地元・愛知で大活躍! ラグビー姫野和樹が秘めた「無限の可能性」

藤島大『ラグビー 男たちの肖像』

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1トライ、2つのジャッカルを決めるなどサモア戦大活躍だった姫野和樹

突進、激突、また突進

ワールドカップが始まった。

開会式の2時間前、JR中央線の武蔵境駅から会場の東京スタジアムへ向かうシャトルバスに乗った。車中、ふたりの女性が目の前の席で会話を弾ませている。そろってジャパンのレプリカのジャージィ。つり革につかまり車窓を眺めながらこっそりと耳を傾ける。「ナゴヤドームなら家から自転車でなんとか行ける」。これでどこからやってきたかがわかった。やがて、どちらかが笑いながら言った。「なんでこんなに楽しいんだろう。まだ1試合も観てないけど」。

ざっと5時間後、開幕戦のジャパンはロシアを30対10で破った。あの女性たちはさぞや満足しただろう。名古屋出身、中村区の公立中学にかつて学んだ男が、あらためて特大の潜在力を見せつけたのだから。

姫野和樹。ナンバー8。突進、激突、また突進の任務をまっとうした。何かでパンパンにふくらんだ麻袋が複数の労働者の腕で宙に放られ、どんどん積み上げられていく。繰り返されるゲイン獲得にそんなイメージが浮かんだ。重いのに宙を飛ぶ。眼前の防御の人垣をそこにないものとさせた。

この夜、ジャパンの先発に南アフリカなど海外出身者は8人を数えた。ロシアのフォワードは全員が格闘家の体格と腕力を誇る。そうであるのに芝の上の計30人において最高の「突破者」は、トヨタ自動車ヴェルブリッツ所属のこの人なのだった(次点はロシアの7番、格闘技出身のタギル・ガジエフ。欧州のクラブがきっと獲得に動くだろう)。

終了後の取材スペースで多数が囲んだ。みんな極上マグロに入札の手を挙げる仲買人みたいに録音機を突き出している。

ある記者が確かめた。ボールキャリー(球を持っての前進)には、さらに自信を深めたのでは? 答えがよかった。

「ボールキャリーにはもともと自信を持っていて僕の武器だと言えるので」

さりげない口調、そして続けた。

「あとは自分の持ち味をしっかり出せるようにメンタルの準備をしなくてはならないと思います」

チーム随一の計113mのラン。データの証明する充実にも、実は、メンタリティーの起伏はあった。

開始のキックオフ。ロシアの蹴り込んだボールが足元にはねてそれを落とした。そこからジャパンはリズムをなくし、ミスは連鎖、ロシアに先制を許す。

「最初にミスして、本当、メンタル的にも、ま、あの、きましたけど、ただ、あのノックオンで吹っ切れました」

相手が強力なほど力を発揮する

直前の国歌斉唱。

「この4年間、やってきたことが走馬灯のように頭をめぐりました。自然に涙が流れてきてしまって。気持ちの上がり具合が高過ぎましたね」

それは緊張?

「というよりも気持ちが上がり過ぎてしまったのが大きいかなと。初めてのワールドカップなので。それでファーストプレーの視野が狭くなった。そこのメンタルのコントロールがきょうの反省です」

緊張と火を噴く闘争心とは表裏の関係であり、隣人でもあって、なお別次元の心理である。ジャパンの背番号8の過度の高揚を救ったのは、しょっぱなの落球であった。

「メンタルを切り替えました。思い切ってやろう。ミスしても構わない。僕が前へ出たらチームも勢いづくだろうと。まあ、勝てたから、いい経験になったと言えますね」

愛知の春日丘高校(当時)を経て帝京大学へと進んだ。在学中、4年前のイングランド大会に向けた代表合宿にも呼ばれている。負傷もあって選にはもれた。伝説の南アフリカ戦は寮のテレビで観戦した。近くにあったものが遠い存在となっていた。

25歳。世間では若者の範疇だ。しかし一流競技者の凝縮した時間では「満を持す」感覚は確かにあった。ひととき、それは気負いとノックオンに結ばれ、ほどなく、いや、ただちに際立つ推進力へと昇華する。闘争のきわめて正当な過程である。

9月28日。世界ランク2位のアイルランドとぶつかる。「自分たちの力を100%出し切ることができれば、かなりチャンスはあると思う」。自然体の発言だ。

姫野和樹について知っていることがある。

すなわち対戦相手が強力であればあるほど力を発揮する。スーパーラグビーでもテストマッチでも強豪と戦うと精彩を放つ。他方、国内のトップリーグでマークされたり、細部を研究されると、もちろんジャパンにふさわしい活躍はするのだが、怪物性というところに至らぬ場合もある。

ワールドカップのアイルランド戦は格好の舞台である。出場さえかなえば、ダブリンからやってきた記者のワープロに「Himeno」は単語登録される。

無限の可能性。安易な誇張かもしれない。でも、本稿主人公にはつい用いたくなる。オールブラックスと戦うと、試合の途中に、オールブラックス級のぶちかましを身につけてしまうのだ。

姫野和樹を育てるのは敵である。だから頼もしい味方なのである。

※週刊現代2019年10月5日号(9月27日発売)より

週刊現代の最新情報はコチラ

サモア選手相手にも怯まない勇敢なタックルを仕掛ける背番号8の姫野
  • 藤島大

    1961年東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。雑誌記者、スポーツ紙記者を経てフリーに。国立高校や早稲田大学のラグビー部のコーチも務めた。J SPORTSなどでラグビー中継解説を行う。著書に『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』(文藝春秋)、『スポーツ発熱地図』(ポプラ社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)など

  • 撮影渡部薫

Photo Gallary2

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