「W杯で暴れたる」初先発・山中亮平が友人に告げた並々ならぬ思い

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ロシア戦で突破を図る山中亮平。動きにキレがあった(撮影・渡部薫)

史上初のベスト8を目指すラグビー日本代表が28日、ワールドカップ(W杯)のグループリーグ第2戦で、世界ランク2位のアイルランド代表に挑む。最後の砦に指名されたFB山中亮平にとって、2年間の謹慎、2015年W杯の落選を乗り越えてつかんだ悲願の舞台での初スタメン。W杯のメンバーが発表された直後から、早稲田大学時代の同級生に、あふれんばかりの気迫を示していた。

「(試合に出て)暴れたる!」

この短い台詞の裏に、「暴れたくても、それが許されなかった」山中の挫折、試練がある。名門・東海大仰星高で司令塔として全国大会優勝に輝き、早大入学当時のサイズは185cm、90㎏。FWでも十分通用する大型SOだった。キックも飛び、ロングパスも放れて、ボールを持っても突破できる。1年の最初の公式戦から4年間、背番号10を背負い続け、1、2年時には大学選手権連覇に貢献した。

しかし卒業後、輝かしいラグビー人生が暗転した。プロ契約した名門・神戸製鋼ラグビー部に入部してまもなく、あごひげを伸ばす育毛剤がドーピング違反となり、2年間の資格停止。2011年W杯を約5か月後に控えたタイミングでラグビー部は退部、プロ契約は解除された。当時、GMだった故・平尾誠二氏の尽力もあり、社員として会社には残れたが、ラグビー部のクラブハウスに近づくことさえ禁止された。

数ヵ月を経て、気持ちの整理がつきかけたころ、山中は東京在住の早大の同級生に電話をかけた。

「ちょっとお前の家に泊めてくれないか」

山中はその同級生に対し、自分の犯したミスで招いた現状のもどかしさ、全く先が見えない不安も吐露した。心が揺れ動きながらも、山中は大学時代から信頼を寄せるトレーナーのもとで直接トレーニング方法のレクチャーを受け、1か月分のメニューをもらった。以降、毎月、自費で上京してはメニューを相談し、神戸に戻る生活を約2年間、ひたすら続けた。ボールにも一切触れなかった。家に泊めた早大の同級生が明かす。

「現代ラグビーは年々レベルが上がっていくのに、(山中は)練習もできず、2年間、置き去りにされるわけです。(苦しい境遇を)よく受け入れたな、と思いましたよ。でも一度も『もう、ええわ』と弱音をはかなかった。東京に来るたびに体がでかくなって、腕は丸太のようでした。体重もどんどん増えて、100㎏超えた時期もありましたよ」

関西の自宅に戻れば、「神戸製鋼所総務部」の仕事が待っていた。毎年秋に行われる「神戸マラソン」は、同社が協賛しており、運営の一員を担った。社内に貼ってあるポスターがはがれていたら、付け直す地味な仕事も任された。前出の同級生が続ける。

「(山中が)仕事をさせてもらったことは、めちゃくちゃ大きかったと思うんです。大学時代はスーパースター。好きなラグビーをやるだけで、実績、肩書きなどが勝手についてきた。1年から背番号10をつけて、いわば『王様』のような感じなので、自分さえよければ、という考えが芽生えても仕方がなかった。でもあの2年で、自分本位な部分が完全に消えました。何をするにもどれぐらいの人間が関わっているのか、自分一人ではすべてのことはできないことがわかったと思います」

その変化はプレーにも表れた。象徴的だったのはW杯メンバーが発表される前最後に行われた8月のパシフィックネーションズ杯・米国代表戦。先発した山中は前半、相手がキックしたボールを捕りにいったときにノックオン。しかしその約2分後、山中はミスを挽回するかのように相手の密集からこぼれ出たボールに対して、相手選手より早く頭から突っ込み、マイボールに変えた。学生時代は密集戦に参加した後、乱れた髪型を直してから次のプレーに移っていたピカピカのエリートに、目の前のボールを奪うために必死に体を投げ出す泥臭さが加わった。

早大時代の別のチームメイトは、そのシーンだけを切り取った動画に「コイツ、変わった!」という類のコメントを添え、仲間うちのSNSで流した。山中のことを熟知する仲間は、山中の成長や変化が何よりもうれしかった。

2011年W杯は自らの失態でチャンスを手放し、2015年W杯は最終合宿まで参加しながら、あと1歩及ばなかった。この4年間も、代表に入ったり、外れたりが続いたが、最後の最後に滑り込んだ。8月下旬、W杯メンバーに初選出された直後、神戸製鋼本社で開かれた記者会見で、山中はこんな趣旨のコメントを残している。

「やっとの思いで(W杯に)届きました。(2年間の謹慎期間を経て)ラグビーを続けせてくれる、帰ってこられる場所を作ってくれたのが、神戸製鋼と平尾さん。平尾さんにはW杯の舞台で活躍する姿を見せることが恩返しだと思っています。目標はメンバーに選ばれることではなく、試合に出ていい結果を残すことです。日本で結果を出すことで、ラグビーを盛り上げることにつながる」

挫折を知り、それを糧にできたかつての「日本の至宝」が、アイルランドを慌てさせ、世界が驚くニュースを流すつもりだ。

アイルランドに先発する山中亮平(右)と田村優(中央)。2人のキックが勝負のカギになる(撮影:渡部薫)

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