自衛隊「特殊部隊」創設者が手がける発達障害の療育法とは? | FRIDAYデジタル

自衛隊「特殊部隊」創設者が手がける発達障害の療育法とは?

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著名人が発達障害であることを公にしたり、「生きづらさ」を抱えたまま大人になった人が、実は発達障害だったと判明するケースが増えたり。関連する書籍も次々に上梓され、ここ数年ちょっとしたブームといっても過言ではない。

先天的であり、治ることはないと言われている発達障害だが、特性に合った支援を受けることで、普通の人と変わらない生活が送れるといわれている。そしてこの支援が大きな効果をもたらす鍵は、幼いうちに発達障害に気づきトレーニングを行うことだ。

発達障害への関心が高まり、子どもに診断を受けさせる親が増えるにつれ、障害を抱える子どもを支援する施設も増えているという。そこで今回は、療育の一部に自衛隊特殊部隊のトレーニングを取り入れている一般社団法人「ひかり」を訪問。海上自衛隊「特別警備隊」の創設に携わり、感覚統合を運動プログラムとして療育に活かしている、伊藤祐靖(すけやす)氏に話を聞いた。

一般社団法人「ひかり」理事・伊藤祐靖(すけやす)氏
一般社団法人「ひかり」理事・伊藤祐靖(すけやす)氏

「感覚統合療法」とは?

伊藤氏が理事をつとめる一般社団法人「ひかり」は、静岡県伊東市にある。ここでは美しい海と山を望む広大な敷地の中で、放課後等デイサービス、児童発達支援、日中一時支援、就労継続支援B型、フリースクールを運営している。伊藤氏がここに参加したのは2017年。特殊部隊のつながりで出入りしていた武道場で、「ひかり」の代表である生田一夫氏に出会ったのがきっかけだった。

まず、「ひかり」の療育プログラムにある「感覚統合」というアプローチに、特殊部隊のトレーニングと共通するものが多いことに、伊藤氏は気づいたという。「感覚統合療法」はリハビリテーションのひとつ。人間は目や耳、鼻や口、皮膚、手足の筋肉や関節から様々な情報を感じとり、それを脳で処理しているが、発達障害の場合、脳に入ってくる情報をうまく整理できないことで混乱を引き起こしていることが多い。

そこで、感覚器官を通じて入った情報を脳が整理・分類することができるように、様々なリハビリテーションを行うのが「感覚統合療法」だ。

特殊部隊で鍛える、感覚器から伝わる情報の再整理と分類

伊藤氏が創設に携わった特殊部隊は、過酷な環境で作戦を遂行する。そのため、隊員の視覚や聴覚、認知や運動能力を極限まで高める必要がある。そこで、普段の生活では必要とされない、もともと人間がもっている感覚の「伸びしろ」を活用できるようにするトレーニングを行うのだ。そのアプローチは感覚器を通じて入力される情報の再整理と分類という点で「感覚統合療法」と重なる。

例えば、夜間視力と動体視力のトレーニングがある。両方とも視力を強化するものと考えがちだが、これらは鍛える部分が異なる。夜間視力トレーニングは視力だが、動体視力トレーニングは脳だ。動体視力は移動物の未来位置を予測する能力だ。

「特殊部隊では夜間視力と動体視力を強化するために、真っ暗な体育館でバドミントンを行います。灯りはストロボの点滅のみ。明るい中ではバドミントンの羽は放物線を描いて飛んできますが、ストロボだけの環境では、軌道が部分的にしか見えません。隊員は少ない断片的な情報から羽の未来位置を予測し、打ち返します。慣れてきたらストロボの点滅をゆっくりにする。そうするとさらに羽が見えなくなりますが、その中でも打ち返せるように練習します。その次はガムテープで狭くした防毒マスクをつける。首を振らないと情報が得られない中で、バドミントンができるようにするんです」

