大事故からわずか49時間! 京急電鉄が復旧するまでの全ドラマ

写真が雄弁に語る! 脱線事故から全線運転再開までをフォトルポで追う

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9月6日 07:42

事故発生の翌朝。前日から夜通し作業は続いたが、依然として先頭車両とトラックの一部が残されていた

わずか49時間。これは奇跡だろう。

9月5日11時40分頃、大型トラックと京浜急行電鉄の快特電車が横浜市内の踏切で衝突。トラック運転手は死亡、電車は3両が脱線し、乗客ら35人がケガを負う大惨事となった。

トラックは大破して炎上、騒然となる事故現場。そんななか、鉄道ファンから「赤い稲妻」と呼ばれる京急は、愛称に恥じないスピードで復旧作業を行った。

「作業に関わったのはのべ約400人です。JRさんの方から復旧の手伝いや資材の提供などの申し入れをしていただきました。ただ、人員が不足していたわけではないので、こちらで組んだスケジュール通りに進めるほうがいいという判断でお断りさせていただきました」(京浜急行電鉄報道課担当者)

事故発生当日の夜から京急の作業員は作業を続け、翌日の6日午前までに先頭車両以外の7両を車庫に移動させた。

先頭車両は45度傾いて脱線しており、不用意に動かせば完全に倒れてしまう。車両を固定する作業が慎重に行われた。

9月6日21時頃、線路上の作業員から拍手が起こった。

大型クレーンによって吊り上げられた先頭車両が、ゆっくりとレールに戻ったのだ。そこから数十人の作業員が人力で車両を押して、午前2時には車庫に入った。その後、夜通しで線路の改修、点検と試運転が行われた。

そして7日の13時13分。京急の全線で運転が再開した。事故が起きた踏切も何事もなかったように渡ることができた。ただ、路面にはトラックのタイヤ痕が生々しく残されていた。

鉄道ジャーナリストの梅原淳氏が語る。

「復旧作業で一番重要になってくるのは事故車両の撤去です。事故現場が車庫に近かった幸運もありますが、転覆しなかったことが復旧の早さの大きな理由でしょう。京急のレールは、左右の幅が広いので車両の重心が安定しているんです。明治時代に開業するとき、国鉄と線路の幅を同じにして乗り入れをするか、スピードを上げるために外国並みの幅にするかという2つの選択肢が京急にはあった。その際、後者を選んでいたんです」

鉄道コンサルタントの至道薫氏もこう指摘する。

「京急は先頭車両にモーターがついています。JRだと先頭車両ではない場合も多い。モーターは何百キロもあるので、その分だけ先頭車両の重心が下がり、脱線しにくい。また京急の車両には、台車にボルスタ(枕ばり)がついています。これが1トンほどの重さ。コストはかかりますが、車両の安定性が増します。それが、今回も転覆しなかった要因の一つだと考えられます。京急独自の安全哲学が復旧の早さにつながったのだと思います」

犠牲者が少なかったのは、偶然ではなく、必然だったのだ。

9月5日 18:02

事故当日夕方、京急の作業員が撤去作業の準備を進めていた。車両基地が近かったことも、素早い復旧の要因

9月6日 07:30

厳しい残暑のなか、クレーン車を使いながら、大破したトラックの撤去を着実に進めていく作業員たち

9月9日 12:12

|8日の始発から、京急のダイヤは通常運行に戻った。翌9日も事故現場の近くには花束が供えられていた

『FRIDAY』2019年9月27日号より

  • 撮影蓮尾真司、濱﨑慎治

Photo Gallary4

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