職場に、ネットに、「他人を攻撃せずにはいられない人」が増殖中

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2013年に出版された『他人を攻撃せずにはいられない人』という本が売れ続けている。職場や家族、友人のなかに潜む“害になる人”を解説したこの本は26万部を突破し、Amazonの読者コメントには未だに書き込みが続く。刊行から6年を経た今、攻撃欲のある人に何か変化はあったのか。著者である精神科医の片田珠美先生に、最近の傾向を聞いた。 

写真:アフロ

至る所で起きている“怒りの置き換え”という現象

「いちばん変わったと感じるのは、“怒りの置き換え”が増え、至る所で起きていることです。 

“怒りの置き換え”とは、怒りを感じたときに、本来は原因となった当事者に感情をぶつけるのが筋なのに、恐怖を感じたり、リスクがあったりしてできない場合、他の人に感情をぶつけて心のバランスを取ろうとすることです。つまり、より弱い相手に怒りを方向転換してぶつけるのです」(片田珠美先生 以下同)

たとえば上司の言動に腹が立ったら上司に対して怒りをぶつけるのが筋だが、それをすると異動させられるといったリスクがある場合、自分より弱い立場の人間に感情をぶつけてしまう。そんな現象が急増している。

「千葉県で起こった心愛ちゃん虐待死事件もそうです。栗原勇一郎被告は非常に外づらがよかった。外づらがいいということは怒りを抑圧しているわけですから、それをどこかで出さなければならず、方向転換して子どもに向けました。 

川崎市で起きた、カリタス学園の小学生の集団を狙った無差別殺人事件も同様です。容疑者は、一緒に育ったいとこが同校に通っていました。いとことの間に格差があると彼は感じていたようで、それに対して強い怒りを覚えていましたが、いとこに向けるわけにはいかず、方向転換して同じ学校に通う子どもたちにぶつけたのでしょう。しかも、彼のように自殺願望があり、失うものが何もない人、いわゆる“無敵の人”は歯止めが利かないので、いちばん怖いんです 

最近よくあるあおり運転も、怒りの方向転換のひとつだという。

「最近では宮崎文夫容疑者の事件がありましたが、彼は有名な進学校に進み、裕福な環境で育ちました。けれど社会に出てからの成功経験がない。だから、自分を認めてほしいという承認欲求が満たされず、強い欲求不満と怒りを抱いていたように見えます。その怒りの矛先をどこに向ければいいのかわからず、うっぷん晴らしのために高級車を乗り回し、あおり運転を繰り返したのでしょう」

鬱屈を増幅させる原因は、先が見えない閉塞感と孤立化にある

本が発売された2013年より事態は悪化していると感じるが、その原因はどこにあるのだろうか。

「当時より将来に対する不安が強くなっています。あの頃はアベノミクスが始まったばかりで、大企業が潤えば下に降りてくるというトリクルダウンにも期待がもてました。 

しかし景気はよくならず、二極化が進み、年金額にも不安がある。怒りや不安を溜め込む人が増えるのは当然です。バブル崩壊後、失われた10年、20年と言っているうちに30年が経ち、ひとり当たりの個人所得もどんどん落ちています。ある種のあきらめに基づく鬱屈なので、内側に向けて溜め込むしかないわけです。日本社会の先が見えない閉塞感は、非常に大きな原因のひとつといえます。 

もうひとつの原因は孤立化です。たとえば昭和の時代ならば、企業は疑似家族のような感じで、職場の仲間意識も強く、みんなで飲みに行き、愚痴を言い合うことでうっぷん晴らしができました。今は上司が声をかけるだけでパワハラになる危険性もあり、そんなことさえできません」

同調圧力の強い日本人の国民性が、負の連鎖を招く

昨今の年金問題ではデモやストライキが起こっても仕方がない状況のように見えるが、日本人がそれをしない理由は国民性にあると片田先生は言う。

「韓国では“ろうそく革命”などといって、大統領に対してちゃんと抗議をしています。激しすぎるようにも見えますが、ああいう形で怒りを出すことも時には必要です。一方、日本は元々農耕社会で、揉めると田植えのときに助けてもらえないし、水も回してもらえなかった。“和をもって尊しとなす”という言葉が、聖徳太子が制定したとされる『十七条憲法』にありますが、同調圧力が非常に強く、怒りを出すのはよくないことだと刷り込まれてきました」

