「スクラム番長」長谷川が作りあげたジャパンがアイルランドを押す | FRIDAYデジタル

「スクラム番長」長谷川が作りあげたジャパンがアイルランドを押す

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スクラムを見つめるスーツ姿の男が、長谷川慎スクラムコーチ
スクラムを見つめるスーツ姿の男が、長谷川慎スクラムコーチ

ラグビーワールドカップ日本大会が始まった。日本代表は9月20日、東京スタジアムでの開幕戦でロシア代表に30―10で勝利。28日には静岡・エコパスタジアムで2戦目に挑む。対するはアイルランド代表。2018年の欧州王者だ。

史上初の8強入りを狙う日本代表にとって、避けては通れない大一番。ここで相手が得意とするプレーに、スクラムがある。レフリーの合図とともにフォワードの選手が8対8で組み合い、その真下へ球を転がすプレーだ。前にパスできない競技の構造上、攻防の起点として時に勝負を左右する。

日本代表はアイルランド代表に体格差で劣るものの、スクラムには自信を持つ。力と力の勝負に映る領域で、緻密さを打ち出す。

「相手が70パーセントの力になるように組む。それを3年間やってきた」

こう語るのは、スクラムコーチの長谷川慎だ。

現役時代から日本代表の「スクラム番長」として知られ、選手やコーチとして活躍したサントリーを退社するとフランスへ留学。2011年から当時の清宮克幸監督率いるヤマハで、8人が小さく一体化したシステムを唱えてきた。2016年秋からはジェイミー・ジョセフ体制の日本代表で現職へ就き、同代表を支えながらスーパーラグビー(国際リーグ)に挑むサンウルブズにも2017、18年に携わった。

ワールドカップ突入に至るまで微修正を積み重ねてはきたが、根っこの哲学は変わらない。「力を漏らさない」ことだ。

最前列3名は互いにぴったりとくっつき、揃って腰を落とし、後列5名も一丸となって先頭の3名を前がかりに支える。相手より早く所定の形を作るのも肝で、一度作った塊はぶつかり合った後も崩さない。左プロップの稲垣啓太曰く「攻めるマインド」を持つのを前提としながらも、我慢して、我慢して、大きな相手のつながりがほつれたところで、つまりは「相手が70パーセントの力」になったあたりで押し返す。

長谷川はこうだ。

「(相手との)体重(の差)に目が行きがちですが、そこには慣れていますし、あまり問題じゃない。例えばロック(2列目の2人)のコア(背中から腰までを指す単語か)の長さ、(地面で)踏ん張ってから(膝が)伸びきるところまでの長さが重要。そういうところで、僕らは8人の力を絶対に漏らさない。日本のスクラムは、力を漏らさない」

最近の取材機会ではこうも話す。

「64個のポイントにしっかりとかけたい」

全身の力を活かし切るためか、組み合う前の段階から選手が履くスパイクの「ポイント」のうち先頭の4つを芝に噛ませる。8人がそれを遂行すれば、地面に刺さる「ポイント」の数は「4つ×2(両足)×8(人数)」で「64本」となるわけだ。

情報管理の観点からオープンにしない領域も含め、万事に言語化がなされている。長谷川は「64」について、冗談も交えてこう説明した。

「ポイントが(地面に)かかる組み方か、かからない組み方かによって、ルーティーン(組み合う前の動作)から変わってくる。スクラムでは押す、押されないの間に『ドロー』がある。『ドロー』の時にどれだけ皆のポイントが(地面に)引っかかっているか、足に力が入っているか、足の力が背中に伝えられるかがすごく大事です。上半身だけ、下半身だけで押しても、力は前に届かない。64個のポイントにしっかりとかけたい。前4つ×2×8人。これ、テストに出ます!」

