恩師にアイルランド戦のチケットを贈ったラグビー代表・流大の決意 | FRIDAYデジタル

恩師にアイルランド戦のチケットを贈ったラグビー代表・流大の決意

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ロシアとのW杯開幕戦を勝利で飾ったラグビー日本代表。スタメンでスクラムハーフを務めたのは流大だった。身長166cm、体重74kgと小柄ながらジャパンを引っ張る流は、28日に行われるアイルランド戦にある特別な想いを秘めていた。

ロシアとの開幕戦、スタメンでスクラムハーフを務めた流大
ロシアとの開幕戦、スタメンでスクラムハーフを務めた流大

先頭に立って、「大きく」豊かな「流れ」を生み出す存在

印象的な二文字の名前は、「ながれ・ゆたか」と読む。先頭に立って仲間を束ね、大きく豊かな流れを生み出す。その名の通りのチームのリーダーとして、いまや日本ラグビー界を代表する選手のひとりとなった。

福岡県の久留米市に生まれ、小学校2年生の時に地元のりんどうヤングラガーズでラグビーを始めた。中学まで同クラブでプレーし、高校は熊本県立荒尾高校(現岱志高校)に進学。1年の春からレギュラーになり、2、3年時は冬の全国大会(花園)に出場、3年時はキャプテンも務めている。

帝京大では2年時にU20日本代表に選出され、世界大会を経験。最終学年では主将として、大学選手権6連覇の偉業を達成した。卒業後はトップリーグの強豪サントリーサンゴリアスに加入し、2年目にしてキャプテンに就任。その年にチームを全勝で4年ぶりのトップリーグ王者へと導き、さらに翌年には連覇も果たした。

所属するチームで常にリーダーを任されてきたのは、並外れた向上心の高さゆえだ。うまくなりたいという気持ちを誰よりも強く持ち、どんな時も最大限の努力を続けられる。その真摯な姿勢が周囲に好影響をもたらし、チームを正しい方向へと押し進める。

ラグビーワールドカップ2019日本大会のオープニングマッチとなる9月20日のロシア戦では、田中史朗、茂野海人のライバル2人を抑えてSHの先発に指名された。今大会における日本代表の未来を左右する大一番に流を起用した理由について、ジェイミー・ジョセフヘッドコーチはこう語っている。

「流はコミュニケーション能力が高く、自信を持っている選手。大きな重圧がかかる試合では、彼のような存在が必要だ」

“声”に釘付けになった

流の声はグラウンドによく響き渡ると恩師は語った
流の声はグラウンドによく響き渡ると恩師は語った

荒尾高校ラグビー部の徳井清明監督が初めて流のプレーを目にしたのは、りんどうヤングラガーズでの試合だった。もっとも、当初の目的はりんどう出身の荒尾高校の1年生部員の弟、つまり別の選手を見に行くため。しかしいざ試合が始まると、中学3年生だった流の姿にたちまち引き込まれた。

SHとして繰り出すパスのキレのいい球筋も魅力的だったが、何より徳井監督が目を、正確には耳を奪われたのは、グラウンドによく通る“声”だった。

「周囲に指示の声を出しながらプレーするためには、自分のことだけじゃなく、全体を俯瞰しながら複合的な判断ができないといけない。その部分にセンスを感じました。クレバーだし、スマートだな、と。体格やスピードではなく、声ですごいと思わせる選手は珍しい。絶対この子はジャパンにしないと、そう思いました」(徳井監督、以下カッコ内は同)

徳井監督にとって幸運だったのは、当時の流はヒザにケガを抱え試合に出られない時期があったため、福岡県の選抜チームに入っておらず、強豪高校のスカウト網にかかっていなかったことだ。

「試合を見たのが6月で、その日は見ただけで帰りました。初めて話をしたのは10月。熊本で行われた県選抜チームによる九州大会に流がお母さんと観戦に来ていたので声をかけたのですが、その時は『どこの田舎の先生だろう』という感じだったと思いますよ(笑)。でもその後に、ウチに来ているりんどう出身の子の保護者がいろいろ話をしてくれたみたいで。中学校の許可をもらって11月に家にあいさつに行ったところ、そこで決めてくれたようです」

才能を最大限に生かせる才能を持っている

海外の選手と比べると、流れの体格はかなり小さめ
海外の選手と比べると、流れの体格はかなり小さめ

高校生活における流は、悪いところを探すのが困難なほどの模範的生徒だったという。入学当初の学業成績は上位ではなかったものの、1年の3学期からは所属する体育コースでダントツの1番に。以後、卒業するまでずっとその状態をキープした。

「こちらが一(いち)言えば、三、四、五を自分で考えて行動する。そして絶対に手を抜かない。時間がないからと、通学の電車の中で勉強していたようです」

そうした姿勢はラグビーでも一貫していた。目標から逆算してすべきことや必要なことを、淡々と、妥協なく、ひたむきにまっとうする。「その延長線上に今の流があるのかな、と思います」と徳井監督は言う。

「器用じゃないけど、努力の仕方が一流。当たり前の努力を、スペシャルなところまで積み重ねられる。才能で言えば、もっとすごい子はいます。でも流は、自分の才能を最大限に生かせる才能を持っている。だから、あれだけ自分のマックスの状態で前進し続けているんだと思います」

心配された膝のケガは、結果的に高校3年間で一度も再発することはなかった。ここでも、流の実直な性格が大きな要因となった

「将来を見据えて、ケガをさせないよう大事に育てなければ、という意識はありましたが、だからといって温室でぬくぬくとさせていたわけじゃありません。ケガを予防するためのトレーニングをチーム全体でやっていて、流は素直で真面目で前向きだから、『こうしなさい』と言ったことに100%で取り組んだ。結果的に体ができてくるに連れて、ヒザのことは気にならなくなりました」

恩師に贈ったW杯のチケット

最初に見た時に抱いた「この子は絶対にジャパンになる」との思いを見事に実現し、日本代表の中でも中心的存在となった流。そんな教え子のたのもしい姿に、徳井監督は「順調に、すくすく成長しよるな、という感じ」と目を細める。

「インタビュー記事などでの発言を見ても、あいつらしく成長していってるな、と思います。勘違いしたり、天狗になったりということがない。やっぱりユタカはユタカだな、と。体がでかくなったやん、というくらいで、全然変わらない。そこがいい」

今回のラグビーワールドカップに際しては、9月28日に静岡のエコパスタジアムで行われる日本代表対アイルランド代表戦のチケットを、流が用意してくれたという。現在世界ランキング1位の強豪と最高の舞台で激突する一戦に、かつて指導した選手が出場するとなれば――指導者にとってこれ以上の喜びはないだろう。

「『先生が行ける日を教えてください』と言われて、送ってくれたんです。出たらドキドキするでしょうね。そこで勝ったら…もう死んでもいい(笑)」

満員の観客席から、ピッチへ大声援が降り注ぐ。その中でもきっと、懐かしいあの声は恩師の耳に届くはずだ。

  • 取材・文直江光信

    1975年熊本市生まれ。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。現在、ラグビーマガジンを中心にフリーランスの記者として活動している。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)

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