『ジョーカー』ホアキン・フェニックスの名演・怪演列伝
大注目のハリウッド俳優 名作揃いの代表作を振り返る
名作・怪作・問題作だらけな「ハリウッドきっての異端児」
映画『ジョーカー』の大ヒットと、劇中での圧倒的な演技により日本でも注目を集めている俳優ホアキン・フェニックス(44)。
23歳という若さで亡くなった俳優リヴァー・フェニックスの弟であり、これまで幾度となくアカデミー賞にノミネートされてきた実力派のホアキン。しかし、後述する「俳優引退してラッパーになる」宣言に端を発した騒動や、たびたびのエキセントリックな行動により「お騒がせ俳優」のイメージも強い。「ハリウッドきっての異端児」と呼ばれるのも納得の、超個性派なのだ。
そんなクセの強い彼だが、出演作も名作・問題作・怪作だらけ。華麗かつ異色なそのフィルモグラフィを、ここで改めて振り返ってみたい。 「ジョーカーを演じるのは彼(ホアキン)しかいない」と口説き落としたというトッド・フィリップス監督の気持ちが、これらの作品を観るとよりいっそう理解できるかもしれない。
『グラディエーター』(2000年)
帝政ローマ時代を舞台に、剣闘士(グラディエーター)に身をやつした元将軍の復讐劇を描いた歴史超大作。主人公のローマ軍将軍マキシマスを演じるのは、『ビューティフル・マインド』(2001年)や『レ・ミゼラブル』(2012年)のラッセル・クロウ。監督は『エイリアン』(1979年)や『ブレードランナー』(1982年)で知られる巨匠リドリー・スコットだ。
撮影当時25歳だったホアキンは、主人公マキシマスの宿敵であるローマ皇帝コモドゥス役に大抜擢。実の父を暗殺して皇帝の座につき、その口封じのためにマキシマスの家族まで殺してみせる冷酷な悪役だ。しかし、「皇帝の器ではない」と父に認められず、コンプレックスを抱えた哀しい男でもある。
単なる悪役にとどまらない複雑なキャラクターを演じきったことが高く評価され、ホアキンはアカデミー助演男優賞にノミネートされた。惜しくも受賞は逃したが、本作はアカデミー作品賞を受賞。興行収入4億5千万ドルのヒットを飛ばし、ホアキンが「若手の個性派」として広く知られるきっかけとなった一本だ。
『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(2005年)
ボブ・ディランをはじめ多くのミュージシャンに影響を与えた伝説的なカントリー・ミュージシャン、ジョニー・キャッシュの半生を描いた伝記映画。
歌手であり、彼の2番目の妻でもあるジューン・カーターとの関係性が物語の中心で、紆余曲折を経て二人が結ばれるまでのドラマが描かれる。歌手として人気絶頂のなかドラッグに溺れ、それでも憧れの人ジューンに求愛し続け、何度フラれても諦めないジョニーのダメ男っぷりがなんとも憎めない。
ジューン・カーターを演じたのは、『キューティ・ブロンド』(2001年)、『メラニーは行く!』(2002年)などで一躍知名度を上げた女優リース・ウィザースプーン。劇中の歌唱シーンはすべて、吹替ではなくホアキンとリース・ウィザースプーンが自分たちで歌っている。その熱演の甲斐あり、リース・ウィザースプーンは本作でアカデミー主演女優賞を受賞。ホアキンも主演男優賞にノミネートされた。
『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年)
これまで順調にキャリアを築いてきたのに、2008年に突然「俳優を引退し、ラッパーに転向する」と宣言したホアキン。TVの生放送に出演した際には激太り&伸び放題の髭姿で、挙動不審かつ発言が意味不明。「精神をやられたに違いない」「薬物に溺れているのでは……」とファンは噂し、同じ俳優仲間たちも本気で彼を心配していた。
そんななか発表された本作は、彼の「ラッパー転向」宣言からの苦悩の2年間を追ったドキュメンタリー、という前宣伝だったのだが……、なんと試写会後の会見で、「引退も苦悩も嘘で、全部いたずら。ジョークでした」と種明かしし、世界中から大ヒンシュクを買うことに。これまでの奇行は全部、モキュメンタリー(※フェイク・ドキュメンタリー)である本作を撮るための「演技」だったのだ。
悪趣味ともいえるこの”犯行”により、ホアキンと監督のケイシー・アフレック(俳優ベン・アフレックの実弟で、ホアキンの妹サマー・フェニックスの元夫でもある)は世界中から大バッシングを浴び、興行的にも大コケしてしまう。
この一連の騒動で、一気にお騒がせ俳優&変人という印象が強くなったホアキン。しかし本作の後、そんな自らのイメージを逆手に取るかのごとく、挑発的な役柄に次々と挑戦。演技派としての地位を確立していくことになるのだ。あらゆる意味で問題作な本作だが、彼の俳優人生を語るうえで決して無視できない一本だ。
『ザ・マスター』(2012年)
ヴェネツィア国際映画祭、カンヌ国際映画祭、ベルリン国際映画祭。この3つの権威ある映画祭は、「世界三大映画祭」と称される。本作は、その世界三大映画祭の監督賞すべてを制覇した天才、ポール・トーマス・アンダーソン監督による怪作だ(代表作は『マグノリア』(1999年)、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)など)。
オスカー俳優、故フィリップ・シーモア・ホフマン演じる新興宗教の教祖に傾倒するも、次第にその教えに疑問を抱くようになる信者を演じたホアキン。本作で数々の賞を受賞し、第85回アカデミー賞主演男優賞にもノミネートされた(ちなみに当時、そもそも賞レースが嫌いなホアキンはアカデミー賞に対して批判的な発言をし、またもや大ヒンシュクを買っている)。
同監督の作品は難解でヘビーなものも多く、本作も鑑賞のハードルは高め。人間の心理を暴くどころか、えぐりだそうとするような狂気を感じる内容で、それこそ『ジョーカー』以上に精神が削られる一本だ。これほど人に勧めづらい映画もない。
しかし、何をしでかすか解らない暴力性と、ナイーブさとが複雑に入り混じったホアキンの演技は必見。本作の怪演を踏まえてみると、彼がジョーカー役に起用されたのも当然とすら思えてくる。
『her/世界でひとつの彼女』(2013年)
『アベンジャーズ』シリーズのブラック・ウィドウ役でもお馴染み、スカーレット・ヨハンソンと共演した本作。しかし共演といっても、この映画で彼女は声だけの出演で、人工知能(AI)のサマンサを演じている。
舞台はそう遠くない近未来。ホアキン演じるセオドアは、手紙やメールの代筆業をしている人気ライターだ。ロマンチックな文面を得意としていて仕事の評価は高いが、プライベートでは妻と離婚したばかり。そんなセオドアはある日、最新AIを搭載した新型OS(基本ソフト)を購入し、インストールする。
サマンサと名乗るそのOSは、いわばSiriやAlexa(アレクサ)の超進化版とでもいうような最先端のオペレーションシステム。会話を交わし、コミュニケーションを深めていくうちに、セオドアはサマンサに本気で恋をしてしまう。
『ザ・マスター』での狂気めいた演技から一転、傷心の中年男の揺れ動く感情を繊細に演じ、再び世界を驚かせたホアキン。色彩豊かな映像と、幻想的で柔らかな光。そして、「愛するとはどういうことなのか?」と考えずにはいられないストーリーが心に染みる、大人のためのおとぎ話だ。
- 写真:アフロ