長谷川の教えに舌を巻く代表選手に、ヴァル アサエリ愛がいる。

トンガ出身で日本国籍を持つアサエリは、来日後にスクラム3列目のナンバーエイトから1列目の右プロップへ転向。スクラムでは前方の選手ほど重さと頑健さと経験値が求められるなか、持ち前の器用さを活かして代表の座を掴んでいた。

今度の登録メンバーには、今年に入ってナンバーエイトから左プロップとなった中島イシレリもいる。ヴァルと同じトンガ出身の中島は、難しいコンバートを強いられながらも大会直前に強豪の南アフリカ代表との試合で他と遜色なく組んだ。さらにインタビューの際には、隣のフッカーとの肩の並べ方など長谷川式のメソッドを自分の言い回しで説明していた。理論を把握して実行に移せる。

中島自身が長谷川の指導を「わかりやすいです」とする傍ら、中島と仲の良いヴァルはこう感嘆していた。

「慎さんも中島さんと同じ1番(左プロップ)。中島さんはもともとパワーを持っているから、(あとは)テクニックだけでした。で、そのテクニックを慎さんに教えてもらっている。ヒットされる前にしっかり間合いを詰める。8人で、16本の足で押していく…。そうやったらどんな大きな相手にも押されないというスクラムを、毎日しています。僕も中島さんも、慎さんのおかげでスクラムがよくなったし、何かあったら聞きに行っています」

今年は夏の国際大会で不本意な反則を取られたゆえ、全体の高さを微修正した。さらに8月に網走でおこなわれた直前合宿では、古巣のヤマハとセッション。基本的な形作りを根本から見つめ直した。

「まず、しっかり組むってことが大事。ヤマハ時代に最も言っていたことで、2016年に最初にプレゼンしたことなんですが、これが抜けていたんです。実は僕、選手の前で謝りました。(あらためて)見直したので、(いまは)自信を持って組めると思います」

試合直前には個別に相手の癖を伝えたり、想定される笛の傾向を踏まえて練習したり。「(情報は)選手にプレッシャーがかからない範囲で教えます」と、繊細に舵を取る。

ロシア代表戦では両軍合わせて17回あったスクラム機会を、ほぼほぼ安定させる。少し塊が回ったような局面についても、「ボールも出せたので良かったと思いますよ」と堀江翔太は言う。

フッカーの堀江は、ワールドカップ3大会連続出場中のシニアプレーヤー。対戦国が意見の分かれるような組み方をした際の対策を急務としながら、名セコンドへの信頼感もにじませた。

「向こうのアングル(角度をつけた押し込み)とか、膝がついていたこととか、色々とストレスが溜まっているところで、それに合わせて(自分たちが)どう変化していくかが大変なところ。次に向けてどうするかは慎さんに(聞きます)。…慎さんのあれ(形)じゃなかったら、もっと押されてたんじゃないですか」

現在はチームの目標達成に専念する長谷川だが、自身の手法を後世に伝える必要性も感じている。

「どういうことをやっているかは、できるだけ後に残るようにしなくてはいけないなと思っています。いまの選手がコーチになった時、感覚ではなく言葉で教えられるようにさせたい。自分自身もこれが終わったら、(起こったことを)しっかりとまとめる。いつか、(強豪の)南アフリカ代表、イングランド代表、オールブラックス(ニュージーランド代表)を相手にスクラムトライをして欲しい」

今度のアイルランド代表は、日本のNECで指導経験のあるグレック・フィークスクラムコーチを従え、ジャパンの長谷川式への分析も十分といった様子。一方で長谷川も、2017年の対戦などからアイルランド代表の組み方を掌握する。自分たちの土俵へ持ち込む術は、選手たちにこっそりと伝えているだろう。

これが日本のスクラムだ。世界中にそう誇るための第一歩を、「64本のポイント」で踏み出している。

  • 取材・文向風見也

    スポーツライター。1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとして活躍。主にラグビーについての取材を行なっている。著書に『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー 闘う狼たちの記録』(双葉社)がある

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