九月場所が見納め! お相撲さん19人の夏着物ファッションショー
9月8日に初日を迎えた大相撲九月場所。8月26日に発表された新たな番付表では、大関・豪栄道と栃ノ心がカド番、右膝のケガで2場所連続休場していた貴景勝は関脇に陥落してのスタートとなっている。横綱・白鵬は今月3日に日本国籍を取得し、日本人として初めての本場所。しかし、初日の取り組みで右手を骨折してしまい、休場することになってしまった。波乱の幕開けとなった九月場所だが、毎日熱戦が繰り広げられることだろう。
力士の強さが一目でわかる番付表は、単なる“順位表”というだけではない。きものコラムニストの朝香沙都子さんはこう語る。
「番付はいわば、彼らの“地位”なんです。上に行けばお給料が高くなるだけでなく、日々の生活で許されることも増えてきます。例えば、着用が許される服の変化があります。力士の着る物にはおおよその規定があり、番付の地位によって着用できるものが変わるんです。
序の口・序二段までは、冬でも浴衣かウールの着物を着ることになっています。どんなに寒くても、履き物は素足に下駄でなければなりません。博多帯や襟巻、コート、足袋の着用が許されるのは幕下から。紋付羽織袴や畳敷きの雪駄が許されるのは十両から……と、細かく決められているんです。この規定が力士の向上心を煽る効果につながっているようにも感じます」
朝香さんは15年ほど前から相撲観戦に足を運ぶようになった。以前よりも相撲人気が高まり、なかなかチケットを手に入れるのが難しくなったというが、角界が盛り上がってきたと思うと感慨深いという。彼女が取り組みのほかにも「見てほしい!」と語るのは、力士の着物姿だ。
「夏の着物姿を見ることができるのは、五月場所と九月場所。取り組み後は浴衣になってしまうので、会場入りの際にしか目にすることができません。土俵上での廻し姿や、かしこまった場所での紋付羽織袴姿を見ることがあっても、会場入りの際にしか見ることができない着物姿は意外と知られていないもの。勝負に向かう前とあって、たたずまいも凛としています。『入り待ち』も、大相撲観戦の魅力のひとつですね」(朝香さん、以下同)
というわけで、朝香さんが撮りためたお相撲さんたちの夏着物コレクションを大紹介!
◆オーソドックス
「そもそも場所入りで着物を着ることは、十両以上の力士にしか許されていません。着物は、四股名にちなんだものが多く見受けられます。シンプルに漢字で名入れした染め抜きのものや、フォントにこだわったもの、名前に入っている漢字から意匠を取り入れたものなどがあります」
〇竜電
「鮮やかな藤色の染め抜きのお着物です。竜電は着付け方がザ・正統派。歩き姿まで美しく、お手本のような着こなしです。余談ですが会場内でお支度をする力士も多く、入りのときはちょんまげを結っただけの人の方が多いんです。試合前の着物姿で大銀杏を結っているのはうれしいですね」
〇妙義龍
「名前にちなんだ黒地に龍の意匠の妙義龍。彼も大銀杏を結っていますね」
妙義龍は完全フルオーダーの竹かごバッグや、象革のカバンなど、匠が作ったメイド・イン・ジャパンのバッグを集めているのだとか。
〇矢後
トンボは前にしか進まず、退かないところから、“勝ち虫”と言われ、戦国武将が縁起を担いで好んだ意匠。浴衣の柄に取り入れる力士も多い。
「彼はトンボの幼虫である『ヤゴ』と同じ名前。“将来、オニヤンマになる”と常々語っていたそうです。オニヤンマの意匠を着ている姿は、矢後の成長を見守ってきている相撲ファンにとって、感慨深いものがあります」
〇阿炎
「名前にちなんで“炎”の意匠です。阿炎は着物の着方が個性的です。丈を短めに着たり、昔の書生さんのように襦袢のかわりにスタンドカラーのシャツを着ていることもあるんですよ」
〇玉鷲
「正面には名前の染め抜き、背中には“大ワシ”が描かれています。実はよく見ると、帯にも“玉鷲”と四股名が織り出されています」
〇炎鵬
「正装着にも使われる、夏物生地の王道“絽”の織物です。羽織袴は十両よりも番付が上でないと着られないため、番付上位のお相撲さんにしか見られない格好です」
◆郷土愛
「相撲はもともと、各地方の代表者が競い合ってきたものです。そのため、今でも大相撲では所属する部屋の名前と市町村名まで紹介され、“郷土の誉れ”として称えられます。力士の地元にちなんだ意匠が多く見られるのはその名残なんです」
〇御嶽海
「着物には、四股名にもかかっている出身地の御嶽山と、お母さまの母国・フィリピンの海が。横には日本とフィリピンの国旗も描かれています」
〇琴奨菊
染め抜きの四股名のほか、前身頃には龍が描かれている。
「後身頃には、地元の柳川市・有明の海に打ちあがる花火の様子が描かれています」
実は、’10年の6月ころまでは琴奨菊が白星を得ると夕方6時ころに花火を上げて応援していたのだという。花火は琴奨菊にとって、勝利の証なのだ。
〇阿武咲
故郷・青森県は横綱を6人輩出しており、幕の内力士が多い都道府県のひとつ。
「ねぶたの山車が描かれた着物です。背中には“咲”の字が金色で入れられています」
化粧回しも、地元出身のデザイナーに描いてもらったねぶたの山車のものを身に着けているという。
〇朝乃山
富山県出身力士としては103年ぶりに優勝を飾った朝乃山は、令和初優勝の称号を手に入れた力士だ。
「(上)地元の新聞社から、初入幕の際に送られた藍の染め抜きの着物です。ぐるっと一周にわたって、立山連峰が描かれています。(下)海の幸も豊富な富山県。富山湾とホタルイカが描かれています。雨の日はコウモリ傘よりも、番傘をさして歩く方が多いですね」
〇豊山
「新潟県出身なので、日本海にちなんだ柄ですね。沈みゆく日本海をバックに、新潟県の県の鳥であるトキが羽ばたいています」
〇碧山
「ブルガリア国出身で、3色の国旗の上に国章を重ねています」
帯も国旗に使われている3色と国章に使われている黄色を合わせた、色合わせの上級者!
