宝くじ2億円当選した女性を殺害 カネと女にまみれた冷酷な犯行

平成を振り返る ノンフィクションライター・小野一光「凶悪事件」の現場から 第29回

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宝くじの当選金を巧みに手に入れ、当選した女性を殺害するという信じられない事件が起こった。当時、事件の関係者を取材したノンフィクションライターの小野一光氏がレポートする。身勝手な理由で殺人にまで至った犯人の素顔とは。

東京で同棲していた女性と一緒に、女性の連れ子の入学式に出席した熊谷

2008年10月22日、岩手県警は東京都台東区に住む、新聞販売店従業員・熊谷甚一(逮捕時51)を殺人容疑で逮捕した。被害者は約3年半前の05年4月末に失踪した、岩手県一関市出身の無職・A子さん(当時42)。

じつはA子さんは、行方がわからなくなる前年の04年6月、『サマージャンボ宝くじ』で1等2億円を当てていた。彼女は当時、勤務先で接点があった、岩手県陸前高田市で電子部品会社を経営していた熊谷と交際しており、宝くじ当選について、家族や友人などには一切話していなかったが、熊谷にだけは打ち明けていた。

A子さんと熊谷は当選金を銀行で一緒に換金し、そのなかから数千万円を、熊谷の複数ある銀行口座に振り込んでいる。当時、熊谷には妻がおり、バツイチで独り身のA子さんとは不倫交際の関係だったが、彼から甘言を囁かれ、ふたりの未来を夢見ての資金提供だったと見られている。

逮捕前の事情聴取で、熊谷はA子さん殺害について供述。陸前高田市内にある、熊谷の知人が経営する会社倉庫の敷地で、A子さんの遺体は発見された。岩手県警担当記者は説明する。

「熊谷は明らかになっているだけで、約9000万円をA子さんから受け取っています。そのうち数千万円は、A子さんが熊谷と同居する住宅の購入資金として渡したものでした。しかし熊谷は住宅を購入しておらず、そのことを彼女に詰め寄られたことから、05年5月初旬にロープで首を絞めて殺害したのです。熊谷は犯行後すぐに、A子さんの遺体を知人の会社社長から事務所として借りていた建物敷地の地中に埋めていました。手に入れたカネは、自分の会社の借金返済以外にも、A子さんと同時に交際していた、陸前高田市内でスナックを経営するB子さんの、新たな店の開店資金や、彼女の自宅の改築費用として貢いでいたようです」

A子さん殺害後、熊谷は彼女から手に入れたカネを元手に、新規事業に乗り出すなどしていたが、やがて経営する会社は操業停止に追い込まれる。そのことで妻と離婚した熊谷は、06年8月には地元から姿を消し、アジア系女性と再婚して、逮捕に至るまで東京都台東区で暮らしていたのだった。

05年にA子さんが失踪して間もなく、彼女の親族は捜索願を出し、行方を探していた。しかし有力な手がかりがない状況下で、事件解決に繋がる通報を行った人物がいた。A子さんの遺体が発見された敷地を熊谷に貸していた、会社社長のXさんである。XさんはA子さんとは面識がないものの、熊谷やB子さんとは知り合いだった。

現地を取材した私がXさんを直撃したところ、以下の証言を得られた。

「私はこれまでいろんな人の悩みの相談に乗ったり、占ったりしてきたのですが、B子さんが平成10年(1998年)くらいから、店のことや客のことで相談してくるようになっていました。やがて平成16年(04年)8月に、B子さんが、どうしても見て欲しいということで、10人くらいのお客さんの生年月日のリストを持ってきました。その場で『このお客さんの中でいい人いない?』と尋ねられ、なにか心に浮かぶものがあった私は、『この人、いいんじゃない』と言いました。それが熊谷だったのです。B子さんは、『あんなお客があ?』と口にしていました」

Xさんは、B子さんを通じて熊谷の会社の契約の日取りなどについても相談を受けていた。その結果、仕事の調子がすごく良くなったということで、熊谷はXさんが売りに出していた車を購入している。

