女性インストラクターを射殺 友人を呼んで銃乱射を見せた犯人の闇

平成を振り返る ノンフィクションライター・小野一光「凶悪事件」の現場から 第26回

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2007年に長崎県佐世保市で発生した銃乱射殺人事件。スポーツクラブの女性インストラクターと凶行を止めようとした男性が射殺された。銃社会アメリカを思わせる異常な事件だったが、事件後犯人が死亡したため真相は謎のままだ。ノンフィクション・ライター小野一光氏が事件の背景に迫る。

事件発生の少し前に就職先に提出した履歴書の写真

2007年12月14日午後7時15分、長崎県佐世保市のスポーツクラブに、迷彩服を着て、レーザー照準器付きの散弾銃を持った男が現れた。

男は施設内のプールに向かうと散弾銃を発砲。プールで小中学生を指導していた平田愛さん(仮名、死亡時26)が、子供たちを事務室に避難させようとしたところ、男は彼女の左脇腹を至近距離から撃ち、殺害した。

さらにロビー近くで、犯行を制止しようとした山本雅治さん(仮名、死亡時36)に対しても、至近距離から数発撃ち、殺害している。

施設内で計11発を乱射した男は現場から車で逃走。翌15日午前5時44分に、約4㎞離れたカトリック教会の敷地内で、みずからの首付近を散弾銃で撃ち、死亡しているのが発見された。

男は佐世保市に住む馬込政義(死亡時37)。彼は02年5月からこのスポーツクラブの会員になり、07年2月に一旦退会するも、07年8月に再入会していた。

犯人が自殺してしまったことで、真の動機が本人の口から語られることはないが、長崎県警は馬込と、真っ先に射殺された女性インストラクターの平田さんとの関係が、事件のきっかけになったとの見立てをしている。県警担当記者は言う。

「事件発生時、プールには平田さんの他に、彼女と交際している男性Aさんやその他の客もいましたが、馬込はAさんを押しのけ、他の客には目もくれず、平田さんだけに狙いをつけて発砲しています。さらに馬込は、犯行の少し前に平田さんに直接、好意を持っていることを伝えていましたが、交際を断られていたようです。平田さんはそのことを友人に打ち明けていて、『つきまとわれているようで、気持ちが悪い』と話してます。また、交際相手のAさんは警察の事情聴取に対して、『以前から平田さんと一緒にいるところに馬込が現れ、こちらをじっと見ていることがあった』と答えているとのことです」

つまり、馬込が平田さんに対して一方的に恋愛感情を募らせた結果、それが叶わなかったことから凶行に及んだというのである。しかも、馬込は自分の犯行の一部始終を、友人たちに見せつけようとしていた可能性が高い。

ロビー近くで殺害された山本さんは、馬込とは小学校から高校まで同じ学校に通った、”親友”ともいえる存在だった。彼は犯行を計画した馬込から、別の理由で同クラブに呼び出されていたのである。先の県警担当記者は明かす。

「馬込は10人近くの友人に連絡を取り、『おもしろいことがある』や『はじけようぜ』などと書いたメールを送るなどして、スポーツクラブ内のプールが見える場所で待つように指示していました。それで自分の犯行を見せるつもりだった疑いが持たれているのです。現場には山本さんのほかにもうひとり友人が来ていましたが、彼は撃たれていません。現場にいた人たちの証言では、山本さんは馬込の犯行を制止しようとしたために、撃たれてしまったようです」

同スポーツクラブは会員制であるため、馬込は事前に周到な準備をしていた。犯行直前の様子も含め、同クラブの関係者は説明する。

「犯行前日のフロント日誌には、馬込から電話があり、14日に、死亡した山本さんと、ほかに高橋さん、本郷さん(ともに仮名)の3名が体験(コース)で来るという連絡があったとの記録が残っています。そして当日はまず高橋さんが、続いて山本さんがやって来て、本郷さんは来なかったそうです。高橋さんは玄関近くのソファーで待ち、山本さんは奥のラウンジのソファーで待っていました。当時、正面受付にはふたりの女性スタッフがいたのですが、彼女たちによれば、午後7時15分ごろに迷彩服を着た男が棒のようなものを持って、異様な雰囲気で入ってきたそうです。そこで奥にいる社員を呼びに行ったところ、男はズカズカとプールの方向に歩いていき、すぐに銃声が聞こえたそうです」

