働き方より休み方 有休を言い出せなかった小心リーマンの決断
法律改正前は、有給休暇取得“ゼロ”が3割だった!
2019年4月から労働基準法が一部改正され、有給休暇を規定以上とらない従業員がいる場合、雇い主が罰せられることになった。そこまでしないと、とれない休暇。しかし! 休みのたびに海外に出かけ、訪れた国は67か国というツワモノがいる。旅するサラリーマン「休み方研究家」を名乗る、東松(とうまつ)寛文氏がその人。
外資系に勤め、休みたいときに休める環境にあるかと思いきや、その正体は周囲に気配りしまくる超ドメスティックなサラリーマンだった。そんな彼に、会社では教えてくれない“東松流休み方術”を聞く。
有給休暇取得日数(年間):全国の男女14万人に調査した「ココロの体力測定2019」
辞表を胸に休暇願いを申し出るほどの小心者が……
10月22日現在、今年だけでもう11回海外旅行に出かけているという東松氏。有給休暇を使いまくりなのかと思ったが、
「僕は社会人10年目になりますが、有休を使い切った年は、入社以来一度もありません」(東松寛文氏 以下同)
それどころか、入社後2年間は一度も有給休暇を使ったことがなかったという。
「上司も先輩も休暇をとらないなかで、『休みたい』とは言えなかった。というより、月曜から金曜は仕事。片づかない仕事があれば、土日に家でも仕事をする。そういう生活が当たり前だと思っていました」
そんな東松氏が初めて休暇をとったのは、入社3年目のゴールデンウイーク。
「ある日、スマホを見ていたら、アメリカのプロバスケットボールリーグNBAのプレーオフの組み合わせが決定したというニュースが流れてきたんです。試しにチケットの値段を調べてみると、日本円で8000円程度。仕事ばかりの毎日から現実逃避したいという気持ちもあって、チケットを買いました」
そのときは、行けなかったら行けないでいいやと思っていたものの、チケットが届き、試合日が近づくにつれ、「無駄にするのは、もったいない」という気持ちに。辞表を胸にゴールデンウイーク中の飛び石連休の中1日の休暇を申し出た。
「休暇をとるということは、僕にとってそれくらい覚悟がいることでした」
そして、3泊5日のアメリカ旅行に。
「これで一気に海外旅行にはまりました。3泊5日なのに十分楽しめた。カタコトの英語しか話せないのに大丈夫だったし、世界には僕が知らないことがたくさんある! もっともっと知りたくなって、休みを利用して海外旅行に行くようになりました」
休暇をとることで、仕事中心の人生から、自分中心の人生になったのだという。
それでも初めて有休をとった2012年は、それ以降有給休暇は取得せず、2013年には8回、2014年は4回、2015年も4回海外に。そして、サラリーマンでも世界一周できることを証明するために週末ごとに出かけた2016年は18回! 2017年は13回、2018年は12回海外旅行に出かけるまでになり、「リーマントラベラー」が誕生した。それにより、生き方も変わったという東松氏に、上手な休暇のとり方を聞いた。
1 なんでもいいから、“休まなければならない口実”を作る
「まず、『絶対休むんだ!』という覚悟をもつことが大事です。そのためには休むための口実を作ることです」
たとえば東京オリンピック・パラリンピックのチケットも、休めるかどうかわからなくても応募して、当選したら絶対行こうと決める。「その気になったら、絶対休める」と東松氏はいう。
とくにやりたいことも、趣味もないという人は、海外旅行に行くといいと東松氏。
「旅先で何がしたいかで、自分が何に興味をもっているか気づくことができます」
帰りの飛行機の中で、楽しかったことを思い出し、なぜ楽しかったのか考える。そうすることで、自分が好きなこと、できること、できないことがわかってきて、本当にやりたいことが見つかるという。
東松氏の場合、NBAのチケットが大きなきっかけになったように、スポーツ観戦でも、お祭でも、何か興味のあるイベントがあるときを選ぶ。そうすれば旅行に行く日も自然に決まり、動かせなくなる。
ちなみに東松氏が休暇をとるのは、連休の前後。
「連休とつなげることで、社内で“目立つことなく”長期間休めます。連休の前の日はみんな浮足立っているし、連休明けは仕事もフル回転にならないので、とりやすいんです」
連休だけを利用して旅行すると、旅行代金は高くつくが、1日か2日ずらすだけで航空券も安くなる。年明け、カレンダーを見て、3連休を調べて休めそうなところを見つけ、仮のスケジュールをたてる。3ヵ月前になって、休めそうだと思ったら、航空券を買うのが東松流。
2 上司との交渉では、“夢”を語れ!