「私が熊谷と初めて会ったのは、車を納車する際にお金を持ってきた時でした。そのときは『ここにはいつか来ようと思ってた。今日はなにかに背中を押されるようにここに来た』と話していました。それ以降、熊谷はときにはB子さんも含め、しょっちゅうウチに来るようになっていました。そうしたら、平成16年の12月頃までは小さなスナックを経営していたB子さんが、いきなり立派な家を建てたり、店を3軒経営したりと、みるみるうちに羽振りが良くなっていったのです」

時期でいうと、A子さんが宝くじに当たり、熊谷に多額のカネを渡していた頃である。そのカネが、B子さんに流れていたのだ。

「熊谷はB子さんや彼女の娘のために、私から10万円だの15万円だのする高価な健康食品を買っていたので、『ところで熊谷さん、なんであんた、そんなにお金があるの?』と尋ねたことがあります。すると、『俺の嫁が、毎月俺に隠れて積み立てをしてくれていて、それが満期になって、1億なんぼかになった。で、あなたはこれまでよく働いてくれたから、自由に遣ってとくれたんだ』と答えてました」

A子さんの遺体が発見された現場

Xさんは陸前高田市内に、自分の代で解散した建設会社の土地や建物を所有していた。

「平成17年(05年)の4月から5月にかけて、私は熊谷から『倉庫に荷物を置かせて』と頼まれ了承しています。その後、熊谷が倉庫を買うということになり、結局2000万円で売ることで話がまとまりました。当初、17年の9月に一括で払うということになっていましたが、結局一括では入らず、私が督促した結果、その年の12月までに750万円が入金されました。私としても無理はさせたくないため、一度権利書は戻してもらい、残りの1250万円を分割で払うのはどうかと提案したところ、熊谷は『そうしたい』と同意しました」

それはまさにA子さん殺害の時期と重なる。遺体を遺棄した土地を、熊谷は購入しようとしていたのだ。だが、彼自身の事業の失敗から、すぐに支払いは滞り、権利書を渡すことなく熊谷は姿を消してしまう。Xさんが東京にいる熊谷の住所を知り、直接彼の住まいを訪ねたのは08年1月のこと。すでに新生活を営む熊谷は、土地の権利をXさんに戻すことを約束し、合意書が交わされた。

そこでXさんが熊谷に貸していた事務所を訪ねると、熊谷がサラ金からカネを借りた際の書類や、B子さんに2000万円を貸した際の念書とともに、熊谷がA子さんと一緒に写っている写真を発見したのだった。

熊谷の会社が下請けをやっていた会社にいた女性社員が、行方不明になっているということを聞いていたXさんは、かつて熊谷の周辺で起きた出来事を思い出す。06年8月にB子さんが熊谷の会社を訪れ、「大事なものがあるのよ」と、熊谷の机の下の段ボール箱を持ち出し、Xさんの知り合いの人物に預けていたことである。

「その人に頼んで預けられた箱を手に入れたところ、箱の中身は写真で熊谷と一緒に写っている女性と同じ顔をした、A子さんの免許証や通帳、印鑑だったのです。そこで(所轄署の)大船渡署に届け出ました」

そうした流れで捜査線上に重要参考人として熊谷の存在が浮上し、事情聴取の末にA子さんの遺体が発見されたことから、逮捕に至ったのだ。最後にXさんは言う。

「(08年)10月22日にウチの花壇で100センチくらいの穴を掘って埋められたA子さんの遺体が発見されました。ただ、熊谷はカモフラージュを考えていたのか、彼がよく来ていた時期に、花壇よりずっと手前にある入口付近に土の山が二つ盛られ、その上にはブルーシートが被せられていました」

のちに開かれた裁判では、09年6月に盛岡地裁が熊谷に対して懲役15年(求刑懲役20年)を言い渡し、弁護側、検察側の双方が控訴しなかったため、刑が確定している。

  • 取材・文小野一光

    1966年生まれ。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。アフガン内戦や東日本大震災、さまざまな事件現場で取材を行う。主な著書に『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)、『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』 (幻冬舎新書)、『連続殺人犯』(文春文庫)ほか

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