ラグビーW杯 アイルランド戦で歴史的勝利を導いた田村優のキック

藤島大『ラグビー 男たちの肖像』

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アイルランド戦では14得点をあげた田村優/写真 アフロ

アイルランドを「刻んだ」足

ラグビーを人生に重ねる。危険か。しょせんスポーツはスポーツじゃないかと。そうかもしれない。でも、ジャパンが、開幕時には世界ランク1位であったアイルランドをやっつけると「これは人間の生き方にも通じる」とどうしても思えた。

こういうことだ。

「ひとつの方法を信じて突き詰めると、いよいよ勝負の時、かえって応用が利く」

9月28日。静岡県袋井市のエコパスタジアムのジャパンはキックを減らした。ひたすらボールを広く動かし、ふいに狭いスペースをせわしないような速度とタイミングの短いパスで攻略した。

ジェイミー・ジョセフHC(ヘッドコーチ)の率いるジャパンは本来は蹴るチームのはずだ。「タッチの外に出ないキックをあえて多用してグラウンドに意図的な混沌(カオス)をもたらし、崩れた局面から攻め守る」が幹となる戦い方である。カオスに備えた者がカオスをつくればカオスとはならず、カオスに備えぬ者だけがカオスの沼にあえぐ。そんな構図を描いた。

歓声また歓声の夜。「少なくとも1年前から標的としてきた」(ジョセフHC)強国との激突に際して、楕円の球は手から手へとどんどん渡った。

正しかった。

怪力。俊足。ひたむき。アイルランドは鉄のディフェンスを誇る。緑の壁と化した大男どもは迷わず前へ。それほどの圧力が不思議なくらい無力化された。スコットランドとの初戦ではビシビシ決まったタックルはよれたままだ。高速アタックのジャパンの細かく刻まれるフットワークに防御ラインの整備は追いつかず、しっかり構えられないので速く飛び出せない。

攻撃を司る背番号10の田村優は4ヵ月前、筆者のインタビューにこう話した。

「貫くことに意味はあります。戦法なんてワールドカップに入ってからでも変えられる。でもベースの力や土台がないと変化もできません。ボールがグラウンドの中にある時間を増やすスタイルを貫くことは、フィットネスの強化にもなる」(『Number』)

放送席で緑の芝に躍動する赤白の15人を見つめながら、ああ、このことなのだ、と背筋に酸っぱいような感触が走った。

蹴るか。蹴らないか。ここは大きく変わったようにも映る。しかし「簡単にゲームを切らずインプレーの時間をなるだけ多くする」という根幹は同じだ。大切なのは「ひとつの方法」を身体化する過程に得られる「実力」なのである。そいつがあれば、大会開幕後のチェンジはさほど難しくない。4年前の南アフリカ戦も似ていた。そこまでほとんど蹴らなかったのに、当日は、これを機に人気者となる五郎丸歩の長いキックで陣地を稼いだ。

最後の最後、敵の選択は

田村優は、こうも戦術に関して言った。

「向いてる向いてないより、信じるか信じないかだと思います。みんなが同じことを信じれば絶対にうまくいく」

勝負の深さに思考は届いている。1994年、確か晩夏のころ、同じ内容を異なる声で聞いた。元日本代表監督の大西鐵之祐さんの自宅に通い、コーチングについて教わると、名将は持論を繰り返した。

「戦法に絶対はない。だが絶対を信じない者は敗北する」

そして四半世紀後、アイルランド戦勝利の直後、スタンドオフの田村優のコメントはこうだった。

「だれもが勝つとは思わなかったのに見てのとおり。展開はゲームプランのとおりに運んだ。全部うまくいった」

培ったスキル、フィットネス、共有してきた意思疎通や判断が「蹴る蹴らない」の選択の上位にあった。

アイルランドの名キャプテン、ロリー・ベストは会見で述べた。

「攻められっ放しだった」

敵将、ジョー・シュミットHCは、対戦国を丸裸にひんむくほどの分析力で鳴る。だから矜持をなくさぬように話した。

「ジャパンが私自身の予測を超えたわけではまったくない。このくらいはやると読んでいた。もともと彼らは信じられぬくらいタフなのです」

少しだけウソをついた。

タフで素早いジャパンはボールを速く広く動かしてくる。そこまでは覚悟できていた。ただ、いくらなんでも、もう少しキックを用いてくるはずだった。このあたりが本音ではなかったか。国際ラグビー屈指の知性派が目にしたのは、勝手に言葉にするなら「ファストでなく超・ファスト」だった。

最後の最後。ジャパンは敵陣の最深部で球を落とした。7点を追うアイルランドは引き分け狙いできっと攻める。違った。あっさりとタッチの外へ蹴り出し、みずから試合を終わらせた。ボーナスポイント(7点差以内の敗戦に1点)を抱きしめたのだ。

なるほど、あとで「1」の数字は効いてくる。冷静な選択かもしれない。そうであっても優勝候補が「敗れてもやむなし」とジャパンをとらえたのである。8強入りの成否にかかわらず、それは日本のラグビーが一段上の舞台に歩を進めた瞬間だった。

※この記事は週刊現代2019年10月12日号に掲載された連載『ラグビー 男たちの肖像』を転載したものです。

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  • 藤島大

    1961年東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。雑誌記者、スポーツ紙記者を経てフリーに。国立高校や早稲田大学のラグビー部のコーチも務めた。J SPORTSなどでラグビー中継解説を行う。著書に『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』(文藝春秋)、『スポーツ発熱地図』(ポプラ社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)など

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