佐賀県武雄市発 「人違い殺人事件」のあまりにも杜撰な背景

平成を振り返る ノンフィクションライター・小野一光「凶悪事件」の現場から 第25回

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

佐賀県武雄市の病院で起きた「人違い殺人」。地元チームでのラグビーでアキレス腱をケガした一般人が、暴力団関係者と間違えられて射殺されるというショッキングなものだった。事件発生から犯人逮捕、判決確定までの経緯をノンフィクションライター・小野一光氏が明らかにする。

病院の防犯カメラに写っていた容疑者の姿

2007年11月8日の朝、佐賀県武雄市の病院に不審者が侵入し、入院患者の酒井博さん(仮名、死亡時34)を射殺するという事件が発生した。事件のことを知り、現地に飛んだ私に佐賀県警担当記者は言う。

「当時、病院には2階に看護師が2名、1階に医師と数人のスタッフがいました。銃声を聞いて、酒井さんがいる個室に看護師がかけつけた時には、仰向けの状態で両手を伸ばしてベッド脇の床で倒れており、床は血だらけだったそうです」

発射された弾は4発で、38口径。現場に薬莢が残っていないことから回転式拳銃だとみられるという。4発のうち2発は酒井さんの肩などに当たり、残り2発は外れて院外の建物に当たっていた。しかも、あとになって使用された銃弾が”メタルジャケット”と呼ばれる、特殊なものであることがわかった。

「弾芯の鉛を真鍮で覆っているのがメタルジャケットの特徴。回転しながら体を貫くので、腹部など柔らかい部分に当たると、直径5㎝くらいの穴が開く。殺傷力が高く、殺人に使われると罪が重くなります」(銃器専門家)

先の記者は看護師が犯人を目撃していたと説明する。

「サングラスに帽子という不審な格好でしたが、走ったりではなく、普通に淡々と歩いて出て行ったため、当初、犯人という認識はなかったようです。また、犯人の男はポケットに手を入れ、落ち着いた様子だったとも聞いています」

実際、病院の玄関に取付けられた防犯カメラには、悠然と院外に出ていく犯人の姿が写っていた。身長は160㎝~170㎝の小太り体型で、サングラスをかけ、黒のニット帽を被っており、茶色のジャンパーにベージュのズボンという姿が見てとれる。犯人は駐車場に停めていた白いトヨタのクラウンで走り去ったが、ナンバーは偽装されていた。

犯人が撃った銃弾は、40メートル離れた建物の窓も割った

拳銃を使った手練れの犯行ということで、犯人は暴力団と関わりのある”プロ”ではないかと推測されたが、被害者の酒井さんには、そうした集団から命を狙われる理由はまったくなかった。酒井さんは住宅の雨どいや屋根を葺く建築板金の仕事に就いており、そのかたわら地元の消防団で活動するなど、地域に貢献していた。記者は言う。

「酒井さんは地元のラグビーチームに入っており、そこでのプレーでアキレス腱を切り、入院していました。子煩悩で、よく家の近くで息子たちとキャッチボールをする姿が目撃されています。また、学校行事などのPTA活動にも積極的に参加しており、近隣の評判もいい人物。暴力団関係者との付き合いもないことから、県警は”人違い殺人”の可能性を疑っています」

その当時、06年5月に福岡県久留米市に本部を置く九州最大規模の指定暴力団・道仁会で、会長交代を巡って内紛が勃発。同会を離脱した組員らが九州誠道会(当時)を結成し、道仁会と対立していた。そうした流れのなかで、福岡、佐賀、熊本など九州各地で銃撃事件が多発しており、07年8月には福岡県福岡市で、道仁会3代目会長が路上で銃撃されて死亡する事件も起きていた。同記者は続ける。

「酒井さんが殺害された個室の部屋に、先月まで暴力団関係者と親交のある人物が入院していました。犯人はその人物を狙ったのではないかとの説があります。実際、警察には暴力団抗争との関連を匂わす情報が提供されているそうです」

この事件の取材段階では犯人の特定に至ったとの情報は得られず、現地の暴力団事情に詳しい人物に対する取材に終始した。そのなかで前に入院していた人物についての詳細や、具体的な組内部の情報などが出てきたが、今回の犯行に繋がることが確定した情報ではないため、記事に反映されることはなかった。

ただし取材相手の誰もが、なんの関係もない民間人が”人違い”で殺害されたとの認識を抱いていることは一致しており、そのことで暴力団内部に動揺が広がっているとの情報はあった。なかには、「(防犯カメラに)犯人の映像が残っているため、身代わりを出すわけにもいかないというのが、とくに痛手となっているようだ」とのコメントもあったことを記しておく。

ちなみに、事件が解決したのは、犯行から17日後の11月25日のこと。佐賀県に隣接する福岡県内で、道仁会系組員・太田靖男(仮名、逮捕時61)が、回転式拳銃を所持していたとして、福岡県警に銃刀法違反容疑で逮捕されたのである。太田については、事前に佐賀県警が犯行への関与を特定し、22日に逮捕状を取って行方を探している最中のことだった。福岡県警担当記者は語る。

「25日の未明、福岡県大野城市のネットカフェの駐車場で、車から降りた太田を自動車警ら隊員が職務質問をして、もみ合いになりました。そこで太田が回転式拳銃を取り出し、上空に向けて1発撃ったところで取り押さえられ、逮捕されました。太田は別の回転式拳銃と銃弾20数発を所持しており、それらが押収されています」

送検される太田。2010年に無期懲役の判決が確定した

太田は同年8月に殺された道仁会3代目会長の報復を決意して拳銃を入手し、九州誠道会トップの殺害を計画していたが、居場所などの情報を得られないでいたところ、同会系の企業舎弟が、武雄市の××病院×号室に入院中との情報を得て、狙いを切り替えたのだった。

とはいえ、犯行に至る経緯は極めて杜撰だ。太田は事前に2度ほど病院を下見していたが、外観を見るだけで、狙っている相手の顔や、実際に×号室に入院している人物の名前も確認せず犯行に及んでおり、取り調べに対して、「その人(酒井さん)を見るのは初めてだったが、×号室の人物に間違いないと思って撃った」と供述している。

08年には佐賀地裁でこの事件の裁判が行われ、太田には懲役24年(求刑・無期懲役)の判決が言い渡されたが、検察、弁護側双方が量刑不当として控訴。09年に福岡高裁は1審判決を破棄し、無期懲役を言い渡している。その後、最高裁も上告を棄却したことから、10年に無期懲役判決が確定した。

なお、太田は一連の裁判中に癌による余命宣告を受けており、14年8月に医療刑務所で死亡している。

  • 取材・文小野一光

    1966年生まれ。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。アフガン内戦や東日本大震災、さまざまな事件現場で取材を行う。主な著書に『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)、『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』 (幻冬舎新書)、『連続殺人犯』(文春文庫)ほか

Photo Gallary3

share icon記事をシェアする

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事