智弁和歌山 高嶋仁は史上最強の監督になった

甲子園最多の68勝をあげて、70歳を超えてもまったく衰えない

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練習前に選手を集め自身の高校時代の経験などを語ることも。左後方に立つのは、教え子で楽天などで活躍した中谷仁コーチ


「高嶋監督は智弁和歌山のピッチングマシーンを、最速160kmに設定させています。そんな超高速ボールと140km超のスライダーを、選手は長い日だと約2時間打ち続ける。他のチームがマネしても、2週間で音を上げてしまうそうです。しかし高嶋監督は打てるようになるまで、半年かかろうと1年かかろうとやらせる。だから選手が、試合で相手投手を見て『遅い』と感じることはあっても、『速い』と気後れすることはないんです」

智弁和歌山の高嶋仁監督(71)を何度か取材した、ノンフィクションライターの中村計氏が語る。

強打の智弁和歌山は、今春の甲子園でも力を発揮した。4月3日の準決勝では、東海大相模(神奈川県)を乱打戦の末12対10で撃破。決勝では大阪桐蔭に敗れたものの、これで70歳を過ぎた闘将・高嶋監督があげた甲子園通算勝利数は歴代最多の68となり名実ともに史上最強監督となったのだ。

「大会前も相当な練習量を課します。練習試合がある日でも学校に帰ってから練習させるなど、鍛えに鍛えるんです。甲子園に行ったら練習場の割り当てが2時間しかないので、練習量が途端に減る。そうすると身体をいじめていた分、スッとラクになる。高嶋監督は『和歌山で苦労し甲子園で強くなる』と話しています」(中村氏)

智弁和歌山にも低迷期があった。’11年夏から甲子園で白星があげられない。’15年夏の対津商(三重県)戦では、同校史上ワーストの7失策で初戦敗退。直後に高嶋監督が、「体力低下」を理由に辞意を表明する騒ぎとなった(後に撤回)。

「高嶋監督も『何かを変えなければいけない』と悩んでいたようです。そこで招聘したのが同校OBで、楽天で野村克也監督からデータの重要性を学んだ捕手の中谷仁さんでした」(スポーツ紙記者)

’17年4月に智弁和歌山のコーチに就任した中谷氏は、試合のたびに「なぜ打てたのか、なぜ抑えられたのか、1球1球の意味を考えろ」と選手に求める。そうして得たデータの蓄積から、「相手打線に左打者が多い時の攻め方」「カーブを得意とする投手の攻略法」など試合前に具体的な戦略を立てるようになった。最近、高嶋監督は親しい記者にこう語っている。


「これまでは『勝つ気あるんか!』と声を荒らげ、結果ばかりにこだわっとった。今は試合前の準備を重視している。(中谷コーチという)いい軍師を見つけられました」

70歳を過ぎても成長し続けられるのが、名将たるゆえんだろう。

東海大相模を破った準決勝後。試合中に「これで負けたら帰ってシゴキだぞ!」と選手に檄を飛ばす場面も

写真:時事通信社

 

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