実は誰でも参加できる? いとうせいこうが見た「国境なき医師団」 | FRIDAYデジタル

実は誰でも参加できる? いとうせいこうが見た「国境なき医師団」

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その目には、使命の光が宿っていた。

小説家として、また俳優、劇作家、ミュージシャン、ラジオやテレビのパーソナリティーとして、80年代から縦横無尽にメディアで活躍してきたいとうせいこう氏。彼が近年、情熱を注いでいるのが、世界中で医療を中心とした人道援助活動を行うNGO(非政府組織)「国境なき医師団」を追ったルポルタージュの執筆だ。

いとうせいこう氏
いとうせいこう氏

誰もが一度はその名を聞いたことがあるのに、実はその実態をよく知らない「国境なき医師団」。多才で知られるクリエーターは、なぜその活動に惹きつけられたのか?

半分は医師以外の人。どんな能力も役に立つ

 いとうせいこう氏が「国境なき医師団」(Medicins Sans Frontieres=以下、MSF)の活動に触れるきっかけとなったのは、なんと「日傘」。2010年、ツイッターで発した「男日傘、売ってないかな?」というつぶやきを大阪の老舗傘店が目にし、男性用の日傘を販売することに。そのパテント(特許)料を寄付する先にいとう氏が選んだのが、世界約70の国と地域で人道援助活動を行い、1999年ノーベル平和賞を受賞したことでも知られるMSFだった。

「困っている人のところに真っ先に駆けつける人に使ってほしい、という気持ちからでした。でも、当時はMSFのことはよくわかっていなかった。その後、僕が寄付者としてMSFから取材を受けたことをきっかけに、より深く知ることになったんです」(いとうせいこう氏 以下同)

天災、人災、武力紛争の被災者に対し人種、宗教、信条、政治的な関わりを超えて差別することなく援助を提供するーー憲章文が示すとおり、世界中のどこかで困っている人がいればそこへ風のように現れ、医療や必要な支援を施して風のように去っていくのがMSF。

そして、「医師団」という名前でありながら、世界中で働く約4万7千人(注・2018年実績)の中で、医師や看護師などの医療者は、実は全体の半分程度である。いとう氏も当初、それを聞いて驚いたという。

「残りの半分は、物流や人事、経理など、普通の会社にもあるような役割を担っている非医療者。考えてみれば、当たり前ですよね。ドクターが現地に行くとして、その宿泊をどうするのか、手術の場所をいかに確保するのか、水は……。それらをトータルで行うのがMSFで、そこでは、自分の国の工事現場で働いていた人や、会社員として事務や経理をしていた普通の人が、能力を生かして働いている。医療の資格がなくても、誰もが参加できる団体なんです。

また、災害や紛争の現場での緊急救護以外にも、ある国や地域に長く滞在して貧困や性暴力の問題などと向き合うといった、さまざまな支援活動を行っていることも、聞いてはじめて知りました」

人間くさい、普通の人たちが輝く現場

独立、中立、公平の3原則に貫かれた崇高なボランティア精神に感銘を受けたいとう氏は、自ら取材を志願。2016年から、世界各国の活動現場に足を運び始めた。

貧困由来の病苦が蔓延するハイチへ。自国の経済破綻と周辺諸国からの難民の対処に悩むギリシャへ。多くの女性が性感染症や性暴力被害に苦しむフィリピンへ。隣接する南スーダンから難民が押し寄せるウガンダへ。さらに、難民の発生元となっている南スーダンにも入った。現地の状況を綴ったレポートはウェブで配信され、これまで2冊の本にまとめられている。

いとう氏のレポートの特徴は、現地の問題を伝えるだけでなく、MSFで働く人々の人生にもフォーカスしていること。日本を始め、世界各国から集まった医療、非医療のスタッフたちから、経歴や参加したきっかけ、日々の思いなどを聞いているのである。

「ジャーナリストなら、『ここで何が起こっているのか』『どんな政治的判断の間違いでこうなったのか』というところに迫るでしょう。でも、作家としての僕の興味は『この人はなぜここに来たんだろう』『こんなキツい現場にいて、幸せなんだろうか?』ということ。彼らも、今までこんな個人的なことを尋ねられたことがないと言っていました。だから、世界でも類のない、貴重なインタビューになっていると思います」

実際、いとう氏が聞き、拾い上げたMSFメンバーのパーソナル・ストーリーは、それぞれに奥行きが深い。「そろそろ誰かの役に立つ頃だ」と60代からMSFに参加したドイツ人エンジニア。夫婦でミッションに加わっているアメリカ人。心理療法士として働いているうちに、自国内にできた難民キャンプで活動することとなったギリシャ人女性もいる。

