ラグビー界の鉄人、大野均が明かす南ア撃破と天皇陛下からの激励

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2015年9月19日。後半ロスタイム、日本代表のヘスケスが南アフリカから逆転トライ。この瞬間、歴史が変わった

ラグビーワールドカップ(W杯)前最後の日本代表戦が6日、熊谷ラグビー場で行われる。相手は4年前のW杯イングランド大会で、金星を奪った南アフリカ代表だ。「スポーツ史上最大の番狂わせ」と世界中に打電された試合に先発し、代表戦最多出場を誇る大野均(東芝)は4年前をこう振り返る。

「自分にとっては3度目のW杯で舞台には慣れていましたけど、初戦の先発は初めてでしたし、相手が日本が初めて対戦する南アフリカだったので、緊張しました。もちろん『絶対に勝てる』とは思っていませんでした。でもそれまでの4年間でオールブラックスと対戦し、W杯2年前にはウェールズにも勝っていたので、全くかなわない相手だとは考えていなかった。エディ(・ジョーンズ監督)さんのもとできつい練習もしてきて、後は今までやってきたことを信じてやりきるという、開き直りのような覚悟を持ってピッチに飛び出せて。やってきたものを全部ぶつければ何かしら起きるんじゃないかという、漠然とした自信みたいなものがありました」

  大野は2007年、2011年にもW杯に出場したが、2大会で2分け6敗。日本代表は91年大会のジンバブエ戦以降、18試合連続で勝てていなかった。そんな「負」の流れを断ち切ったのが2015年W杯を率いたエディ・ジョーンズ゙監督の猛練習。様々な経験を乗りこえてきた大野でさえ、当時、合宿地・宮崎に行く飛行機に乗り込むときに憂鬱になるほど厳しい内容だった。

「周囲の人は誰も想像してなかったかもしれませんが、僕も含めてチームとして南アに勝つためのシナリオは持っていました。キックで相手を下げて、五郎丸(歩)のPGで得点を重ねて相手を焦らせ、最後は『ジャパンコール』でスタジアムも味方にする。宮崎合宿では『ビート・ザ・ボクス(南アの愛称、スポリングボクス)』というメニューがありました。22mラインを境にしたアタック&ディフェンスの練習で、攻撃側は22mの外側に脱出しなければいけないし、守備側は相手を22m内にとどめておく。そのやり合いをずっと続けるんです。本当にきつかったんですが、それが生きたと思います」

「アタック&ディフェンス」とは攻撃側と守備側に分かれた試合さながらの実戦練習。ゴールラインから前方に進んだ22mの箇所に引かれた「22mライン」を境にした攻防戦は、守備側にとってはゴールラインに最も近い最終防衛エリアで、ここを一刻も早く抜け出さないとトライされてしまう。相撲にたとえれば、守備側は俵に足がかかった状態、攻撃側はそれを寄り切ろうとしている状態。その練習を繰り返し、南アフリカを絶対に22mラインの内側に入れない意識を植え付け、攻撃ではトライに導く最後の詰めの厳しさが培われたはずだ。

大野均(左)は南アフリカの選手を執拗にマーク

実は、南ア撃破により、ラグビー発祥の地、イングランドでは一般庶民だけでなく、王室からもリスペクトされた。日本の快挙を目の当たりにしたチャールズ皇太子が天皇陛下宛てに「日本代表の歴史的勝利に感動した」という内容のメッセージを送ったのだ。その後、天皇陛下がチャールズ皇太子に返信され、同時にその事実が天皇陛下のお言葉として日本代表チームにも伝えられたという。大野が振り返る。

「南アフリカに勝ち、その後、スコットランドに敗れた後に迎えた第3戦のサモア戦の前日のミーティングの時だったと思います。『天皇陛下からのお言葉として、『チャールズ皇太子からこういう激励の声が届きました。頑張って下さい』という内容のメッセージが、代表チームスタッフから伝えられました。僕が知る限り、天皇陛下からラグビー日本代表に対して直接お言葉をいただくということは、今までなかったことですし、うれしいという感情もさることながら、南アフリカ戦に勝ったということはそれだけのインパクトがあったんだなということを再認識することができました」

大野はW杯期間中にあったこんな裏話も披露した。

「後から聞いた話ですが、南アに勝った4日後に行われたスコットランド戦の試合前、本当は英国のアン王女がスコットランド代表の選手一人ひとりと握手するというセレモニーの準備が進められていたんです。でもその情報をキャッチしたエディさんが、『本当に行われたらスコットランドがさらに気合が入ってしまうから、やめさせろ』と言って、代表スタッフに指示を出していたそうです。やめさせることができるのかな、って思いますけど、実際にはセレモニーは行われなかったので、スタッフが必死に止めたんでしょうね(笑)」

アン王女の娘、ザラ・フィリップスの夫はラグビーの元イングランド代表マイク・ティンダル。王室とラグビーは距離が近かったのだ。大野が続ける。

「南アフリカに勝って日本中がラグビーですごく盛り上がって、でも、2戦目のスコットランド戦で負けて……。その次のサモアにも負けてしまったら、『南ア戦の勝利はまぐれだった』と多くの人に捉えられかねない中で迎えたのがサモア戦でした。この試合の勝敗でこの先の日本ラグビー人気が変わっていく、という認識が自分の中にすごくありました。そんな中、天皇陛下からメッセージをいただいたという事によってさらに前向きになれました。代表戦に98試合出場した中で、一番緊張した試合だったと思います」

試合前の国歌斉唱で左手に胸をあてる大野均

 決勝トーナメントには残れなかったが、サモアに勝ち、次のアメリカにも勝って日本代表としてはW杯で史上初の3勝をあげ、ラグビー弱小国のイメージを一変させた。桜のジャージーを誰よりも多く着て戦った大野だからこそ、言えることがある。

「あの話(南ア戦勝利)が繰り返されるのは今回のW杯がはじまるまでです。このW杯が終わったら、今回の2019年の日本代表の活躍が話題の中心になってほしい。そういう大会にならないといけないと思います。またこのあとも、『南ア戦はすごかったな』と言われるんじゃなくて、2019年がすごかったと言われる大会になってほしい」

南ア戦が行われる6日は、大野は府中でパブリックビューイングに参加する。ジャージーは着なくても、当時と変わらない熱い気持ちを胸にファンと一緒に声援を送る。

試合後、優勝したかのような記念撮影。右から4人目が大野均
大野均(左から2人目)は頭ごと南アフリカの選手に突っ込んだ
「今まで出場した試合の中で一番緊張した」というサモア戦後。大野均はファンと気さくに談笑

 

Photo Gallary6

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