“怒りの置き換え”が怖いのは、本来怒りを向けるべき対象に対して感情をぶつけることをしないため、やってもやっても心が満たされないからだ。

「たとえばネットの炎上もそのひとつです。最近では吉本興業の件がありましたが、相手は誰でもよくて、とにかくバッシングすることで憂さ晴らしをする。しかも“自分は正しいことを言っている”という気持ちがある。正義を振りかざすと、ものすごい快感を覚えます。しかし、本来怒りを向けるべき対象に文句を言っているわけではないので、怒りが消えてなくなるわけではない。そのため、次々と新しい“獲物”を探すしかないのです」 

夫のトランプ氏が大統領選に出馬して以来、インターネット上で数え切れない誹謗中傷を受けたメラニア夫人。その経験を踏まえ現在は、ネットいじめ問題に取り組んでいる(写真:アフロ)

さらに、負の連鎖が無限に弱い方向へと続く点も恐ろしい。

「職場の場合ですと、“怒りの置き換え”は上司→部下→新入社員→派遣や契約社員→パートやアルバイトへ、という図式です。そして今起こっているのがカスハラ(カスタマー・ハラスメント)と呼ばれるサービス業の人たちに怒りをぶつける行為です。コンビニやデパート、飲食店などで難癖をつけ、土下座をさせたり、怒鳴りつけたりする人がよくニュースで取り上げられますよね」

自分が職場等で被害を受けた時の対処法を知っておこう

聞けば聞くほどやりきれなくなるが、自分がターゲットにされないため、されたときの防御策はあるのだろうか。

「まず、自分が攻撃されているという事実に気づくことです。最近は、“あなたのために言ってあげている”などといい人を装いながら無理難題を押しつけるような巧妙な攻撃が増えています。そういう言葉を信じて働いているうちに、出社しようとすると吐き気がする、蕁麻しんが出るなど、身体的な症状が現れることもあります。やがて体がボロボロになって、初めて攻撃を受けていることに気づく人もいるようです。そんな時は、距離を置く、異動願いを出すなど、“逃げること”もひとつの方法です。 

それから、誰かに話を聞いてもらうことも大切です。職場の同僚が難しいなら、他の職場の人や学生時代の友達に相談できるようにつながりを持っておくこと。人と話すという行為は非常に大切です。ネット社会になり、電話をしなくなったことで、コミュニケーション能力が落ちてきているように見えます。

また、直属ではなく斜め上の上司と人間関係を作るのも大切です。万一直属の上司から攻撃されても、別の部署の上司に相談して身を守ることができるでしょう」

覚えておきたい“モンスターの3つの特徴”

誰もがどこかで“うっぷん晴らし”をせずにはいられない現状で、モンスターになる人と、そうでない人との境目は一体どこにあるのか。

「モンスターになってしまう人には3つの特徴があります。 

1_怒りを蓄積してしまう。

怒りが溜まりすぎると衝動コントロールができずに爆発しやすくなります。 

2_タイムコストを考えられない。

ここで文句を言うと時間がかかるが、それによってどれだけのメリットがあるのかを冷静に判断することができません。 

3_想像力の欠如。

自分の言動が相手の怒りや反感を買う可能性に想像力を働かせることができません。核家族化が進み、日本人は親戚付き合いや近所付き合いを面倒だと切り捨ててきましたが、実はそのなかで自然に人との付き合い方を学んでいたのです。加えて、たとえば自分の言動を撮影した動画を拡散されると、大切なものを失いかねないが、そういう事態を想像できないのも問題です」

被害者と加害者は、実は紙一重。明日、あなたが無意識のうちに加害者になってしまう可能性も、充分考えられるのだ。

片田珠美 精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院 人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。パリ第八大学でラカン派の精神分析を学び、DEA(専門研究課程修了証書)取得。精神科医として臨床に携わり、その経験に基づいて犯罪心理や心の病の構造を分析する。『怖い凡人』(ワニブックスPLUS新書)など著書多数。近著に『子どもを攻撃せずにはいられない親』(PHP新書)がある。

  • 取材井出千昌

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