「打率3割超え」奇跡のスパイクがロッテ荻野をブレイクさせた!
ヒザの故障が劇的に回復。34歳で才能開花させたウラ側

「このスパイクに出会ってなければ、いまの僕はなかったと思います。あるいはプロ野球選手でいることすら、かなわなかったかもしれません」
今年10月で34歳になる荻野貴司は、手元のスパイクにそっと視線を落とした。プロ入り10年目――球界の通例で言えば、すでにベテランに差し掛かる年齢だ。ところが、前半戦終了時点でリーグ首位打者、現在も打率.311と打撃好調。盗塁数も27といずれも、タイトルを狙える位置につけている(数字は8月30日現在)。7月には初めてオールスターに出場。マリーンズ不動の1番打者は自己最高の成績でシーズンを駆け抜けようとしている。
「ここまで大きなケガなくこれている。順調にきていると思います」
荻野はプロ入り当初から、途轍(とてつ)もない能力を発揮していた。ルーキーイヤーの’10年には、46試合で25盗塁(失敗3)という数字を叩き出し、この年、盗塁王に輝いたソフトバンクの本多雄一(現一軍コーチ)をして「とんでもないルーキーが現れた。スピードではとても敵わない。技術が身につけば、もの凄い選手になる」と言わしめた。
しかし――とくにスピードタイプの選手に顕著だが、高すぎる能力に身体が耐え切れず、故障してしまうケースがある。荻野がまさにそうだった。プロ1年目、5月21日のスワローズ戦のことである。
「開幕からずっとスタメンで使ってもらって、毎日必死でした。必死すぎて、あまり記憶がないのですが……あの日のことは覚えています。疲れていたのか、練習中から足が上がらず、『変だな』と思っていた。そうこうしているうちに試合が始まり、シングルヒットを打って盗塁したのですが……スライディングしたとき、右脚が突っ張った状態で二塁ベースに当たり、ヒザにものすごい衝撃がきた。ただ、違和感はあるんですけど、痛みはなくて、すぐに三盗したんです。ゲームセットまで試合に出ました」
ところが翌朝――起きると右ヒザが「自分のヒザじゃないような感覚だった」と荻野は振り返る。
「これはダメだとすぐに病院へ行きました。半月板損傷で手術になりました」
新人王候補の筆頭だったはずが、残りのシーズンを棒に振った。翌年も右ヒザの状態は思わしくなく、5月と8月にメスを入れた。
「ヒザのケガはどの競技でも致命傷。僕自身は絶対にグラウンドに戻る気でいましたが、周囲から『荻野のヒザは治らないんじゃないか』という声が聞こえてきて、悔しかったし、キツかったですね」
その後も復帰と離脱を繰り返した。
「荻野は一年もたない」、「才能があるのにもったいないね」――そんな評価が定着しつつあった’15年、転機が訪れた。
春季キャンプ中にチームメートの今江年晶(35・現楽天)から、トレーナーの鴻江寿治(こうのえひさお)氏を紹介されたのだ。
鴻江氏は人間の身体を大きく2タイプに分け、個人に合った身体の使い方や道具選びをアドバイスするコンサルタントもしており、最近では、ソフトバンクの育成選手だった千賀滉大(こうだい)(26)を侍ジャパンのエースに導くなど、多くのトップアスリートに師事されている。荻野は鴻江氏にスパイクの相談をした。
「以前から、スパイクの中で足の指が縮むような感覚が気になっていたんですが、メーカーさんに改良をお願いしても、僕一人のために型を変えることはできない、と断られてしまって……」
そう告げると鴻江氏は「じゃあ、荻野君のためのスパイクを作ろう」と快諾。懇意にしているメーカーと話をつけた。
試作品ができ上がると、荻野はどれだけ試合で疲れていても、担当者のもとに駆けつけて試し履(ば)き。ミリ単位で注文をつけた。そうして完成したのが『コウノエベルトスパイク』なる秘密兵器だ。
「’16年のシーズンから使い始めたのですが、履いた瞬間に『これは楽だ』と感じました。指が締めつけられる感覚がまるでない。ほかのスパイクにはない大きな特徴がベルトなのですが、このベルトが足の甲をグッとつかんでくれることで、スパイクが足全体にフィット。足の指で地面をつかむ感覚が生まれたのです」
履き始めて3日目にも発見があった。
「メスを入れてから右ヒザにはいつも水が溜まっていて、定期的に病院で抜いていたのですが……ヒザの水が自然に抜けたんですよ。それ以後、ヒザが腫れぼったくなることは一度もなかった。これが僕の中では大きかった。ヒザの不安がなくなり、自分が生まれ変わったような感じがしたんです」
新スパイク導入2年目の’17年、初めてケガなくシーズンを全うできた。翌’18年は開幕から好調でオールスターに選ばれたものの、ケガで辞退。だがそれは、悩まされ続けた下半身のケガではなく、死球による人差し指の骨折だった。下半身の不安から解放され、荻野は自信を深めた。そして今季の見事な開花――。
普段は控えめな性格だ。マリーンズの野手では福浦和也(43)、細川亨(39)に次ぐ年長者になるが「若手に引っ張られています」と笑う。今季、初めて出場したオールスターでは「ベンチでどこにいていいのかわからず、隅っこに座っていました」と肩をすくめた。
だが、溢(あふ)れる自信は隠せない。
「年齢は気にしていません。これ以上はムリなんて感覚もない。足だってもっと速くなるんちゃうかと思ってるし。いろいろ覆(くつがえ)してみたいというのはありますね」
最後は生まれ故郷の関西弁になった。
「楽しみにしといてください。来年の僕は、もっと速いんで!」
夢を諦めなかった男は、故障を乗り越え、一層の高みを目指して駆け上がる。






『FRIDAY』2019年9月6日号より