『透明なゆりかご』著者が語る中期中絶を選んだ妊婦たちの孤独 | FRIDAYデジタル

『透明なゆりかご』著者が語る中期中絶を選んだ妊婦たちの孤独

漫画家・沖田×華氏インタビュー

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がんでも心疾患でも脳卒中でもない、日本人の本当の死因トップは「アウス(人工妊娠中絶)」——多くの人が知らない衝撃的な事実を知らせた少女コミックがある。

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漫画家・沖田×華(ばっか)さんが高校時代に体験した産婦人科医院でのアルバイトと、その周辺で見聞きしたエピソードを綴った作品、『透明なゆりかご 産婦人科医院 看護師見習い日記』。昨年はNHKで清原果耶主演でドラマ化され、そのリアリティーが絶賛された一作だ。

最新第8巻では、「中期中絶」と呼ばれる12週以降の人口妊娠中絶にフォーカスするなど、さらにテーマが多様化。妊娠、出産を巡る不幸な事件が多発する現在、妊産婦の孤独に寄り添った物語を紡ぎ出す作者に、その心中をたずねた。

中絶する人は、ひとりぼっち

時は1997年、都会がバブル景気に湧いていた頃の、ある地方の町の産婦人科医院。看護師を志す高校3年生の女子・沖田×華は、母親の勧めにより、夏休みにその病院で見習いとしてアルバイトを始めた。

ある日、急に手が足りないと分娩室に呼ばれた彼女は、そこではじめて妊娠中絶手術に助手として立ち会うことになる。主人公の名前の通り、これは作者である沖田さんの実体験だ。

「中絶の処置を見てショックで倒れちゃう看護実習生もいたんですが、私はぜんぜん。とくに気持ちが悪かったわけでもなく、とにかく不思議だなぁと思っていましたね。処置が終わった患者さんが眠ってしまって、生きているのか死んでいるのかわからないくらいシーンとしていて、時間が止まってしまったような感じとか……。

でも、やっぱり17歳に中絶はすごくインパクトがあって、『絶対に妊娠しちゃいけないんだ!』と思ったのは、よく覚えています」

17歳の沖田さんを恐れさせたのは、肉体的な痛みというより、中絶手術を受けに来る人の孤独だったという。

「死亡届が出されないので、死亡原因として教科書に載ることはないんですが、中絶は思っていた以上にずっと多かったです。10代の子もいたし、主婦の方もいた。勤務していたとき、出産がゼロの日はあっても、中絶がゼロという日はありませんでした。

中絶する人は、ほとんどの場合、ひとりなんです。パートナーの男性の姿が見えなくて、ひとりでやってきて、ひとりで受けて帰る。通っていたのが女子校だったので、普段から『生理が遅れてる』とか『中絶したいからカンパして』とか、周囲で聞かないわけではなかったけど、妊娠して出産できないとなったらこういう寂しい思いをしなくちゃいけないんだというのは、やっぱりすごくマイナスのイメージでした」

中絶は失敗でも、間違いでもないのに

妊娠中期になると、胎動も感じるようになる 写真:アフロ

未婚カップルの妊娠。未成年の出産。父親のわからない子ども。高齢出産。死産。生まれたものの、DVや育児放棄状態の家庭で命を失う赤ちゃん。淡く優しいタッチでありながら、妊娠、出産の厳しい現実を描いた物語は、沖田さんが看護学生当時、自分で見聞きしたり周囲から聞いたりしたエピソードに基づいている。

最新刊の第8巻に前後編で収録された「中期中絶」も、そんな中から生まれた物語。身体中にアザのある20歳の女子大学生妊婦が来院し診察を受けるが、彼女は「何で流れてくれないの!! 先生、何とかしてください!!」と医師に訴える。彼女は同級生の子を妊娠し、それをなかったことにしようと激しい運動をしたり、自分で自分を殴ったり、氷入りの水風呂に入ったりして、流産を試みていたのだ。

「『どうにかして早くこの子を何とかしないと』って、テレビとかで見た知識で階段から落ちてみたり、朝ドラの『おしん』じゃないですが、本当に川に入ってみたりするんですよ。でも、若い子の体は強いので、その程度のことでは絶対に流れないんです」

テレビやフィクションを鵜呑みにして、無茶をする。衝撃的な事実の裏には、性知識に乏しく、突然の事態に怯え惑う若者の無力さが滲む。

「中高生ならともかく大学生が……って思われるかもしれませんが、やっぱり28歳くらいまでは子どもなんですよね。体は大人でも、心が子ども。人の命を消すということまでは思っていないにしても、とにかくこの状況をゼロにしたい、そうすれば元どおりになれると、ふたりとも信じてしまった。

結果、自分たちをさらに傷つけてしまうことになるんです。たぶん、それまで人生で失敗したことがなかったし、それを認めたくなかったんでしょう。でも本当は、中絶を乗り越えてこれからをどう生きていくのか、それを考えることが必要なのに」

「中絶すらできない時代」に入ったのかもしれない

作品に描かれる時代は、ざっと20年前。しかし、妊娠、出産を巡る不幸な事件は、これだけ情報の発達した現在も続いている。

その理由のひとつと思われるのが、貧困の問題。「もしかしたら『中絶するお金もない』という時代に、今は入っているのかもしれません」と沖田さんは言う。

「先日もニュースで流れていましたが、子どもを自宅で産んで捨ててしまった、といったニュースが、昔に比べるとすごく目立っている。『産む』『産まない』の選択肢だけでなく、『どうしようもない』という状態がすごく深刻になっているような気がします。

そして、たとえ産んだとしても、貧困で子どもを育てられない、どうすることもできないという人も……。そういう人は、だいたいひとりで悩んでいるから、支援の窓口があることをたぶん知らないと思うんです」

そうした悲惨な母子の事件が報道されるたび、ネットや世の中に巻き起こるのが「母親は何をしていたんだ」という非難。沖田さんは、それにも違和を感じている。

「『死刑にしろ』『一生、刑務所から出てくるな』って、とくに男性は言いがちですよね。でも、いつもすごく複雑な気持ちになります。女性って、妊娠した瞬間に母性が芽生えてお母さんになれるように言われてますけど、母性って何? それってありえなくないですか? ということを、いつもいつも思っていて。

それをどうしても描きたくて漫画にしたんですが、女同士でもなかなか簡単には打ち明けられない悩みを、密かに抱えている女性も多いと思いますね」

孤独な声を、透明な命の存在を届けようと、沖田さんはペンを取る。先日も、ネット上でこんな女性の姿を見かけたという。

「妊娠したけど親にも言えなくて、ひとりでネットカフェに泊まって、中絶専門の病院で手術受けて、またネットカフェに帰って寝ていると。

彼氏は『終わった?』『あ、そう』というくらいで、本当に寂しくて、悲しくて、体よりも心が痛みで壊れそうです、というようなことを、都内のどこかから中継していて、すごくかわいそうで……。

こうした現代的なテーマや、障害児のことなど、取り上げてみたいなと思うテーマはまだまだあります」

 

沖田×華(おきた・ばっか) 富山県出身。26歳で漫画家デビュー。2018年、『透明なゆりかご 産婦人科医院 看護師見習日記』で第42回講談社漫画賞(少女部門)を受賞。作品に『お別れホスピタル』『父よ、あなたは…』『不浄を拭うひと』『︎毎日やらかしてます。』シリーズなどがある。

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  • 取材・文大谷道子写真アフロ

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