「マラソン2時間切り」偉業実現! 日本人ランナーが見た舞台裏

村山紘太選手が明かす、エリウド・キプチョゲ選手の"凄み"

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ペースメーカーに囲まれて走るキプチョゲ(白ウエア)。先導の車からレーザービームで2時間切りペースが表示された。生中継がYouTubeで配信され全世界で500万人が視聴した

「話をいただいたときは、もちろん光栄だと思いました。ただ、あまりにもスケールの大きな話だったので、最初は実感が湧かなくて。キプチョゲ選手が挑む人類初の2時間切りというプロジェクトで、僕はペースメーカーとして、4kmちょっとの距離を走ればいい。とはいえ、そのペースメーカーは、五輪メダリストとか、世界記録保持者といった一流ランナーばかりですから。

日本で中継配信を見守っていた妻も(双子の兄)謙太も、ふだんの僕のレースを観戦する以上に『とにかく、つまずいたりして失敗するのだけはやめてくれ!』とドキドキしていたそうです(笑)」

こう話すのは、世界的プロジェクト=”マラソン2時間切り”レースに、日本から唯一参加した村山紘太選手(26)だ。現在、旭化成陸上部に所属する村山は、城西大学のエースとして箱根駅伝を走り、’15年には1万m日本記録を更新して前回リオ五輪の日本代表にも選ばれている。

10月12日に行われたレースは、正式名称を『INEOS 1:59チャレンジ』という。2時間1分39秒の世界記録保持者、エリウド・キプチョゲ選手(34・ケニア)に「2時間の壁」を破らせる、そのためだけに発案された。スポンサーは、化学企業「INEOS」の創業者にして、英国一の大富豪として有名なジム・ラトクリフ氏である。

「レースは、ウィーンの公園内にある、平坦な並木道でした。4.3kmの直線コースの両端にラウンドアバウト(環状交差点)があって、そこを回ります。40人いるペースメーカーのうち、一度に走るチームは7人。そのうち5人がキプチョゲ選手の前でV字になって走り、後ろに2人がつく陣形です。V字の5人の間隔は50cm、V字の底にあたるチームキャプテンとキプチョゲ選手の間隔は1.5mと厳密に決められていました。普通、ペースメーカーは目標タイムの目安として一定のペースで走ることを要求されるだけですが、今回はV字形を組むことでキプチョゲ選手の風よけの役目も果たしました」(村山)

実はキプチョゲは’17年にも今回同様の計画に参加したことがあった。このときはペースメーカーの交代がうまくいかず、会場となったF1サーキットの傾斜が足に疲労を与えたこともあって、2時間切りは成功しなかった。

今回のコース設定、そしてV字走行は、前回の失敗を教訓として編み出されたのだ。村山が続ける。

最後まで冷静だった

「僕はテスト走行のビデオを見せてもらってからウィーン入りしました。現地には、各人専用の新品のシューズとユニフォームが用意されていて、ペースメーカー40人はプロジェクトが借り切ったホテルの部屋で一緒に生活します。僕のチームのキャプテンは、ハーフマラソンの欧州記録保持者・ワンダース選手で、他の選手と共に3日間チーム練習しました」

着々と準備が整う中、当のキプチョゲは、ペースメーカーとは一切接触をせず、ラトクリフ氏が所有するプライベートジェットでケニアから現地入りした。

その間、スタッフは気象予報を確認し最適のスタート時間を探る。なんとレースの実施時間が決まったのは前日の午後3時だったという。そして朝8時15分、スタートが切られた。ペースメーカーの前には、ペースカーがつき、グリーンのレーザービームで「1時間59分」ペースの目印を路面に照射し続けた。ペースメーカーはこのライトを頼りに走るのだ。

「ライトがあることは心強いですが、確認程度ですね。ペースメーカーを務めたランナーは、皆”1km2分50秒”というスピードの体感で自分の走りに集中していたと思います。僕がレースでペースメーカーを務める意義は、そんな体感を自分自身の中に養うという意味もあります。

キプチョゲ選手のすごいところは、非常に冷静なところです。これだけの人々が自分一人のために関わって、そこで2時間切りを出さなきゃいけない。沿道の大歓声でたぶん自分の息づかいも聞こえなくなっていたでしょうが、それでも自分の走りを最後まで徹底させてゴールしましたから。人類の偉業が成し遂げられる瞬間に選手として立ち会うことができて、幸せを感じました」(村山)

キプチョゲの世界記録1時間59分40秒2は、通常のレース方法と異なるという理由から非公認とされた。だが、人類が初めてマラソンで2時間の壁を破ったということの価値が減じることはない。「NO LIMITS(限界はない)」という今回のスローガンどおり、人類は大きな壁を乗り越えたのだ。

前人未到の大記録を出したキプチョゲ。この日彼が履いたシューズはナイキから今後発売される予定の新型だった
レース後、キプチョゲの肩を抱くINEOS創業者のジム・ラトクリフ氏。スポーツ愛好家で、ツール・ド・フランスの優勝チームのスポンサーでもある
帰国した羽田空港で取材に応じる村山紘太。ペースメーカー各人にキプチョゲのサイン入り特注楯が贈られた
ペースメーカーとキプチョゲのV字陣形を上から見る。ラスト500mはキプチョゲが単独で走りゴールした

『FRIDAY』2019年11月8日号より

  • 写真濱﨑慎治 時事通信

Photo Gallary5

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