ラグビーW杯 因縁の再戦、南アフリカ指令塔・ポラードの執念

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9月21日のニュージーランド代表戦でSOハンドレ・ポラードはオールブラックス戦士を突き飛ばしながら前進(写真:アフロ)

ラグビーワールドカップ(W杯)で史上初のベスト8に進出した「ブレイブブロッサムズ(勇敢な桜の戦士たち)」こと日本代表(世界ランキング7位)が20日、東京スタジアムで「スプリングボクス」こと南アフリカ代表(同5位)と4強をかけて戦う。

南アフリカ代表は、1995年、2007年と優勝2回を誇る強豪だが、前回大会の2015年に、日本代表が34-32で「ブライトンの奇跡」と呼ばれるようになる金星を挙げた相手だ。その南アフリカ代表とは9月6日にも埼玉・熊谷ラグビー場で大会前のテストマッチを行い、その時は7-41で日本が敗戦している。

今回が、両者にとって3度目の対戦となる。

2015年のW杯以降、それまで以上に日本のトップリーグでプレーする南アフリカ代表が増えた。今回の先発メンバーだけで見ても、LOエベン・エツベス(NTTドコモ)、No.8ドゥウェイン・フェルミューレン(クボタ)、SOハンドレ・ポラード(NTTドコモ)、CTBダミアン・デアリエンディ(近鉄→パナソニック)、FBウィリアム・ルルー(キヤノン→トヨタ自動車)と5人がトップリーグ経験者だ。

控えでもLOのRGスナイマン(Honda)、LOフランコ・モスタート(リコー)、CTBフランソワ・ステイン(東芝)は過去にトップリーグに在籍し、大会終了後には、HOマルコム・マークス(NTTコミュニケーションズ)も来日することになっている。

そのうちのひとりが、イケメン選手でも知られる身長189cmの大型SOポラード。2015年のW杯終了後にLOエツベスとCTBクリエルとともにNTTドコモに加入し、1シーズンだけプレーした。当時まだ21歳で、大卒選手しかいなかったNTTドコモにおいては最年少だった。

とはいえ、ポラードは2015年の大会前からすでにスプリングボクスの司令塔のひとりとしての地位を確立していた。その時の指揮官ハイネケ・メイヤーの秘蔵っ子として、ジュニア時代から注目を集める逸材だった。

2013年、18歳で出場したU20チャンピオンシップで南アフリカ代表の優勝に大きく貢献し、翌14年にはキャプテンとして同大会で準優勝を果たし、ワールドラグビーが選ぶジュニア選手の世界最優秀選手に選出されている。

同年にブルズでスーパーラグビーに初出場し、その勢いのままスプリングボクスで初キャップを獲得すると、順調に南アフリカ代表でも出場機会を増やし、レギュラーとして定着していった。そのため、2015年の日本代表戦はいわば温存という形で控えからのスタートとなり、ポラードはこの大会で7試合中、日本代表戦を除いてすべてに先発している。

ポラードに日本行きを勧めたのは、サントリーでプレーしていたスプリングボクスの大先輩、スカルク・バーガーとフーリー・デュプレアだったという。おそらくこの未来ある若者に、異文化での生活やプレーという経験を与えたかったことに他ならない。

NTTドコモへの加入はワールドカップ前から決まっていたことであり、本人自身は若く、敗戦の嫌な記憶があまり強くなかったためか、日本に来たとき「新しい経験をしたかった」と屈託のない笑顔で語っていた。3ヶ月という短い日本での選手生活は決して輝かしい結果を残したわけではなかった。8試合に出場し、27得点をあげたがチームに貢献したとは言いがたく、膝のケガもあって次第に試合に出る時間も減っていった。結果、このシーズン、NTTドコモは強豪・神戸製鋼を倒したものの降格の憂き目にあっている。

南アフリカのSOハンドレ・ポラードは4年前の日本戦にも出場していた(写真:アフロ)

南アフリカに戻り、ブルズのキャプテンに任命されるが、ケガもありそこでも満足なパフォーマンスを出せず、スプリングボクスからも遠ざかっていく……。

そんな中、長年交際していた元陸上選手の女性と結婚し、私生活が安定すると、ポラードは再び輝きを取り戻す。2018年はスーパーラグビーのブルズでチームが苦戦する中、144点を挙げて気を吐いた。そしてラシー・エラスムス監督が就任、同年6月には代表SOのレギュラーを奪い返し、イングランド代表戦の2試合で28点を挙げる活躍を見せた。そうして2019年、スプリングボクスの司令塔として再びW杯の舞台に立っている。

「南アフリカの少年の夢はスプリングボクスになることだけ。大学で勉強できる日本の選手が少し羨ましくもある」と語っていたポラードも25歳の青年へと成長した。

「日本はタックルが低いので警戒しないといけない。そして賢いキッキングゲームをするので、これにランとパスを使って攻撃してくれば、日本のラグビーの質はもっと高くなる」と語っていたが、その日本と再びW杯で対戦するとは思っていなかったかもしれない。

自身は日本での経験を多くは語らないが、4年前、SH田中史朗、WTB松島幸太朗が印象的だった。若い選手が出てくるので日本はもっと手強くなるはず」といっていたポラードの予言は当たっていたと言えよう。

2015年のW杯の「ブライトンの奇跡」では、途中出場し悔しい思いもしている。今回は、司令塔として「同じ間違いはしなくない」と語気を強めた。「過去と今は全く別。必要なのは勝つことだけ。(キックでの)3点だろうが(トライの)5点だろうが、得点の取れるチャンスはすべて逃さない」と腕を撫した

1点でも多くとれば勝ち抜ける決勝トーナメントである。日本代表にとっては警戒すべき選手のひとりである。スプリングボクスの10番のキックが勝負の明暗を分けるかもしれない。

 

  • 取材・文斉藤健仁

    1975年生まれ。ラグビー、サッカーを中心に、雑誌やWEBで取材、執筆するスポーツライター。「DAZN」のラグビー中継の解説も務める。W杯は2019年大会まで5大会連続現地で取材。エディ・ジョーンズ監督率いた前回の日本代表戦は全57試合を取材した。近著に『ラグビー語辞典』(誠文堂新光社)、『ラグビー観戦入門』(海竜社)がある。自身も高校時代、タックルが得意なFBとしてプレー

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