祝! アカデミー賞受賞 辻一弘によって特殊メイクは芸術になった
「辻一弘は、私がこの役を演じるにあたって絶対条件だった」
3月4日(日本時間5日)、米映画界最大の祭典、第90回アカデミー賞授賞式がハリウッドのドルビーシアターで開催された。主演男優賞は『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』で英首相ウィンストン・チャーチルを演じたゲイリー・オールドマン。彼は受賞後のバックステージでのインタビューで、日本人初の「メイクアップ&ヘアスタイリング賞」を同作品で受賞した現代美術家の辻一弘氏(48)を手放しで賞賛した。
辻氏の受賞について映画評論家の轟夕起夫氏はこう語る。
「ハリウッドにおける特殊メイクですが、古くは’31年の『フランケンシュタイン』や’41年の『市民ケーン』から続く伝統芸。そして、CG全盛の現在でも作品作りにはなくてはならないものです。辻さんは特殊メイクの巨匠ディック・スミス氏(『エクソシスト』や『ゴッドファーザー』などを手がける)に憧れ、独学で今の地位を築きました。’11年に映画の世界から離れて現代美術制作に専念していましたが、’15年にゲイリー・オールドマンが今作品のため直々にお願いして復帰。それで受賞ですからサイドストーリーとしても素晴らしいですね」
骨格も体型もチャーチルとまったく似ていないゲイリー・オールドマンを、まるでチャーチル本人のように仕上げた技術に、米映画界は最高の栄誉を与えた。「辻氏の特殊メイクは、志の高さに裏打ちされている」と語るのは、15年以上交流のある特殊メイクアップアーティストのJIRO氏だ。
「リアルさの追求では辻さんにかなう人はいません。アカデミー賞にも過去2回ノミネートされており、もっと早く受賞してもおかしくありませんでした。辻さんの手法は、生理学的構造から施すもの。メイクは表面的な処理をするだけでもパッと見ならリアルに仕上げられます。でも、辻さんは毛穴一つ一つにしても、頬と額でどう違うのか、シワ1本でも筋肉が収縮した結果、皮膚の厚みでどのような方向にできるのかを考えて仕上げていきます。さらに道具とその使い方の探究も他の追随を許しません」
ふだんの辻氏はどんな雰囲気なのか?
「本当に淡々としています。技術の追求の話から熱い男だと想像されるかもしれませんが、むしろクール。特殊メイクについても決して熱く語ったりはしません。それでいて後輩達が苦労している技についてさらっと教えてくれて、しかもそれが的確なんです」
辻一弘というアーティストは、リアリティを追求する作品で芸術の祭典で頂点に上り詰めたのだ。
写真:Shutterstock/AP/Everett Collection/アフロ