アイルランドを封じた男 優しい笑顔の姫野和樹が背負ってきたもの | FRIDAYデジタル

アイルランドを封じた男 優しい笑顔の姫野和樹が背負ってきたもの

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熱戦のあとでも爽やかな笑顔を見せる姫野
熱戦のあとでも爽やかな笑顔を見せる姫野

決定的なプレーは、16―12のスコアで迎えた後半24分頃にあった。

ラグビー日本代表は、優勝候補とも見られるアイルランド代表を前に防戦一方。パワープレーの得意な相手に徐々に陣地を押し込まれ、逆転のピンチを迎える。

窮地を救ったのは、フランカーの姫野和樹。自陣ゴール前左中間でこの日好調のフッカー、堀江翔太がタックルを決めると、倒れたランナーの持つ球へ姫野が絡む。ジャッカルというプレーだ。

ここでアイルランド代表はノット・リリース・ザ・ボール(倒れた選手がボールを手放さない反則)を犯し、姫野は仲間から手荒い祝福を受ける。

「ピンチを救いたい気持ちでがむしゃらにボールに絡んで行っていました。あの流れ、あの時間帯で決められたのは、かなりチームにとって大きかったと思います」

9月28日、静岡のエコパスタジアムではワールドカップ日本大会の予選プールAの試合があり、最後までタフだった日本代表がアイルランド代表を19-12で破った。初の8強入りへ大きく前進するだけでなく、世界ランクを史上最高の8位に引き上げた。強い突進でも光った殊勲者は、顔にあざを作ったまま笑った。

「きょうはプレッシャーを楽しめる余裕があったので。楽しい、と、自然と笑顔がこみあげてきました」

姫野と高校、大学で一緒にラグビーをしていた園木邦弥は、相手が強くなるほど燃え上がる同級生の姿をよく覚えている。愛知の春日丘高(現中部大春日丘)に入った姫野は、他のチームメイトに怪我をさせないためにと一部の練習を回避させられていた。仲間たちが本当の姫野の凄さを見られるのは、全国大会などの大舞台に限られた。

普段は他愛ない話で大笑いする身体の大きなチームメイトは、いざゲームになれば相手の主力格を真っ向勝負でひっくり返す。ノーサイドの笛が鳴ればそのことを誇るでもなく、また、もとの優しい奴に戻っていた。

しばらく経つと、中学時代に腕相撲をした教師の骨を誤って折ったり、県の選抜チームのセレクションでコーチと希望ポジションについて議論をしていたりという、自分が出会う前の姫野に関するいくつかの伝説というか噂を耳にする。そのたびに園木は、「いまの姫野はそんな奴じゃないのになぁ」と驚かされた。

大学選手権で連覇を重ねていた帝京大へ入ると、1年時に日本代表へ入りながら怪我に泣かされる姫野に「人間的な成長」を見た。

テレビの特集で、姫野がトイレ掃除をしながら「監督に言われてやっていると思うより、自分を成長させるためにと思ってやった方が得」との旨を話すシーンが流れた。園木はその映像を見て、友が心を磨くさまを想像した。

部の雑務を上級生がおこなう習わしのクラブで、姫野はもっとも後輩から人気のある先輩の1人になっていた。最後は9まで伸びる大学選手権の連覇記録を8にした4年時は、それぞれNECとサントリーに進む亀井亮依主将と飯野晃司副将、さらにはパナソニックの一員として今度の日本代表にも入った松田力也副将を側面支援。いまは日野でプレーする園木は、学生時代の姫野をこう思い返すのだった。

「人として成長した姫野が下級生に声をかけることで、下級生によりいい影響を与えたというか…。姫野はAチーム(主力)の選手だけじゃなくて、いろんなチーム、さまざまな学年の選手に声をかけていた印象です。後輩が『姫野さん、いい人だよな』と話すのを聞いた時は、いい関わりをしているんだなと感じました。帝京大の文化、先輩たちの姿を見てきて、そういう行動や会話をしていたのだと思います。4年生同士の話し合いのなかでも、『姫野みたいになっていこう』という話が出ていた印象。リーダーという職には就いていなかったけど、チームをまとめようという意識を持っていたと思います」

強い相手に発奮する傾向は、2017年11月の代表デビュー戦でオーストラリア代表からトライを奪ったり、2018年にスーパーラグビー(国際リーグ)のサンウルブズへ入って大きなタックラーを吹っ飛ばしたりするシーンとぴったり符合する。もちろん、アイルランド代表戦での活躍ぶりからもうかがえる。

園木は社会人になってからも姫野と定期的に会うが、核心を突くような話はあえて控えてきた。姫野がトヨタ自動車で入社1年目から主将になった2017年度は、無形の重圧に悩まされる様子を本人ではなく他の同級生や高校の関係者から聞いた。

「キツい中だったと思うし、自分がアドバイスできることもないので……」

時間が経ってから「大変だったんだよな?」と問いかければ、本人からこう返されたようだ。

「ベテランの人に何を話したらいいかわからんし、常に頭、フル回転だよ!」

ワールドカップイヤーの6月下旬、トヨタ自動車の2選手がコカイン所持の容疑で逮捕された。姫野が気配りのできる好漢だと知るからこそ、直前の定期戦で顔を合わせたきりだったという園木は心配でならなかった。

当時の日本代表合宿で記者の関連質問が制限されていたと聞いて少しは安心できたが、「彼自身、責任を感じているんじゃないか」と自然と思った。アイルランド代表戦の直後、本人は「…ずっとラグビーに集中していましたよ」と口角を上げていたが。

一筋縄ではゆかぬドラマの先にあるのが、今度のワールドカップ日本大会だった。ここまで2試合に出て持ち味を発揮する姫野を見て、園木はただただエールを送るのだった。

「不思議な感覚で、誇りというか、嬉しい思いが強いです。チャレンジした日々を重ねての掴み取ったジャージィは、軽くない」

次のサモア代表戦は10月5日、おひざ元の豊田スタジアムでおこなわれる。茶目っ気と礼節の絶妙なバランスが魅力の25歳は、「また、頑張ります」と、大勢の記者団に頭を下げた。

2015年の南ア戦以来の大きな勝利を挙げたジャパンの面々
2015年の南ア戦以来の大きな勝利を挙げたジャパンの面々
  • 取材・文向風見也

    スポーツライター。1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとして活躍。主にラグビーについての取材を行なっている。著書に『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー 闘う狼たちの記録』(双葉社)がある

  • 撮影渡部薫

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