問題大アリ! 「公式戦での引退試合」は、なぜダメなのか?

長嶋茂雄以降の引退試合、大相撲のケースを参照しながら、ライター広尾晃氏が丁寧に解説する。

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ロッテの福浦和也。昨年2000本安打を達成するも引退せず。今年の1軍出場は9月23日の1試合のみだった

近年、とみに増えてきた「公式戦での引退試合」。真剣勝負である公式戦の尊厳、記録の価値という側面からこの問題を考える。

千葉ロッテマリーンズの福浦和也が引退した。千葉県出身で千葉の習志野高校からドラフト下位でロッテに入って26年、生え抜き選手では榎本喜八、有藤通世に次いで3人目の2000本安打を達成した。
本拠地が千葉に移転した直後の、球団職員がチケットを配ってもなかなかお客が来なかった時代からずっと試合に出場。一塁守備の名手として鮮やかなミットさばきで球場を沸かしたし、「幕張の安打製造機」と呼ばれる広角打法でもチームに貢献した。
ここ数年は、ネクストサークルに福浦の姿が現れるだけで球場が沸いた。まさにレジェンド。昨年、2000本ちょうどでシーズンを終えたが、今季は二軍打撃コーチ兼任で現役を続行。ただし、今季限りでの引退も予告していた。

そして9月23日、本拠地ZOZOマリンスタジアムでの日本ハム戦、福浦は2018年9月22日の西武戦以来1年ぶりで一軍公式戦に、7番DHで出場した。4打席で安打は出なかったが、9回には守りにつき、一塁ライナーを好捕している。試合後は盛大な引退セレモニーが行われた。

千葉のファンに愛された福浦の功績をたたえるセレモニーとしては、素晴らしかったのだろうが、この試合は公式戦だった。しかもロッテは、楽天と3位争いをしていた。残り試合はこの試合も含め2試合。この試合を落とせば4位が決定するところだった。
この重要な試合で、1年ぶりに試合に出た44歳の福浦が致命的なミスを犯したらどうなっていたのか?

同じ日、広島でもクローザーとして長くチームに貢献した永川勝浩が、中日戦で引退試合を行った。広島も中日、阪神と3位の座を争っている。やはり残り試合は2、負けるとポストシーズン進出に黄信号がともる試合だった。
広島は永川を先発させた。永川も今季は一軍昇格がなく、前年の10月4日以来だった。救援専門の永川が先発のマウンドに上がるのは、2005年以来14年ぶりだった。
永川は中日の大島洋平を3球で一ゴロに仕留めてマウンドを降りた。
しかし、このケースでも、38歳の永川が大島から先頭打者ホームランを喰らって、それが決勝打になったらどうするのだろうと思った。
2007年10月6日の広島、佐々岡真司の引退試合で、横浜の村田修一が本塁打を打ったこともある。むしろ打者が忖度して凡退したらその方が問題だ。

筆者は功績のある選手が引退に際して、ファンから盛大な祝福を受けることに何ら異論をさしはさむ気はない。しかしそれを公式戦で、それも順位決定がかかった重要な試合で行うのは、適切なことかどうかを問いたい。

公式戦を「引退試合」にした例は、長嶋茂雄までさかのぼる。長嶋は1974年10月12日、巨人のV10がなくなった日に引退を表明。2日後の14日のシーズン最終のダブルヘッダー2試合目を引退試合にした。試合後、「巨人軍は永久に不滅です」という有名な言葉を発して球場を一周した。
しかしこれは特例中の特例だった。長嶋以外に公式戦を「引退試合」にする例は長く出なかった。

1974年10月14日、引退セレモニーでの長嶋茂雄。いまはない後楽園球場にて

これとは別にNPBには「引退試合」という規定があった。
NPBのFA権の先駆けともいうべき「10年選手」の資格を有する選手は、引退時に「引退試合」をすることができたのだ。

— 日本プロフェッショナル野球協約 第97 – 100条
顕著な功績をもつすべての10年選手は所属クラブとの合意に基づき、かつ最終的に現役を引退するにさいし、希望する地域において毎年11月15日以後エキジビションゲームとして引退試合を主催し、その収益金を取得することができる。

この制度の適用を受けて千葉茂、藤村富美男などの名選手が引退試合を行っている。長嶋茂雄は行っていない。

この制度は、大相撲の引退相撲を参考に作られたと思われる。
大相撲では、功績のあった力士は国技館で引退相撲を行う。関取衆はノーギャラでこれに出場し、経費を差し引いた収益を、引退する力士に功労金として贈呈する。
ちなみに大相撲では一度引退を口にした力士は二度と本場所の土俵に上がれない。命がけの勝負をする土俵に、闘争心を失った力士が上がるのは危険だし、相手力士にも失礼だからだ。この掟は極めて厳しく、戦前には不行跡で髷を切って廃業した幕内力士清水川が行いを改めて復帰を求めたが、協会側は頑として受け付けず、最後は清水川の父が嘆願書を残して自殺する騒ぎとなった。この事態に相撲協会は特例として復帰を認め、清水川は大関にまで昇進している。

