雅子さまはソフトボールのスラッガー 天皇陛下一家は野球がお好き

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プロ野球ヤクルト対横浜戦に訪れ、選手や観客に手を振ってあいさつされる皇太子(当時)ご夫妻と愛子さま(09年、神宮球場・撮影:時事通信)

愛子さまは内川聖一、雅子さまは高田繁、天皇陛下は巨人ファン「天皇家は野球がお好き」

「あのころの雅子ちゃんは、真っ黒に日焼けしていました。『えっ、男の子だったかな』と感じたほど活発な印象で、お父さんは『野球に夢中になっていまして……』と苦笑いしていました」

中学時代の雅子さんを知っている父・恆(ひさし)さんの友人は振り返る。「スポーツ少女で天真爛漫」、それが雅子さんの子ども時代の印象だった。

スキーやローラースケートなど、幼いころから雅子さんはスポーツが得意だった。やがて田園調布雙葉学園の中学2年の時には、友人を誘ってソフトボール同好会を作った。そこで雅子さんは4番でサード、常にクリーンアップのメンバーだった。

サードからファーストに送球するボールは、なかなかスピードもあり格好よかったという。雅子さんの練習ぶりを一目見ようとする下級生たちが、校舎の窓にずらりと並んだというほどである。宝塚ファンが男役スターに憧れるように、下級生たちは雅子さんを熱く見つめていたのだろう。

背番号「38」のユニホームで打撃練習される浩宮さま(現在の天皇陛下)=1971年2月撮影・毎日新聞社/アフロ

長嶋茂雄監督時代の巨人ブームの中、多摩川グラウンドでウォッチング

学校の裏に巨人軍の多摩川グラウンドがあり、美術の時間に写生の場所探しのふりをして、友だちと巨人軍ウォッチングをしていたこともあった。

当時は、長嶋茂雄(ながしましげお)監督が就任したばかりで、まさに巨人ブーム真っ只中。雅子さんも大の巨人ファンで、高田繁(たかだしげる)の写真を下敷きに挟んで持ち歩いていたという。

目移りしたのか、一時は大洋の長崎慶一(ながさきけいいち)選手に注目して、母の優美子さんと一緒に川崎球場で「巨人―大洋」戦を観戦したこともあった。

そんな野球好きが高じてか、雅子さんは学校側と交渉してソフトボール同好会を対外試合ができる「ソフトボール部」に昇格させた。その際、「野球部」にしたいと訴えたが、それは叶わなかったという。

やがて小和田家は恆さんのハーバード大学客員教授およびアメリカの日本大使館に公使として赴任するため、ボストンで暮らすことになる。雅子さんも高校1年でマサチューセッツ州ベルモント・ハイスクールに編入した。

ベルモント・ハイスクールでもソフトボールを始めた雅子さんは、代表チームのレギュラーメンバーとして対抗試合に出場している。ポジションはセカンド、4番打者であった。

「ある日、地元の新聞を見ていたら、『スラッガー・マサコがヒットを打って、ベルモント・ハイスクールが試合に勝った』と三段抜きで出ていて、本当に驚きました」

と恆さん。

ベルモント・ハイスクールのソフトボールチームのメンバーと(前列右から4人目)。写真/宮内庁提供

やがて月日が流れ、雅子さんは皇太子浩宮さま(今の天皇陛下)とご結婚されることになった。

婚約中には、巨人軍の球団オーナー渡邉恒雄氏と一緒に野球観戦したこともある。雅子さんと同様に、浩宮さまも巨人ファンで、ユニフォーム柄のTシャツを大切にされていたという。

娘の愛子さまは、かつて福岡ソフトバンクホークスの内川聖一選手がお気に入りとだという。両親の愛に包まれて育った愛子さまは、野球好きな両親の影響を受けているのかもしれない。

お二人のご成婚までの軌跡を網羅した一冊 「美智子さまから雅子さまへ 三部作1 美智子さまの想いが雅子さまへ 雅子妃誕生」(渡邉みどり/著) 発売中

  • 渡邉みどり(皇室ジャーナリスト)構成高木香織

Photo Gallary4

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