〇錦木
「青空のような色に向日葵の色がよく映えています。夏の着物らしいモチーフですね」
錦木は視力0.1を切っているため、メガネがトレードマークになっている。
〇逸ノ城
「”月に吠える狼”の意匠は、勇猛さを感じます。モンゴル力士の着物には、狼の意匠がよく使われていますね」
狼はモンゴル族の祖先という言い伝えもあり、崇拝の対象なのだという。
◆祈り
「相撲は神事と深い結びつきがある神聖なものです。また、勝負事の世界ですから、勝つために神様に祈ることもあります。そういった信仰の対象を身に着けている力士も多いですね」
〇貴景勝
「上杉謙信の後継者である上杉景勝に心酔していらっしゃるんです。着物に描かれている毘沙門天は、その景勝が信仰していた仏教における武神です」
〇魁聖
「ブラジル出身の力士。リオデジャネイロのコルコバードの丘にあるキリスト像が描かれています」
他にも、サッカー、カーニバルの踊り子などが国旗に使われているカナリヤカラーで描かれている。
◆スポンサー提供
「化粧廻しはスポンサーによる提供のものが多いのですが、着物でもそういったものが見られます。見覚えがあり馴染みのある柄なので、目に留まりやすいかもしれませんね」
〇千代大龍
アラビア数字よりもクラシカルで優美な書体が印象的なのは、スイスの高級時計メーカー『フランクミュラー』の文字盤。
「特徴的なフォントの数字があしらわれたカラフルなお着物です。この着物の制作は加賀友禅の奥田染色。九重部屋後援会の方がフランクミュラーにかけあって実現したコラボレーションなのだそうです」
〇遠藤
(上)麻の葉に、歌舞伎を代表する演目『暫』の主人公の隈取。(下)遠藤のシンボルカラーとされるピンクに隈取の着物。
「この隈取は永谷園が商標登録しています。蛇の目傘にも永谷園の隈取が入っているんですよ」
◆角界の“おしゃれ番長”石浦
ファッションブランド『クリスチャンルブタン』のファッションモデルに起用され、スポーツカー『マクラーレン』から化粧廻しを贈られるなど、トップブランドからの注目を集めている石浦。
「角界のオシャレ番長とも言われています。1着~2着しかお着物を持っていない方も多いのですが、彼は4着ほど持っているのではないでしょうか。こだわりが強く、着物姿を見ていてとても楽しい力士の1人です」
〇四股名
グラフィティーアートを基礎に絵画やデザインなどを手掛けているアーティスト集団に依頼をしたそう。
「フォントにこだわりが見られます。大阪にある『山栄ART工房』によるデザインで、四股名のほかに背中には縁起のいい“左馬”の文字が入っています」
〇因幡の白兎
鳥取県出身の石浦。故郷が舞台の日本神話や昔話にちなみ、作中で出てくる白兎をモチーフにしている。
「着物の裾裏や背中、四股名の近くに白兎の姿が。四股名のそばに入っている“因果一如”という仏教用語は、“原因と結果は常に同じである”という意味です」
〇幽霊画
おどろおどろしい幽霊画だが、江戸時代には“魔除け”の効力があると信じられていたという。
「デザインは、世界中で彫師として活躍するタトゥースタジオ『GAKKIN-TATTOO』が行ったそうです。裾は反魂香の煙のような、蒔糊散らしの模様になっています。四股名も血文字で描かれています」
夏服の着物は、8日から始まった九月場所をもって見納め。バラエティー豊かな着物の数々、九月場所の入り待ちで見てみてはいかが?
- コメント・写真提供:朝香沙都子