インスリンで夫を昏睡状態に 中国人妻「整形手術と怪しいバイト」

平成を振り返る ノンフィクションライター・小野一光「凶悪事件」の現場から 第21回

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夫に大量のインスリンを打ち、昏睡状態にした中国人妻が逮捕された。夫は昏睡状態のまま5年後に死亡。これ以外にも、数年前には、夫の両親が殺害され、家に放火されるという事件も発生していた。ノンフィクションライター小野一光氏は事件関係者に取材を重ね、その犯行の背景に迫った。

働いていた店のHPには、T158B88W59H88と記載されていた

 

2006年3月10日、千葉県警は千葉県匝瑳郡光町(当時)に住む夫・鈴木崇さん(仮名、当時54)に対する殺人未遂容疑で、すでに身柄を拘束していた妻の鈴木詩織(逮捕時33)を逮捕した。

詩織は病院で知り合ったA子(逮捕時41)より、糖尿病治療用のインスリンを犯行成功後の報酬と引き換えに受け取り、04年4月に通常の10倍にあたる量を、睡眠薬で眠らせた崇さんに注射。崇さんは血糖値低下による脳障害で意識不明となり、5年以上目覚めることなく09年に死亡している。

詩織は中国・黒竜江省出身の中国人(現在は日本に帰化)で、1993年に見合いによって知り合った、21歳年上の崇さんと結婚したことで、日本名を名乗っていた。

詩織と崇さんとの間には、結婚直後から金銭面や、その後授かった2人の子供の養育についての揉め事が続いており、この事件の3年前である03年には、崇さんが詩織に熱湯をかけられて全治5カ月の火傷を負う事件も起きていた。この傷害事件で千葉県警は06年2月7日に詩織を逮捕しており、同年3月10日の殺人未遂容疑での逮捕は、それに続くものだ。

最初に逮捕されたとき、詩織は家を出て東京都台東区浅草にある風俗店で働いていた。というのも、火傷をした後に、崇さんは詩織が自分に危害を加える可能性があることを周囲に伝えており、自分にもしなにかあったら詩織を疑うよう、親族に訴えていたのである。そして崇さんが実際に植物状態になったことから、親族が警察に捜査を依頼。捜査の目が自分に向けられたことを察知した彼女は逃亡し、浅草で風俗嬢をやっていた実の妹を頼ったのだった。

詩織と崇さんとの関係を知る近隣住民は、私の取材に語っている。

「犯人の女(詩織)は、近所ではずいぶん評判が悪かったんです。結婚して越してきてすぐに、まわりの家に聞こえるくらいの金切り声を上げて、よく家族(崇さんやその両親)に文句を言ってました。あと、(崇さんの)両親が殺された時に火事になったでしょ。あの時も、近所の人たちはみんな消火に駆けつけたし、次の日とかは農作業を休んでまで火事場の後片付けを手伝ったんです。だけどあの嫁は、そのあとでお礼の挨拶一つしてこなかった。だからみんな、とんでもない嫁だと思ってましたし、『鈴木さんとこの嫁には近づくな』って、ほとんど近所付き合いがなかったんです」

この近隣住民が言うように、崇さんが火傷の被害に遭う約8年前の95年12月、崇さんの両親が住む母屋が火事で焼け、焼け跡から両親の遺体が発見されたのである。後の司法解剖で父親が絞殺、母親は撲殺されていたことがわかり、千葉県警は殺人事件として捜査を開始。火事の第一発見者だった詩織も関与を疑われて事情聴取を受けるなどしたが、有力な証拠は発見されずに未解決事件となっていた。なお、この火災によって、崇さんには1000万円を超える保険金が入ったことが判明している。崇さんの知人は、彼から以下のようなことを聞いていた。

