「ソフトテニス1本で生活する」。国内初のプロ、船水颯人の野望

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ソフトテニス界プロ第1号となった船水颯人。インパクトの瞬間、ボールが変形する

午前10時の小手指駅。早稲田大生にまじり、所沢キャンパス行きのスクールバスに乗り込む青年がいた。肩にはヨネックスのラケットケースを抱えている。小麦色に焼けた22歳は今春に早稲田大を卒業し、4月にプロ選手になったばかり。その世界では、知らない人はいない。日本ソフトテニス界初のプロプレーヤー、船水颯人だ。

「高校時代(宮城・東北高)にインターハイで優勝し、大学3年までに国内のタイトルを全部取り、自分で言うのも変ですが、予想以上にいい結果を残してしまいました。このまま実業団に進むと、僕自身が頑張れなくなると思ったんです。いま以上の刺激が欲しいと思ったとき、環境を変えるしかないって。それで、新たな挑戦をすることにしました。リスクを考えて、安全な道を選ぶのは自分ではない。先のことは考えず、やるだけやってみようと」

あまり知られていないが、ソフトテニスは日本発祥の競技。愛好者も多く、中学生でプレーする人は人気のある野球やサッカーをしのぐ。日本中学校体育連盟によると、男女あわせて31万7000人、競技人口も約54万人もいる。しかし指導者不足などもあり、高校、大学になるにつれてラケットを置く人は多い。学生のトップ選手たちは大学卒業後、企業の実業団チームでプレーするのが通例で、硬式テニスのような大規模な賞金トーナメントはなく、国内のプロリーグもない。業界として興行の発想もなく、個人としてプロになる考えを抱く人もいなかった。

世界選手権の国別対抗、アジア選手権などの国際舞台でも頂点に立った男は、その昔、錦織圭や大坂なおみのようになる道も選択肢としてはあった。

「小中学校の頃、伊達公子さんのコーチも務めた小浦(武志)さんという方がソフトテニスの講習会のために青森まで来て、指導を受けたことがありました。その時、『硬式はどうだ?』と誘っていただいたんですが、当時背が140㎝ほどしかなくて、今も170cmしかない。『硬式は背が高くないと無理なんじゃないか』と思っていたので断念しました。でも僕はこの競技だから、ここまでくることができたんです」

当時から世界で活躍していたジョコビッチが188cm、フェデラーも185cmある。角度のあるサーブやパワフルなプレーに対抗する自信はなかった。むしろ体が大きくなくても相手の打球のパワーを利用して打ち返す技術にすぐれた船水は、ソフトテニスを極めたい、と考えが固まった。

 

船水颯人は右手で示した間隔でボールの高さを調節しているという

他競技のプロアスリートをただうらやむのではなく、自らもラケット一本で食べていくために具体的に動いた。最近、日本との対立が浮き彫りになっている韓国でプロ選手になる道を模索していた。韓国にはリーグ戦があり、実質プロとして活動し、競技レベルも高い。契約金、勝利ボーナスも発生する。国際大会で結果を残していた船水の実力は現地でも認められていた。ソフトテニス関係者を通じてあるチームと交渉し、契約は一時ほとんどまとまりかけたが、最終的には日韓の国際情勢も影響し、寸前で頓挫してしまった。

「残念でしたが、仕方ありません。僕にはどうすることもできなかった。将来の安定を求めれば、日本にある実業団の企業チームに入ったほうがいいこともわかっていましたけど、あきらめきれなかったですね」

すると、大学時代から用具提供してもらっていたヨネックスが手をさしのべてくれた。個人としてスポンサー契約を結び、シーズンオフに技術講習会などの仕事もこなすこと以外はソフトテニス一本で生活していくことに。年間報酬は、300~500万円(推定)と言われる実業団のトップ選手たちをはるかに上回る。大会に出場すれば、結果によりインセンティブも発生する。学生時代と同様に所沢キャンパスの練習場を使うが、生活サイクルは一変した。船水は言う。

「船水だからできる、と思われがちですが、誰でもやろうと思えばできるんです。中高生たちには、自分たちにもチャンスがあることを知ってほしい」

プロとして歩み始めると、注目度も変わった。試合会場に行くたびに大声援を浴びて、サイン攻めにあう。これまで接点もなかった会社からスポンサー契約の申し出を受け、いまはヨネックスに加えて、小山工務店、運送会社のKHサービスの計3社から支援され、大会に臨む。9月14日、15日には山形県山形市で開催される全日本社会人選手権(屋外)にさっそく出場する。

「強さはもちろん、プロのプレーを見せます。いや、見せないといけないです。僕のようなプロ選手がいなかったら、今後賞金トーナメントを開催しようとか、機運も高まらないでしょう。僕が頑張り続けることで、それをやらざるを得ない環境をつくり、次の世代につなげていきたいんです。

ソフトテニスと硬式はコートのサイズは同じですが、打ったときの打球音やボールの形が変化してしまうほどいろんな球筋があるので、その違いが面白いと思います。特に室内の試合だとよく分かる。中学でも高校でもプレーした経験がある人にまた、ぜひ見に来てもらえるようにしたいです。ソフトテニスで生活できることを証明します」

全日本社会人選手権が行われる9月にバス通勤と別れを告げられそうだ。新しく車が届くからだ。国産車を選んだが、いずれは高級車のハンドルを握りたい。それは派手な生活をしたいからではない。ソフトテニスで夢を与える人になるためだ。

船水颯人(ふねみず・はやと)
1997年1月24日生まれ。青森県出身。東北高→早稲田大。今春に大学を卒業し、プロプレーヤーとなった。小学校1年時に両親、兄の影響でソフトテニスを始める。小学生の頃はソフトテニスと並行し、サッカー、野球も経験した。

  • 取材・文杉園昌之

    1977年生まれ。サッカー専門誌の編集兼記者、通信社の運動記者を経て、フリーランスになる。現在はサッカー、ボクシング、陸上競技を中心に多くの競技を取材している。

  • 撮影松井雄希

Photo Gallary5

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