もちろん、日本人スタッフも活躍中だ。人生後半戦は「本当に自分のやりたいことを仕事にしたい」と40代で手を挙げ、プロジェクトの予算・人事管理者として働く元電通マン。営業職のサラリーマンを経て参加し、日本人で初めて活動責任者となった男性は当初、英語を話すこともできなかったという。また、パイロットになる夢が叶わず、医科大学に進むも国家試験で浪人。迷いの中、足を運んだ教会で「損をする方を選びなさい」と啓示を受けた医師は、現在のMSF日本会長である。

「MSFを聖人君子の集まりみたいに見ないでほしいです。休みの日にはビール飲んで、文句をたらたら言って、悪態ついて、それでも働いているんです」は、マニラで女性医療に携わる日本人女性看護師の言葉。やっていることは高潔でも、どの人も決してスーパーマン、スーパーウーマンではなく、実に人間くさくて魅力的なのだ。

「生きていくひとつの過程にたまたまMSFがあった、という彼らの話を聞いていると、こういう人たちが、かつて日本にもっといっぱいいたのになと思いますよ」といとう氏。

善意で行動するのが、世界では当たり前

「利益が先に来ない人、というんでしょうか。70年代、80年代の日本には、そういう人が普通にいました。でも、いまの日本では、誰かがいいことをしようとすると『偽善だ』『売名だ』と非難の声が上がる。善意を持つ人たちには、すごく生きづらい社会だと思います。

原因は、何といっても不況でしょう。経済が下向きになると、その国の哲学的な部分もだめになってしまう。そうして世の中が閉鎖的になって、善意が嘲笑されるようになってしまいました。

でも、世界で起こっている現実はそんなレベルで片付けられることじゃないし、今も世界では善意に貫かれて行動する人たちのほうが普通なんです。僕は、なるべくたくさんの人にこの事実を届けたい。国会議事堂にいる人たちにも届くべきだし、日本医師会にも届くべきだと」

そうして、いとう氏はMSFの活動に心を寄せ、取材を続ける。曰く、「MSFの外部広報担当」。この記事が配信される頃、彼は某国の現場で取材を行っているはずだ。現場で見聞きした人々の物語を綴るときは、「小説を書いているときに近い感覚を覚える」という。

「誰もが魅力的でいいことを言ってくれるから、それをメモしているうちにどんどん書けてしまう。ちょうど小説を書く過程で、登場人物が勝手に筋を運んでしまうということが、実在の人物で起こっている感じですね。自分しかやっていない仕事だとわかっているからやりがいもあるし、何より、彼らの役に立てているという実感があります。

もちろん、紛争も災害も貧困は、本来はあるべきことじゃない。皆が普通に生きていける世の中が最高ですが、でもそうじゃないところに善意が生まれ、MSFのようなネットワークが組織され、そこでは人種も男女差も関係なく人々が働き、努力が報われている。まるでユートピアのような世界が形成されているんです」

参加できなくても、寄付はできる

そんなユートピアに、いつかは自分も身を置けたら……そう感じる人も多いはずだ。だが、それは夢想ではなく「現実にできること」だと、いとう氏は力を込める。

「唯一のネックは語学(注・MSFは英語かフランス語でコミュニケーションができる語学力が必須)ですが、それを身につければ、どんな仕事のキャリアも生かせる間口の広さがある。あなたの能力を必要としている場所は絶対にあるし、待っている人たちは絶対にいます。行けば必ず役に立てるし、充実感はめちゃめちゃある。それだけは間違いないと、僕は言いたいです。

参加できない人でも、MSFへの寄付はできます。少額でも、それがどれだけの命を救っているか! 世界のための役に立てるすばらしい機会が目の前に転がっていることを、ひとりでも多くの方に知っていただきたいですね」

 

いとうせいこう 1961年東京生まれ。早稲田大学法学部卒業後、編集者を経て作家、俳優、クリエーターとして幅広く創作活動を行う。著書に、小説『ノーライフキング』『想像ラジオ』『小説禁止令に賛同する』、エッセイ等に『ボタニカルライフ 植物生活』『見仏記』シリーズ(共著・みうらじゅん)『今夜、笑いの数を数えましょう』などがある。

「国境なき医師団」日本語ウェブサイト:https://www.msf.or.jp

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  • 取材・文大谷道子
  • 撮影田中祐介

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