「崇さんはよく『詩織はカネ遣いが荒い』とぼやいてました。『あいつは中国に家を建てた』とも言ってましたから、ずいぶん中国に送金していたようです」

詩織は崇さんとの間に生まれた2人の子供を連れて中国に帰省した際、子供たちをそのまま中国に残して日本に戻っていた。そこで怒った崇さんが詩織に子供たちを日本に戻すよう約束させ、みずから中国にいる子供に会いに行こうとした矢先に、彼女から熱湯をかけられる事件の被害に遭ったのだった。

さらに、この事件で入院中の崇さんに対して、詩織は自身が受け取り人となる5000万円もの生命保険をかけており、そうした過程を経て、インスリン殺人未遂事件が起きている。

浅草にいた詩織が逮捕されたことで事件が明るみとなり、風俗嬢として働いていた彼女の写真が出てきた際に、誰もが驚いたのはその外見の変貌ぶりだった。

じつは詩織は千葉から逃亡してすぐに、約1000万円をかけて美容整形手術を受けていたのである。それは顔面のみならず、豊胸や腹部の脂肪吸引などにも及んでいたという。

95年頃、詩織がパートで働いていた会社の社員旅行での一枚。整形後の顔、(1枚目の写真)とはほど遠い

そして”別人”となった彼女は、浅草で妹が知人の50代男性と共同経営する店『E(仮名)』を訪ね、働くことになったのだった。詩織の妹について知る人物は証言する。

「マキ(仮名)を名乗る彼女は日本人男性と結婚していて、配偶者ビザで日本に滞在していました。月曜から金曜は店に出て、週末だけ夫のいる地元に帰る生活で、風俗の経験は少なくとも3年以上あり、去年(05年)の5月か6月くらいから現在の店にいます。身長160㎝くらいのスリムな体型で、ストレートのロングヘア。アイドルのようにカワイイ顔立ちで、いわゆる”上物”という部類でした」

妹・マキが『E』を始めて約1カ月後に彼女を頼ってやってきた詩織は、妹の共同経営者に50万円を借りて、『E』と同じマンションの同じフロアに、『E』のプレイルーム兼自宅として、自分名義で2DKの部屋を借りる。そして住み込みで、源氏名「エリカ」として働くようになったのだった。

だが、それから間もなくしてトラブルが起きる。働き始めて2~3カ月も経たないうちに、詩織がその部屋を使って自分の店『M(仮名)』を立ち上げ、『E』と同じ風俗店を始めたのである。その際の共同経営者は、埼玉県下で何軒もの風俗店を経営する男性で、客として詩織と出会い、気に入ったことから共同経営を持ちかけたと見られている。

詩織は『M』を立ち上げるにあたり、『E』にいた女の子を引き抜くなどもしたため、当然ながらマキとの間で諍いとなり、断絶状態となってしまう。両店を知る人物は説明する。

「『M』は詩織を含めた2~3人で始め、全員中国人。源氏名『サクラ』を名乗る詩織は店長兼店員で、受付や電話番は彼女がやっていました。詩織は以前と同様、その部屋に寝泊りしており、1日平均で6~7人くらいの客をこなしていました。マキの店『E』は風営法の届出をしている店だったため、本番行為は禁じられていましたが、届出をしていない詩織の店『M』は本番をやっていたはずです。というのも、『M』のホームページを見ると、〈90分コース(2万円)以上には“特別サービス”有り〉と書かれています。この、わざわざ“特別サービス”と表示する書き方はイコール、本番を指しますから。詩織は最初に『E』に現れた時から、風俗の仕事に抵抗がない感じでした。外見は店の写真の通りで、服装とかはズボン姿とかが多く、比較的地味なほうでしたが、美人でいい子だと評判で、予約がなかなか取れないほどの人気でした」

まさに”カネの亡者”と化した詩織に捜査の手が伸びるのは間もなくのこと。結局、08年初頭に懲役15年の刑が確定している。

  • 取材・文小野一光

    1966年生まれ。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。アフガン内戦や東日本大震災、さまざまな事件現場で取材を行う。主な著書に『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)、『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』 (幻冬舎新書)、『連続殺人犯』(文春文庫)ほか

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