休暇をとりたい日が決まったら、次は上司と交渉。
「このとき、“上司がOKしやすいような理由”を伝えることです。いちばんいいのは夢を語ること。たとえば、『NBAの試合を見に行くことが子どものころからの夢だった』とかです」
上司だけでなく、先輩や同僚の理解を得ることも重要。夢のほかにも、「今までできなかった家族サービスをする」など、「それなら仕方がないね」と思われる理由を考えておく。
自分がやりたいことが見つかったら、それを周囲の人にわかってもらうと、継続的に休みがとりやすくなる。そのために東松氏が活用したのがSNSだ。
「2014年1月の3連休に韓国に行ったんです。そのとき友だちと2人で、当時はやっていたカンナムスタイルを真似た写真をアップしたら、みんなが見てくれた。それをきっかけに僕が海外旅行好きなことが知られるようになりました。『今度はどこへ行くの?』と聞かれるようになり、休みがだんだんとりやすくなりました」
3 自分のスケジュールで仕事をする
いくら休暇をとりたくても、人のスケジュールで動いていたら、休みたい日までに仕事が終わらないこともある。休みたい日に休むために東松氏が行ったのは、自分でスケジュールを組み直すこと。
「休暇前に仕事が終わるように、前倒し前倒しで仕事をすすめ、フルスロットルで働く。それまでは言われた仕事を、言われたようにやっていましたが、自分でスケジュールを決めて動くことで、人生が主体的になりました」
4 お土産を共有スペースに置くだけではいけない、相手の目を見て渡せ!
「お土産は絶対必要です。なぜなら、休んでいる間カバーしてもらっている、その感謝を伝えなくてはいけないから」
感謝の気持ちを伝えるものだから、共有スペースにポンと置くだけではダメ。感謝の言葉とともに、一人一人に手渡しすることが大事だという。
そして、もう一つ。人が休みたいときは、できるだけ出勤するようにする。たとえばお盆。東松氏はお盆の時期は会社に出て、みんなが休みやすいようにカバーするとか。
「休めないと思っている人は、自分が休んだら仕事が滞るとか、自分の居場所がなくなるんじゃないかと考えがちですけど、やることをやっていれば、そんなことはないんです。有給休暇をとったことがない人は一度とってほしいと思います。
だけど、有休を消化することがゴールじゃない。休みをとることで、仕事もプライベートも主体的に取り組むようになる。自分で選択して、自分で決めていくようになる。僕は休みをとることで、人生が変わりました」
だからこその「休み方改革」。
「貯金もないし、安いチケットを買っていくので、マイルもたまりません」と東松氏は笑う。だが、楽しそうだ。職場の周りの人たちも、そんな東松氏の姿を見て、休暇をとるようになったという。好きなこと、やりたいことを見つけるためにも有休をとったほうがよさそうだ。
東松寛文 1987年生まれ。広告代理店で働くかたわら、週末に世界中を旅する「リーマントラベラー」。社会人3年目に旅に目覚め、2016年、3か月で5大陸18か国を周り、サラリーマンで世界一周を達成。『地球の歩き方』から旅のプロに選ばれる。全国で講演も実施。著書に『サラリーマン2.0週末だけで世界一周』(河出書房新社)『人生の中心が仕事から自分に変わる! 休み方改革』(徳間書店)がある。
- 取材・文:中川いづみ
ライター
東京都生まれ。フリーライターとして講談社、小学館、PHP研究所などの雑誌や書籍を手がける。携わった書籍は『近藤典子の片づく』寸法図鑑』(講談社)、『片付けが生んだ奇跡』(小学館)、『車いすのダンサー』(PHP研究所)など。