楽天・今江 「ホンマ鬱になる」突然襲った原因不明の眼病から復活
日本シリーズで2度もMVPに輝いた男を襲った突発的な目の奇病。精神的にも追い込まれたアスリートが復活するまでの軌跡を追った
楽天の今江年晶(36)はグラウンドに立った瞬間、強烈な違和感を覚えた。ボールが二重に見え、近くにいるはずの選手がまるで遠くにいるように小さく感じる。人工芝は、波打つようにグニャグニャと揺れていた。7月上旬に福岡で行われた、ソフトバンク戦前のことだ――。
今江が振り返る。
「『最悪や……』と天を仰ぎました。とてもじゃないけど野球ができる状態じゃない。すぐに平石(洋介)監督のもとに行き、『目がおかしいんです。思うようなプレーができません』と伝えました」
今江が目の異常を自覚したのは、この時が初めてではない。今年1月のキャンプ直前にも変調をきたしていた。
「(楽天の地元)仙台で自主トレをしていたんですが、なんとなく感覚がいつもと違う。左目をつぶると、真っ白いはずの壁が黄ばんで見えるんです。すぐに眼科に行くと、医師はただ事ではない様子。医師の勧めで東北大学病院の精密検査を受けた結果は、『中心性漿液性脈絡網膜症(CSC)』という聞いたことのない病名でした」
CSCとは網膜の中心部に水が溜まり、視野に異常が起きる病気。過度のストレスや疲労が要因だといわれている。
「ボクには過度のストレスも疲労もなく、思い当たる原因はない。特別な治療法もないようです。医師からは目に負担をかけないため、激しい運動を避けなるべく安静にしているように言われました。ロッテからFA加入して4年目。昨年ようやく移籍後初の規定打席に到達し『今年はやるぞ』と再起を期していた矢先のアクシデントだったので、満足にトレーニングもできない状態が歯がゆかったです」
1ヵ月ほど安静にしていると、徐々に目の違和感は和らいだ。二軍で調整を続け5月には一軍復帰。ところが……。
「もうアカンかも……」
「6月下旬に、突然再び目の異常が襲ってきたんです。しかも前回より症状が重い。ただ、せっかく一軍に戻れたばかり。ムリをして試合に出続けていたんですが、いっこうに良くなりません。やむなく監督に状況を報告し、再び二軍で調整することになりました」
シーズンも終盤。今江は焦る。いろいろな人に治療法を聞くが、出てくるのは「症状が重ければ半年間は安静が必要」という話ばかり。今江は精神的に追い込まれていく。
「年齢的にも、のんびりリハビリしている余裕などありません。それなのに治療法が見つからず、時間ばかりが過ぎていく。ボクは仙台に単身赴任しています。『どうしたらエエんヤ』とひとり部屋で悶々とし、何もする気が起きない。一軍で活躍する選手が羨ましく、楽天の試合をテレビで見られない時もあった。『ホンマに鬱になるかもしれん』と感じるような精神状態でした」
7月下旬、転機が訪れる。トレーナーが、聖路加国際病院(東京都中央区)の医師がレーザー治療をしているという情報を持ってきたのだ。
「藁にもすがる気持ちで、すぐに東京へ行きました。医師に『ボクはアスリートとして1日でも早く復帰したいんです』と訴えてね。治療を受けると、目に溜まった水が劇的に減りました」
東京に行ったことは、さらなる効用をもたらした。
「久しぶりに妻や中学2年の息子と、ゆっくり話をしたんです。息子が入っている野球チームの試合結果だとか学校の成績だとか、たわいもない話です。でも、そんななんでもない一家団欒の時間がボクを心からリラックスさせてくれた。一人でいると『もうアカンかも……』と後ろ向きだったのが、『絶対にまた一軍で活躍してやろう』と前向きな気持ちになれたんです」
レーザー治療と家族のおかげで、現在では原因不明の眼病が完治しつつある。
「早くチームに貢献したいです。クライマックスシリーズ争いが激しい状態。一軍から声がかかれば必ず結果を出してみせます」
日本シリーズで2度MVPを獲得した男の目に、ようやく力強さが戻った。