このように、特殊部隊では情報を極端に少なくすることで、脳の処理能力向上を目指す。少ない情報の中で同じ動きをしようとすると、脳がフル回転する。脳は感覚器官を通じて入った少ない情報を再整理、再分類し、その活用度を上げていく。伊藤氏はこの感覚と脳の相互作用に注目したという。

「通常、小さい子は動くものや音がするほうに関心を向けます。ところが発達障害を抱えるお子さんの中には、それを嫌がるケースがあるんですね。情報を処理することで脳は発達していきますが、動きや音に興味を向けないとなると、そもそも脳に刺激が加わりにくいんです。具体的に言うと、動く物を追うためには、物体の未来位置の予測が必要ですよね。ところがそのもの自体に関心を示さなければ、物体の位置を予測するデータが脳に蓄積されないので、未来位置の予測が難しくなる。

ここで私が担当しているクラスでは、この脳への刺激とデータの蓄積をテーマにしています。様々なトレーニングを通じて、感覚器から入る情報でお子さんの脳に刺激を与え、データを蓄積していく。感覚と脳が相互に影響を与えながら、発達していくことを目指します。感覚器から入る情報を活用して、脳を刺激するところが特殊部隊のトレーニングと共通する部分なのです」

発達途上にある子どもたちの変化のスピードに驚く

この施設には、芝生の広場や道場やプールもある。伊藤氏が担当しているのは、こうした設備を使った運動プログラムだ。天井の高い道場ではボールやリングを使った運動、夏はプールで水遊びも行う。

道場で行う運動プログラムに使うアイテム。平均台、コーン、ボール、リング
道場で行う運動プログラムに使うアイテム。平均台、コーン、ボール、リング

「こちらに通うお子さんは、直線で動くボールは目で追えても、放物線になると難しいことが多いんですね。顔を上げないと視界に入らないものは、そこに無いものと感じてしまうのかもしれません。ここではまずボールを目で追うところから始めます。まず直線の動きを追えるようにする。そして徐々に顔も動かして、ボールを見て追えるようにしていきます。個人差がありますが、早ければ1日でできるようになるお子さんもいます。

豊かな自然を感じる屋外での療育も。写真は施設の近くにある一碧湖にて
豊かな自然を感じる屋外での療育も。写真は施設の近くにある一碧湖にて

ボールのほかにもリングや平均台、夏はプールなどを使って、様々な動きをトレーニングしています。一緒に参加する先生は手を変え品を変え、子どもたちが楽しく自発的にプログラムに参加できるように工夫しています。特殊部隊は長くても療育の世界はまだ短い私にとって、ほかの先生方が子どもたちのやる気を引き出すテクニックはいつもすごいなと思います(笑)」

難関の選抜試験を潜り抜けてきた少数精鋭の特殊部隊隊員の能力を引き上げてきた伊藤氏だが、いま接している子どもたちの発達のスピードには驚嘆するという。刺激を与えることで、脳は確実に強化される。それは細胞分裂が盛んな子どもに、驚くほど顕著だ。

自らを療育の専門家ではないと語る伊藤氏が、なぜ発達障害を抱える子どもたちのサポートを決意したのか。それは「子どもたちにとってプラスになっても、マイナスになることはないから」だという。伊藤氏が行っているトレーニングは脳の機能向上だ。たとえその子どもが発達障害でなかったとしても、この取り組みを通して脳が刺激されるのは、健やかな発達につながるだろう。

伊藤祐靖(いとうすけやす) 1964年東京都出身。日本体育大学から海上自衛隊へ。防衛大学校指導教官、「たちかぜ」砲術長を経て「みょうこう」の航海長を務める。42歳で退官後、各国の警察や軍隊に指導を行う。著書に『とっさのときにすぐ護れる 女性のための護身術』『国のために死ねるか 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動』『自衛隊失格 ―私が「特殊部隊」を去った理由―』がある。

  • 取材・文・撮影浜千鳥

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