中できる」

人生の設計図がある。現役引退後、医師をめざす。もともと筑波の医学部志望。さらなる浪人覚悟での初志貫徹も考えたが、ラグビー選手として迷い、情報学群情報科学類へ入学した。「短時間ですけど予備校のインターネット授業を基礎から受けています」。問答ではそう明かした。

さあ凝視せよ。日本列島の、いや世界のラグビー愛好者は、赤と白のジャージィの11番のランと仕留めを網膜に焼き付けるのだ。なるほど「おしまい」が定まると物事の輪郭は際立つ。記憶にとってチャンス到来である。

充実の現在に満々の未来。そんな才能の人は「悲愴」を愛している。痛いほどの悲しみが好きというわけではない。ベートーベンの曲の名である。トライ量産のアスリートはピアノをたしなむ。プロ選手としての独居にヤマハの電子音が響く。指が自然に動けばそれは『悲愴』の旋律だ。あれは小学4年、九州・山口ジュニアピアノコンクール出場の経歴はダテではない。

トップのスポーツ選手が単線ならぬ複線をたどる。なんとなく安堵する。ただしワールドカップの修羅場では、勉学優秀やクラシック音楽愛好は微笑と一緒に消費される逸話に過ぎない。トライをものにできるか。トライを阻めるか。勝ち切れるか。それだけだ。

そこで取材過程で得たインテリジェンスを紹介したい。福岡高校2年の福岡堅樹は運動靴を履いて100mを11秒2で走った。計測は正確なのか、と考えては人生をつまらなくする。これは逸話ではなく伝説である。

※週刊現代2019年8月24・31日号より

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  • 藤島大

    1961年東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。雑誌記者、スポーツ紙記者を経てフリーに。国立高校や早稲田大学のラグビー部のコーチも務めた。J SPORTSなどでラグビー中継解説を行う。著書に『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』(文藝春秋)、『スポーツ発熱地図』(ポプラ社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)など

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