取材のなかで、馬込が友人に送っていた同年11月23日から、犯行前日の12月13日までの携帯メールの文面を入手した。そのなかで12月13日に送られたものは、翌日の待ち合わせについて、詳細に記されている。

〈おは。また後で電話するばってん、明日の楽な待ち合わせ方法を、メールしておきます。俺の無料駐車券があるので、車でそのまま××(本文実名、スポーツクラブ)の駐車場に入り、どこか適当にとめる。階段か道なりで建物の入り口に入る。すぐフロントなので、俺の名前を言えば、入れる様にしておくから入る。奥に歩いて行くと、スカッシュコートの横に階段があるので、1F分登る。もう一つ上は、テニスコートなので違う。正面にプールの見える椅子がいっぱいあるので、楽にして待つ。以上。文章は長いけれど、中身は少ないので、落ち着いて読んでね〉

犯行当日、馬込に呼び出され、現場で一命をとりとめた高橋さんは、私の取材に語る。

「馬込とは小学校から友達付き合いをしていました。当日、私は自分ひとりだけ呼ばれたと思って××(スポーツクラブ)に行きました。そこで山本と会いましたけど、喋っていません。着いたのは私が先でした。私は入口近くのソファに座ってましたが、山本は中に入っていきました。

馬込とは先月半ばに会い、朝から夕方まで一緒に釣りをしています。秋口にはだいたい2週間に1度の割合で釣りに行ってます。高校卒業後も電話で話したりしていて、名古屋に1~2回、東京に1~2回会いに行って、向こうの部屋に泊まりました。

今回、××に誘われたのは最初は電話です。(12月)12日の午後8時から8時半ごろに電話があって、1カ月ぶりだったので向こうが『会おか?』と言ってきたのです。で、私が『どこでもよかばい』と言ったところ、向こうが『××で……』と言ってきたのです」

スポーツクラブでの待ち合わせを指定してきた際の電話の様子は、いつもと変わりなかったという。

「なぜ事件を起こしたのか、心当たりはまったくありません。行き詰っての自殺で、ひとりが寂しかったのではないでしょうか。彼はおとなしく、やさしい性格なんです。今年3月に私のばあちゃんが亡くなったんですけど、すぐに東京から帰ってきて焼香をしてくれました。あと、魚釣りに行っても、私の家族用にと、自分が釣った魚をわけてくれてました」

じつは当初、高橋さんは事件を起こしたのが馬込だとは気づいていなかった。

「フードをかぶった男が入ってきたなというくらいです。変な男だとは思いましたが、手に持った銃は体に隠れ、見えませんでした。で、男が中に入っていって、すぐにバン、バンと銃声が聞こえたんです。鉄砲か機械の爆発かはわからなかったんですけど、とにかく避難しようと思い、すぐに外に出ました。ただ、体型や服装で外人やと思ってました。それで8時前に馬込に電話したんですよ。でも、コール音は鳴るけど通じません。何回か電話しましたが同じでした。なので、人質になっとると思ってたんです。もしくは警察に止められたかな、と。だから『大丈夫?』とメールしましたし、留守電も入れました」

高橋さんが、馬込が犯人だと知ったのは当日夜のことだ。

「夜9時ごろに馬込の母と電話で話しました。その時に初めて馬込が鉄砲を持っとると聞いて、びっくりしました。そういうことは本人からまったく聞いていませんでした。ただ、私は犯人が外人だと思ってたから、お母さんに違いますよと話してました。だけどお母さんはなんか感じとったみたいですね。『もう私、心臓がバクバクしてから、倒れるごたる(倒れそうだ)』と話したり、『犯人よりは、殺されとったほうがよか』と口にしていました」

馬込が散弾銃を入手したのは02年夏のこと。じつは馬込は、その散弾銃が原因で近隣住民との間で揉め事を起こしていた。

数年後、まさかその銃によってこうした惨劇がもたらされるとは、誰も予想していなかった。

(以下次号)

  • 取材・文小野一光

    1966年生まれ。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。アフガン内戦や東日本大震災、さまざまな事件現場で取材を行う。主な著書に『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)、『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』 (幻冬舎新書)、『連続殺人犯』(文春文庫)ほか

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