ボールが見えない卓球界のエース水谷隼が悲痛告白「心は折れそう」
全日本選手権10回優勝の王者に目の異常が発覚。今年4月から特別な治療に専念していた
通勤するサラリーマンの波に紛(まぎ)れて、Tシャツ、短パン姿の水谷隼(じゅん)(30)が、東京・虎ノ門のオフィス街を軽快に歩いていた。今年の全日本選手権で10回目の優勝を果たした日本卓球界のエースは、平日午前中に一人でどこへ行くのか?
早歩きの水谷は慣れた様子で、とあるオフィスビルの中に入っていった。
「そこのビルには視力回復で有名なクリニックがあるんですよ。女子レスリングの吉田沙保里選手や登坂(とうさか)絵莉選手など、トップアスリートが数多く通っています。アスリート同士の横のつながりで、水谷もその病院を紹介されたのでしょう。昨年から彼も目のことで相当悩んでいますから」(日本卓球協会関係者)
水谷が人知れず通院しているのは、『三井メディカルクリニック』。寝ている間にオーダーメイドの専用コンタクトレンズを目に装着することで、角膜の形状を矯正する『オサート』という近視治療を行っており、レーシック手術の不具合に悩む患者が訪れることでも知られている。
「球がほとんど見えていません」
水谷は今年3月、卓球メディア『ラリーズ』で衝撃の告白をした。暗い会場内で、LED掲示板に囲まれ、天井からライトアップされた卓球台では、相手が構えたときにボールが一瞬見えなくなり、ネットを越えるとまた現れるのだという。
東京五輪に向けて、水谷は目の異常を解決するために通院しているのだろう。本誌は治療を終えた水谷に声をかけた。
――現在の目の状態はいかがですか?
「少しずつ改善しているんです。この病院で今年4月頃からオサートを受けています。それでも、ほとんどの試合会場で、まだまだ見づらい。練習場ではまったく問題ないんです。試合環境が自分に適していないのかな」
――視力自体はいま両目とも1.5で問題ないそうですが、本当に試合中にボールが見えなくなるのでしょうか。
「照明の状況によってはボールが消えてしまいます。ただ、(その点について)声をあげているのは、僕だけなんです(苦笑)。見えないほど苦しんでいる選手は他にいないんですよ」
――もしかしたらレーシック手術が影響しているのでは?
「’13年に片目だけレーシック手術を受けているんです。そこから6年ほどは問題なく良いパフォーマンスができたと思っています。ところが、急に’18年の全日本選手権で見えなくなったんです。原因は精神的なものかもしれません。張本(智和)との決勝戦で、極度の緊張もあってか、1球目にいきなりパッと見えなくなった。そこからずっとボールが見えなくなる環境が続いています。それから残った片目もレーシックを受けたのですが、症状は改善されませんでした」
――治療はいつ頃まで続けるのですか?
「やれるだけのことは全力でやりたい。ここにはもう10回以上通っています。最終段階なので、もう腹を据(す)えて治療を受けているんです。目については本当に苦労しています。心は折れそうです……」
日本のエースは「見えない目」との闘いに苦悩していた。だが、着実に回復している。本誌は同クリニックの三井石根(いわね)院長にも話を聞いた。
「水谷さんは通常より角膜が少し薄い一方で、光に対する瞳孔の反応が敏感なため、暗所で瞳孔が瞬時に拡大する特徴があります。角膜が薄い場合にはレーシックで削る面積が限られるため、瞳孔が拡大した時の見え方に不具合が起こりやすくなります。そのため水谷さんの場合、暗い観客席と明るく照らされた卓球台との間で、視点を移すたびに瞳孔が拡大して、ボールが見えにくくなってしまったと思われます。これはレーシックの失敗というより、技術的な限界なのです。いまはオサートで角膜形状が矯正され、多少眩(まぶ)しいことはあっても、ボールが消えることまではなくなりました。あとはオサートレンズを細かく調整し、明暗と遠近との感覚に慣れていくことで、さらに見え方が改善できると考えています」
水谷も最後にこう力強く語った。
「いまは試合で結果を出せていません。ですが、目さえ良くなれば必ず見返せると思います。現役生活は東京五輪に合わせていますが、目が戻れば、五輪が終わった後も(現役を)考えています。そのためにずっと努力をしているんです」
数々の試練をくぐり抜けてきた水谷なら、きっとこの困難も克服できるのではないか――。そう期待したい。
『FRIDAY』2019年10月11日号より
- 撮影:西圭介
- 3枚目写真:アフロ