プロ野球の引退試合は1975年から廃止された。以後の引退選手は、例年11月に行われるファン感謝デーや翌年春のオープン戦などの際のセレモニーで、ファンに別れを告げるのが恒例だった。
王貞治、張本勲、野村克也、江夏豊、落合博満など球史に残る大選手も引退試合を行っていない。
1986年、広島の山本浩二は、日本シリーズの最終戦まで進退を明らかにしなかったが、試合終了後に引退を表明。翌春のオープン戦で「引退試合」を行っている。これは野球協約に則ったものではなく、球団が非公式で行ったものだ。

しかし近年、引退する選手が公式戦に出場するケースが散見されるようになった。
各球団のマーケティングが高度化し、「引退」というイベントも「集客目的」で活用されるようになったことが背景にある。

公式戦に、引退を表明した選手を出場させることには、疑問を感じざるを得ない。
引退する投手に対しては、相手打者は空振り三振をすることが多い。相手投手への敬意、あるいは周囲の空気を忖度して、マナーの類だろう。これがオープン戦や、試合前後のセレモニーであれば、何の問題もないが、公式記録が永遠に残る公式戦で行うのは、適切なのか?「勝負」というシンプルなシーンに、その他の雑念を混入させることになっていないか。

また、それが消化試合であれば、目くじらを立てるほどのことでもないかもしれないが、ポストシーズン進出がかかるケースでそれをするのは、どうなのか?

さらに、引退を宣言した選手が、そのシーズンも戦力になっていたのなら、最終戦も出場してファンに別れを告げるのはまだわかるが、今回の福浦や永川のように、1年間まったく一軍でプレーしていない選手が、公式戦に出場するのは、適切なのか?

MLBでも最近は、大物選手がシーズン初めに「今シーズン限りで引退する」と表明することが流行している。
ヤンキースのデレク・ジーター、マリアノ・リベラ、レッドソックスのデビッド・オルティーズなどがその例だ。筆者はそれももろ手を挙げて賛同することはできない。シーズンが深まるとともに、これらの選手が出場する試合は「お別れ興行」の様相を呈することになり、シンプルな勝負に様々な思惑が絡むことになるからだ。
しかしこれらの選手は、現役最終年も一線級の選手であり続け、オルティーズなどは打点王のタイトルを取って引退した。こういう「時価」でも価値のある選手が1年かけてファンに別れを告げるのは、ある程度、容認しなければならないとも思う。
今年のNPBで言えば、日本ハムの田中賢介がシーズン前に今季限りでの引退を表明したが、田中はレギュラーではないにせよ、今シーズンも攻守でチームに貢献した。こういう選手が、最終戦もいつもと同じように試合に出て、試合後にファンに手を振るのは、自然な流れのようにも思う。

NPBは2017年シーズン中に、引退試合を行う選手に限って現在登録している選手を抹消せず1日限定で出場登録選手の枠を超えて登録が可能となる特例措置を発表した。公式戦での「引退試合」を事実上容認したわけだ。

1969年から1970年にかけて、日本のプロ野球は「黒い霧事件」で揺れた。暴力団の誘いで西鉄や東映などの選手が公式戦での八百長に手を染めたのだ。多くの選手が永久追放となった。最も多くの追放選手を出した西鉄ライオンズは経営難に陥り、身売りを余儀なくされた。あの事件からしばらくは「あいつも怪しい」「この試合もおかしい」とファンやメディアも疑心暗鬼に陥ったものだ。

プロ野球界は以後、フェアで健全なスポーツであることを社会に再認識させ、信用を取りもどすために、努力を重ねてきたはずだ。「真剣勝負」にいささかの疑念も差しはさませないようにするために、躍起になってきたはずだ。

それを思えば隔世の感がある。八百長とは性格を異にするとは言え、真剣勝負である公式戦に雑念を混入するようなイベントを、NPB自体が公認しているのだから。
引退選手は、試合前後のセレモニーやファン感謝デー、翌春のオープン戦でファンに別れを告げるだけでなぜいけないのかと思う。
さらに言えば、テレビから新聞まで、メディアが一切異論を唱えないのも非常に不可解だ。

端的に言えば、大相撲のように、引退を口にした選手は以後、公式戦には出場しない方が筋が通っていると思う。
巨人の上原浩治は、5月に引退を宣言し、チームを退団した。出処進退をわきまえているといえる。上原が公式戦で引退試合をしなかったからと言って、彼の輝かしい実績が色あせることはないはずだ。

「公式戦での引退試合」は年とともにエスカレートしている。しかも消化試合以外でのセレモニーが横行している。どこかで歯止めをかけるべきだと切に思う。

今年5月に引退した上原浩治は公式戦での引退試合はせず、引退会見だけを行った

 

  • 広尾 晃(ひろおこう)

    1959年大阪市生まれ。立命館大学卒業。コピーライターやプランナー、ライターとして活動。日米の野球記録を取り上げるブログ「野球の記録で話したい」を執筆している。著書に『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』『巨人軍の巨人 馬場正平』(ともにイーストプレス)、『球数制限 野球の未来が危ない!』(ビジネス社)など。Number Webでコラム「酒の肴に野球の記録」を執筆、東洋経済オンライン等で執筆活動を展開している。

  • 写真アフロ 時事通信社

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