ラグビー日本代表の指導者トニー・ブラウンが「天才」と言われる訳 | FRIDAYデジタル

ラグビー日本代表の指導者トニー・ブラウンが「天才」と言われる訳

藤島大『ラグビー 男たちの肖像』

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ラグビー日本代表アタックコーチのトニー・ブラウン氏は、ハンチング帽がトレードマークだ/写真 アフロ
ラグビー日本代表アタックコーチのトニー・ブラウン氏は、ハンチング帽がトレードマークだ/写真 アフロ

アイルランド戦、あのムーブ

天才。スポーツライターがすぐに飛びつく言葉だ。もしかしたら週刊誌の編集者も同じかもしれない。

「彼はサインプレーを考える天才なのです」

ワールドカップへ向けたジャパンの約3年の活動、インサイダーであった人が先日、トニー・ブラウンをそう評した。あっ、現場に生きるラグビー人も我々のように天賦の才をあっさり認めるのか、と、ちょっとだけ安堵した。それから思った。

ジャパンのアタック担当コーチ、元オールブラックスの10番、トニー・ブラウンは、サインプレー考案のやはり天才であって、ラグビーの指導全般における大秀才なのだと。

地球を揺さぶったアイルランド戦。後半18分の左ウイング福岡堅樹のトライ。始まりは相手ミスを誘って得たスクラムである。そこからのムーブ(サインプレー)は完璧に近かった。

ゴール右10m強。交替出場したばかりのハーフ、田中史朗が、左やや前方へ素早く球を持ち出し、背番号12の中村亮土へ。ラック。こんどは田中が右斜め方向に軽く走り、その内に、11番のウイング、7年前には「所属チームなし」の悲哀を味わった陽気な男、レメキロマノラヴァがゴールラインに垂直に駆け込んだ。たちまちゴールポスト前に迫る。

パスはふたつのみ。しかもミスの生じにくい短い距離。実に安全で効果的な仕掛けである。トニー・ブラウンの脳みそのおかげだ。ただちに左を攻めてフィニッシュできた。

天候の変化。審判のかざす札の色は黄なのか赤なのか。切り札の負傷。ワールドカップの真剣勝負の結末はさまざまな条件に左右された。これからもされる。幸運と悲運、必然と偶然は親友みたいに肩を組んでいる。

ただし、なにが起きようと、最終到達点がどこであろうと、また本人がそれを望まなくとも「勝者」と遇される立場がある。

自分の担当領域の優勢によって、ひとつ下のカテゴリーのチームでトップ級の国をやっつけたアシスタントコーチだ。トニー・ブラウンの名は、ジャパンのきらめく攻撃がアイルランドの攻守を凌駕した時点で、ワールドクラスの指導者リストに搭載された。

精密なハンドリング。タックルにさらされながら球をいかすオフロードのスキル。人と球とが空間に同時に湧き出てくるムーブ。見て楽しく、相手にしたら苦しい。

スコットランド戦を控えた10月10日の会見で、注目のコーチは語った。

「ラグビーはめまぐるしく変わっています。そこについていかなくてはならない。常にスキルを改善しながら、プレーを変化させなくては。オフロードや(背中側に回した手で投げる)バックフリップも同様です。限界を押し上げていくのです。ジャパンの選手にはスキルがある。献身的でハードな練習もできる。私たちが求めたらやってのける能力があります。決してまぐれではなく、それだけの鍛錬をしてきたのです」

小手先の策ではない

2年前、リーチマイケルは、母国でもあるニュージーランドのコーチ像について筆者にこう話した。

「ラグビー選手なのだから、もともと、このくらいはできる。このくらいはわかるでしょう。それがニュージーランドのコーチの感覚なんです。選手の能力を信頼している」

トニー・ブラウンも、一般に「オールブラックスだからできるけれどジャパンでは難しい」とされがちな多彩なつなぎを奨励、反復につぐ反復で仕込んだ。

オールブラックスのスティーブ・ハンセンHC(ヘッドコーチ)は、ナミビア戦直後の会見でジャパンをこう評価した。

「ジャパンは、ベリー・ベリー・グッドなラグビーをしている。エキサイティングだ」

繊細で厳格ながら寛容を忘れぬジェイミー・ジョセフHCのマネジメントがまずあった。長谷川慎コーチの圧倒的に優れたスクラムの理論と指導があった。選手の努力や能力はもとより前提だ。そして、国際ラグビーの関心と感心をいっぺんに引き寄せたスキルフルな高速攻撃はトニー・ブラウンの功績こそが大なのだった。

大会終了後にはニュージーランドへ帰り、古巣のハイランダーズの指導スタッフに加わる。現地のメディアは「オールブラックスのアシスタントコーチ就任」の可能性をしきりに伝えている。ハンセン退任後の有力な後継候補、代表の現アシスタントのイアン・フォスター、クルセイダーズを率いるスコット・ロバートソンが、どちらもトニー・ブラウンへラブコールを送っているのだ。開幕前の8月には広く報じられたのだから、ここにきての評価は上限まで高騰しているだろう。

サインプレー。つい小手先の策に映るのだが違う。セットプレー起点の計画的な突破は古今を問わずジャパンの生命線なのである。なぜなら考える力に体の大小は関係ないからだ。新しいファンはぜひ「カンペイ」を検索してみてください。

トニー・ブラウンと福岡の酒場で同席したことがある。小柄。細身。プロ野球ジャイアンツのよれたTシャツ姿。割り勘の精算のあと、出口にたたずみ、通行人のせわしく行き交う雑踏を見つめていた。もしかしたらサインプレーのヒントがあったかもしれない。

※この記事は週刊現代2019年10月26日号に掲載された連載『ラグビー 男たちの肖像』を転載したものです。

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  • 藤島大

    1961年東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。雑誌記者、スポーツ紙記者を経てフリーに。国立高校や早稲田大学のラグビー部のコーチも務めた。J SPORTSなどでラグビー中継解説を行う。著書に『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』(文藝春秋)、『北風』(集英社文庫)、『序列を超えて』(鉄筆文庫)

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