ラグビーW杯、日本の難敵「アイルランド」と「文学」の深い関係 | FRIDAYデジタル

ラグビーW杯、日本の難敵「アイルランド」と「文学」の深い関係

藤島大『ラグビー 男たちの肖像』

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フォワードの「怪奇作家」

敵を知る。闘争の基本だ。アイルランドのラグビー、どうなのか。

9月28日。静岡県のエコパスタジアム。ジャパンは、そのエメラルド色のジャージィとぶつかる。ロシアとの開幕戦の次戦。屈指の実力をうたわれる相手だから不利の見立てくらいは甘受しなくてはならない。しかし、ここで勝利、少なくとも観客席の震える感動の接戦を展開しなくては、そこからの連勝もない。最も重要なゲーム、いやバトルである。

対戦国の研究に文化的背景の解読は欠かせない。豊饒な物語の島、どうやらラグビーをめぐっても例外ではなさそうだ。

まずはドラキュラから。あまりにも有名な吸血鬼である。それを世に送り出した男は、かつてアイルランドはダブリンの熱心なラグビー選手であった。

1897年の5月に『Dracula』は刊行される。日本では『吸血鬼ドラキュラ』の響きになじみがある。オールバックの髪、死者の色の顔、カッと剥かれた目、血の残る歯、そうしたイメージはすぐに頭に浮かぶ。

作者のブラム・ストーカーは、トリニティー・カレッジことダブリン大学ラグビー部の強力なフォワードであった。

赤毛。堂々たる体つき。スポーツはなんでも得意だった。1864年に入学後、数シーズンにわたり活動する。’68年、トリニティーは「二七試合に全勝」(『ラグビーの世界史』)。ドラキュラ作家は「欠かせないメンバーであった」(同)。チーム仲間には、’75年、初代のアイルランド代表キャプテンとなるジョージ・スタックがいた。

ついで『ゴドーを待ちながら』。それはそれはよく知られた戯曲である。作者、もはや歴史上の人物かもしれぬノーベル賞作家は若き日、高校のラグビー部キャプテンを務め、決勝へとチームを導いた。

サミュエル・ベケット。ポートラ・ロイヤル・スクールのスクラムハーフ。1923年、北アイルランド全体のコンペティションである「アルスター・スクール・カップ」のファイナル、スクラム周辺の大胆な攻撃で鳴らしたベケット主将は惜しくも敗れている。ゲームに臨むにあたって「チームは、びびっていた(shit scared)」(アイリッシュ・タイムズ紙)と後年、あまり文学的ではない表現で述べている。

パリに定住しても、フランス戦のアイルランドをいつまでも応援した。伝記作家によれば「人々は、ラグビーの試合がある土曜の午後に(ベケットへの)面会約束を試みてはならぬと素早く学んだ」(ガーディアン紙)。

考える、黙々と遂行する

怪奇作家と不条理演劇の巨人、ともにラグビーに夢中になった。それが現在のアイルランド代表とどうつながるのか。語り、考える人の系譜があるとこじつけたい。

傍証ならある。

本稿執筆時には世界ランク1位、優勝候補の一角、赤いドラゴンことウェールズ代表を率いる人物の言葉である。

へッドコーチのウォーレン・ガットランドはニュージーランド出身の元体育教師、コーチングのキャリアをアイルランドのクラブで始め、1998年から2001年までは同代表の指揮も執った。4年にいっぺんだけ編成されるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズの指導経験も複数回におよび、おのおのの「国」の特質を熟知している。

いわく。「アイルランドの選手はみずからの主張を明快に述べる。どこの国の選手たちよりもね。最も多く質問、説明も求める。なぜか? 伝統的に、彼らの多くは私立の学校に通う。素晴らしい教育を受けて教養を身につけている。おかげで、こうしたことにうまく対応できる」(『The 1014 Rugby』の放送インタビューを『GiveMeSport』が引用)。

一方、歴史的に労働階級もラグビーを楽しんできたウェールズの選手は。

「声高な主張はしない。彼らは『なす人』なのだ」「そうしてくれと頼めばレンガの壁でも突き破る。がむしゃらに働く。まるでハードワークを苦にしない」(同前)

サミュエル・ベケットもコーチに質問したのだろうか。「問題はやり方なんだ」。端正な表情を崩さず、芝居の台詞のように疑問を投げかける。なんだか絵になる。

ただしアイルランドのラグビー選手は、よく語り、深く考えるばかりではない。ことにフォワードときたら痛みなんて死語、全身を緑の岩石とさせて黙々と任務を遂行する。

ひとりの名を挙げたい。

タイグ・ファーロング。世界最強の評価もある右プロップである。日本大会のスター候補だ。185cm、126kg。体形を一言で表すなら「1950年代のアメリカの冷蔵庫」。背が高いのに真四角に見える。首と顎の幅は同じだ。スクラムを押しまくり、ボールを抱えれば素早いランナーとなり、実は器用にパスをこなす。田舎の農場育ちで飾らぬ人柄は愛されている。

この巨漢の名であるタイグは「Tadhg」と綴る。発音は英語圏の人々にもやっかいで「Tigerのerをとる」なんて読み方を指南する記事を見かける。意味は? インターネットで調べた。「Tadhg ゲール語(=古来のアイルランド語)で詩人、哲学者、語り部」。ベケットが存命ならひいきしただろう。

※この記事は週刊現代2019年9月7日号に掲載された連載『ラグビー 男たちの肖像』を転載したものです。

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  • 藤島大

    1961年東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。雑誌記者、スポーツ紙記者を経てフリーに。国立高校や早稲田大学のラグビー部のコーチも務めた。J SPORTSなどでラグビー中継解説を行う。著書に『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』(文藝春秋)、『スポーツ発熱地図』(ポプラ社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)など

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